第28話 夜遊び

 ◇◇◇


 太陽が沈みかけた頃。リリシアの部屋の前にて。


 俺達はリリシアの護衛をしながら代わる代わる休憩を取っていた。

 ザインは休憩に入ると、女の子目当てで一目散に街に繰り出していた。

 やれやれ。飲み過ぎないといいのだが。戻ってきた時、泥酔して護衛が出来ませんとかやめてくれよ。

 そしてルルはとても嫌がっていたが、リリシアの側にいるという重要な役目をお願いしている。

 俺とルルは過去に戻った副作用で喋らなくても⋯⋯多少離れた位置でも意志疎通が出来るため、もしリリシアに何かあったら俺に知らせてもらうように頼んであるのだ。

 だけどさっきからリリシアに弄ばれているのか、ルルの叫び声が聞こえている。そのことについては堪えてくれとしか言えない。

 本当は俺がずっとついていればいいのだが、どうしてもやらなくてはならないことがある。ザインは四時間後に帰ってくる予定なので、その後俺も出かけるつもりだ。

 リリシアの帝都滞在は三日の予定だ。

 必ず三日間リリシアを守り抜いて、無事王国に帰してみせる。

 俺はこの後起きる出来事のシミュレーションをしながら、リリシアの部屋の前で、護衛の任につくのであった。


 夜の闇が深くなった頃


 ザインが意気消沈した姿で戻ってきた。

 その姿を見て、女の子と仲良くなれたかどうかの結果はすぐにわかってしまう。

 だけど俺の心情としては、ザインが落ち込んでいても気にはならない。気になるのは腰に差したショートソードだけだ。

 また王都の時のように剣を売り払うか心配だったが、どうやらそれは回避出来たようだ。


「それじゃあ次は俺が休憩に入らせてもらうな」

「⋯⋯おう」


 ザインから元気のない声が返ってくる。護衛の任務をちゃんとやってくれるかどうか不安だが、ルルもいるし、いざという時にはしっかりとやってくれるだろう。

 それより今は時間がない。早く街に繰り出そう。

 俺はリリシアの部屋の前から離れようとするが、突然頭の中に恨みがこもった声が響いてきた。


(わ、私が大変な時に⋯⋯どこへ行くつもりですか)

(ちょっと夜の街に行ってくる)

(夜の街ですか? まさかいやらしい場所に行くつもりでは)


 確かにその言葉に間違いはない。

 ルルに指摘されて、俺は思わずこれから行く所を頭に浮かべてしまう。


(最低ですね。私に地獄を味合わせておきながら、自分は女の子とお遊びですか)

(いや、遊びという訳では⋯⋯)


 しまった。一瞬この後行く場所を思い浮かべてしまったため、ルルから非難の声が聞こえてくる。


(そ、それなら私も連れて行って下さい! お願いします!)


 何だかすごく必至だな。ルルはリリシアに何をされているのだろうか。


(無理だろ。リリシアに何かあったらどうするんだ)

(その前に私が⋯⋯あっ! いやっ! そ、そこだけはやめて下さい!)


 本当に何をされているんだ。

 気になるがとにかくルルをリリシアから離すことは出来ない。何とか堪えてくれ。

 俺は頭の中でルルを応援しながら、心を鬼にして夜の街へと繰り出すのであった。


 俺は帝都の西側へと足を向ける。

 帝都の西側は歓楽街が多くあり、夜も更けてきたというのに店は明かりが灯っている。


「お兄さん! うちには良い子がいるよ!」

「アフターもあるから是非うちの店に来て下さい」

「うちは帝都一人気がある店だよ」


 周囲では呼び込みが激しく行われており、俺は何度も話しかけられたが、体よくお断りして通りから少し離れた店に入った。

 すると中は客がたくさんおり、この店は人気店だということが改めてわかった。


「いらっしゃいませ。お客様は初めてですか?」


 店員はメイドさんのような服を着ているが、これはメイド服ではない。何故ならスカートの丈は短く、胸元も大きく開けられており、こんなメイドさんがいたらご主人様が仕事にならないからだ。


(本当に最低ですね。明日極上の魚を献上しないと許しませんから)


 ルルのツッコミが頭の中に入ってくる。ここから帝城までは二キロ程離れているが、上手く心の声が通じるようで安心した。とりあえずルルのことは無視して、俺は店員さんに集中する。


「はい。初めてです」

「そうですか。本日は当店にお越しいただき、ありがとうございます。ではお席へ御案内させていただきますね」

「いや、もし良かったらあそこのテーブルでお願い出来ないかな? 窓際が好きなんでね」

「かしこまりました。ではこちらへどうぞ」


 幸いにも目的の場所は空いていたので、俺は狙っていたテーブルに向かう。

 すると隣のテーブルから声が聞こえてきた。


「アリッサちゃんは今日も可愛いなあ。追加でお酒を頼んじゃうぞ」

「あら? 私は可愛くないのかしら?」

「そんなことない。ダリアちゃんも可愛いよ。だから高い酒を持ってきてくれ」


 金髪の二枚目? いや、三枚目っぽい青年がメイドさん二人をはべらかして楽しそうにしていた。


「ではこちらにお座り下さい。私はフローラと申します。当店ではメイドの指名も出来ますがいかが致しますか?」

「いえ、フローラさんみたいな素敵な方に接客していただけると嬉しいです」

「本当ですか? ありがとうございます」


 フローラさんは嬉しそうに笑顔を浮かべる。

 営業スマイルだとわかっていても、可愛い子の笑顔が見れるのは嬉しいことだ。


「メニューはこちらになります。ご注文はいかがなさいますか?」

「グラフト地方のお酒をボトルで五本お願いします」

「えっ?」


 グラフト地方のお酒は、帝国で最も価値があるお酒と言われている。

 フローラさんは突然高額のオーダーが入ったからか、驚きの声をあげた。


「お金はあるので大丈夫ですよ」


 こんな若造が高価な物を頼んだら、店側もお金を払えるか心配になるだろう。そのため俺はフローラさんに、数枚の金貨を見せる。


「か、かしこまりました! すぐにお持ち致します」


 フローラさんは慌てた様子でこの場を離れていく。

 さて、今のやりとりで食いついてくれるかな?

 俺は周囲を気にしない振りをしながら、ある人物が話しかけてくるのを待つ。

 すると俺の予想通り、一人の青年が俺の隣の椅子に座るのであった。

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