第30話 酒飲み勝負

「お客様、アーノルド様は本当にお酒が強いですよ」

「今まで飲み比べで負けた所を見たことありませんわ」


 アリッサさんとダリアさんが、不安げに問いかけてくる。


「心配してくれてありがとう。でもアーノルドが今まで勝てたのは、俺に出会わなかったからだ」

「いちいち面白いことを言うな。だがこれからは言葉ではなく、飲んだ量で語るぞ」


 グラフト産のボトルが次々と運ばれてくる。

 それを俺とアーノルドは飲み干していく。


「やるじゃねえか。だが俺はまだまだ余裕だぞ」

「俺もだ。ようやく身体が温まった所だ」


 ボトルを三本づつ開けた所だが、言葉通りアーノルドはまだまだ余裕だろう。


「アーノルド様は凄くお酒に強いのはわかっていましたけど、ユート様もお強いですね」

「ありがとう。それとフローラさん、トイレはどこにあるのかな?」

「あっ! こちらになります」

「お酒を飲むとすぐにトイレに行きたくなるんだ」


 俺は席を立ち上がり、フローラさんの後に着いていく。するとアーノルドが背中に言葉を投げ掛けてきた。


「もう限界で吐くつもりじゃないだろうな?」

「まさか。すぐに戻って来るよ」

「どうだか。無理はしない方がいいぞ。だがあれだけデカイ口を叩いたんだ。負けたらその代償として裸踊りでもしてもらおうかな」

「それは俺に勝ってから言ってくれ。でないと恥をかくのはアーノルドの方だぞ」


 舌戦を繰り広げた後、俺はトイレへと向かう。

 そして再びテーブルに戻り、酒飲みの勝負が始まった。


 ボトルがさらに二本開けられたが、俺はまだまだ余裕がある。

 対するアーノルドも俺と同じペースで飲んではいるが、余裕がないのか口を開かなくなった。

 そしてさらにボトルを二本飲み干した後。


「悪い。またトイレに行ってくる」

「ゆ、ゆっくりでいいぞ。酔っぱらって転けたら大変だからな」

「ご忠告どうも」


 俺は少しふらつきながらトイレへと向かう。

 そして用事を済ませた後、しっかりした足取りで席へと戻った。


「それじゃあ再開するか」

「お、おう」

「だけどこのままだとなかなか決着がつきそうにないな」

「どういうことだ?」

「ミュルヘン産の酒で勝負を決めないか?」

「ミュ、ミュルヘン産の酒⋯⋯だと⋯⋯」


 平静を装っていたアーノルドが顔をしかめる。

 グラフト産の酒と比べてミュルヘン産の酒は、アルコール度数が三倍だと言われている。

 そのため早期決着をつけるのであれば、打ってつけの酒だ。


「いいだろう。吐いて醜態をさらしてもしらんぞ」

「アーノルドこそ立場があるんだ。醜い姿を見せないでくれよ」


 こうして酒飲み勝負は終盤へと突入していく。


「アーノルド様、ユート様⋯⋯どうぞ」


 フローラさんがミュルヘン産の酒をグラスに注いでいく。

 見た目はグラフト産と違いはないが、すぐにそれが間違いだと気づいた。

 グラスから離れているのにアルコール臭がすごい。こんな物を何杯も飲んだら間違いなくぶっ倒れて、二日酔いコースまっしぐらだ。

 俺とアーノルドはグラスに手を伸ばし、一気にミュルヘン産の酒を口に入れる。

 するとお互いに苦悶の表情を浮かべた。

 こ、これは人が飲む物なのか? 喉や胃への刺激が強く、とても多く飲めるものではない。

 だがこの勝負に負ける訳には行かないので、俺はフローラさんに再び酒を注いでもらうよう催促をする。


「どうしたアーノルド。もう降参か?」

「ふっ⋯⋯俺を舐めてもらっちゃ困る。ユートこそやせ我慢は身体に毒だぞ」


 どうやらまだ決着はつかなそうだ。

 アーノルドも酒を一気に飲み干し、互いにボトルを一本空ける。

 強がってはみたが、このままだと後ボトル二本で俺は限界が来るだろう。

 アーノルドもきつそうだが、どこまで飲めるかはわからない。後一本で勝負がつくといいが。

 しかし俺の願いも虚しく、それぞれボトルを一本空けたが、アーノルドはまだ戦う意志を示していた。


「凄い勝負ですね」

「アーノルド様が勝つと思ってたけど、ユート様も負けていません」

「けれどさすがに二人とも限界が近いと思うわ」


 三人のメイド達も息を飲んで勝負を見守る。

 そのような中、俺は席を立つ。


「ど、どうした? ゲ、ゲロでも吐きに⋯⋯行くのか?」

「いや、普通にトイレだ」


 俺はふらつきながらもトイレに行く。

 そして一分程で席に戻り、再び勝負を開始する。


「フローラさん注いで下さい」

「ユート様、大丈夫ですか? ご無理はしない方が⋯⋯」

「俺は大丈夫ですよ。俺よりアーノルドを心配してあげて下さい」


 俺はチラリとアーノルドに視線を送る。


「何を⋯⋯言ってる。俺⋯⋯は⋯⋯まだまだ⋯⋯いけるぜ⋯⋯」


 強気の言葉とは裏腹に、アーノルドの言葉はたどたどしくなっていた。


「アーノルド様⋯⋯」

「だ、大丈夫⋯⋯だ。心⋯⋯配⋯⋯するな⋯⋯」


 もう限界を越えているだろうに。その根性には称賛を送りたいが、無理をすると辛くなるのはお前自身だぞ。

 こうなったら俺にはどうやっても勝てないと、わからせてやった方がいいな。

 俺は注がれた酒を一気に飲み、ボトルを空ける。


「フローラさん次を」

「は、はい」


 そして続けざまにもう一本開けた後、透かさず飲み干してアーノルドとの差を二本に広げた。

 アーノルドが俺に勝つには、ここから三本飲まなければならない。

 この状況でも負けを認めないのか?


 アーノルドはうつむいており、表情が見えない。

 俺は最後通告をするため、問いかける。


「このまま終わりにするか、続けるか⋯⋯選んでくれ」


 しかし返事はない。もしかして酒を飲みすぎて寝落ちしてしまったのだろうか。

 だが俺の予想は間違っていた。


「ふっ⋯⋯ふっはっはっは!」


 アーノルドは突然顔を上げたかと思ったら、笑い始めたのだ。

 酒に酔い過ぎて頭がおかしくなったのか?

 突然の奇行に俺は心配になってしまう。


「まさか⋯⋯俺が負けるとは⋯⋯お前の勝ち⋯⋯だ⋯⋯バタッ」


 そして俺の目を見据えて敗北宣言をすると、そのままテーブルに倒れてしまう。


「「「アーノルド様!」」」


 メイドの三人は声を上げ、テーブルに突っ伏しているアーノルドに駆け寄るのであった。

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