第16話 愚か者には天罰を
「ザイン! 何があったんだ!」
俺は目を閉じて座っているザインの両肩に手を置き、揺さぶる。
ザイン程の手練れがやられるなんて、いったいどこのどいつだ。
「うぅ⋯⋯」
ザインはうめき声を上げながら、ゆっくりと目を開ける。
「ち、ちくしょう⋯⋯まさかこの俺が負けるとは⋯⋯」
「負ける? 誰に負けたんだ」
身体を見てみると特に傷があるわけではない。内蔵にダメージを負っているのだろうか。
「さ、酒場にいた奴等に⋯⋯」
「酒場? まさか酒に酔っている時にやられたのか?」
それなら納得がいく。いくらザインでも酔っている時に攻撃されたらひとたまりもないだろう。
「きたねえ手を使いやがって」
「どういうことだ?」
この後、ザインの口から信じられないことを告げられる。
「カードゲームで俺だけが負けたんだ! どう考えてもおかしいだろ!」
「はっ?」
「賭けるもんがなかったから剣と服を賭けたんだ。そうしたら負けちまってよ」
こ、こいつ⋯⋯
(最低ですね)
ルルのツッコミ通りだ。
俺はザインから離れて、正門へと戻る。
「えっ? ユート。どこへ行くんだ? とりあえず金を貸してくれよ。お前、賭け馬で大金持ちになっただろ?」
「フリーデン王国に寄付したからもうないぞ」
「寄付!? まさか全部寄付したのか!?」
「ああ」
本当は少し残っているけど、また賭け事をやられたらたまらないので黙っておく。
だがとりあえず、剣を手放した愚か者に天罰を下さなくてはならない。
俺は正門を守る門番に話しかける。
「すみません。あそこに怪しい男が」
「むう! 下着しか着ていないだと!」
「まさか王女の熱烈な信者か! 暖かくなるとたまに変質者が現れるんだよな」
門番の二人がザインの元へと向かう。
「いや、ちょっと待ってくれ! 俺は変質者じゃない!」
「嘘をつけ! 王女に裸を見せつけるつもりだろ!」
「⋯⋯確かにそれは興奮するな」
「やはりそうか! 応援を呼べ! この変質者を王女に近づけるな!」
ザインは余計なことを口にしたため、門番に追いかけられている。
「くそっ! ユートの奴裏切りやがって! ふざけんなよ!」
恨み言を言いながらこちらの方に逃げてきた。
「賭け事なんかして身ぐるみ剥がされる方が悪いんだろ。これで早く買い戻してこい」
俺は目の前を走り抜けるザインに向かって、金貨一枚を投げつける。
するとザインは器用に金貨を左手で掴んだ。
「金をくれたことは感謝する。だがこの仕打ち許さん。覚えてろよ!」
ザインはそのまま街の方へと走り去っていった。
「誰がやると言った。もちろん後で返してもらうからな」
こうして俺は、ザインに新たな貸しを作ることになった。そして朝食を食べ終わった後、剣や衣服を装備したザインが戻ってきたので、共に城へと入城し、訓練所へ向かうのであった。
「ユート⋯⋯覚えてろよ」
兵士の案内で訓練所に向かっている途中、背後からザインの恨み言が聞こえてきた。
「ちゃんと覚えているよ。ザインに金を貸していることを」
「それは忘れてくれていい! ちくしょう人の弱味につけこみやがって」
それは賭け事で一文無しになった自分が悪い。自業自得だ。
「それに何で訓練所なんて行かなきゃなんねえんだ。まさか汗臭い兵士達と剣の訓練をしろなんて言わねえよな」
「その言い方だと可愛い子と一緒なら、訓練しても良いってことか?」
「当たり前だろ? だけどどうせ剣を握っている女なんて、ゴリラみたいな筋肉ムキムキな奴だけだ」
こいつは本当に失礼なことを言うな。
剣を持っている全ての女性に謝って欲しい。
だがそんなことを言ってられるのは今の内だ。
訓練所にたどり着くと既に誰かが素振りをしていて、俺達に気づいたのかこちらを振り向く。
するとザインは高速のスピードで、その人物へと駆け寄った。
「いやあ、あなたのような美しい人が剣を使うとは⋯⋯ぜひとも手合わせをしていただきたい。それが無理ならこの後お食事でもいかがですか?」
「それでは手合わせをお願い致します。ひょっとしてこの方がユート様のお連れの方ですか?」
「恥ずかしながらその通りです。ザイン⋯⋯この方はフリーデン王国のリリシア王女だ」
「えっ?」
さすがのザインも口説いた相手が王女と知り、動きが止まる。
今の行為が不敬に当たることくらいはわかっていたか。
だがザインは俺の予想の斜め上を行く。
「王女だろうがそんなことは関係ねえ。人の立場によって変える愛情なんか本当の愛情じゃねえだろ」
「ふふ⋯⋯私もそう思います」
どうやらリリシアは、相手が王女だと知っても態度を変えないザインを気に入ったようだ。
「それでは先ほど申し上げた通り、私と手合わせをしていただけますね?」
「何だかわからねえが、俺の実力をみせてやるよ」
この場にザインを連れてきたのは、リリシアと手合わせをして欲しかったからだ。図らずとも俺の望み通りの展開になる。
「では参りますね」
「かかってこい」
そして二人は剣を抜き、戦いの火蓋が切って落とされるのであった。
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