第3話 帰ってきた日常
「はっ!」
俺は意識を取り戻すと直ぐ様ベッドから飛び起きる。そして周りを見渡すとここは⋯⋯
ヴァルトベルクの村にある俺の部屋だ。
「夢か⋯⋯いや、夢なんかじゃない」
夢のわりには記憶が鮮明過ぎる。やはり魔王を倒したこと、死んだこと、セレスティア様に会ったことは間違いないだろう。
「そうなると今は五年前か」
五年前といえば俺が十七歳の時で、旅に出るきっかけとなった
まずは今がいつなのか調べないとな。もし本当に五年前に戻ったなら母さんがいるはずだ。
「冷静なものですね。さすが激動の時代を乗り越えた歴戦の勇者と言った所ですか」
突然聞き覚えのない声が聞こえてきた。
「誰だ!」
俺は部屋の中を見渡すが誰か人がいる様子はない。いるのは窓際で日向ぼっこをしている黒猫だけだ。
「もしかして猫が喋った? いやいや、そんなはずない。やはりこれは夢だったのか」
「先程の言葉は訂正させていただきます。どのような時も柔軟な対応が必要ですよ。現実逃避をしないで下さい」
「やっぱり猫が喋っている! まさか魔物なのか!?」
「失礼ですね。私はルル⋯⋯セレスティア様の御命令で仕方な⋯⋯貴方のお目付け役として送り込まれた神獣です」
「神獣?」
にわかに信じがたい話だけど、セレスティア様のことを知っているということは、嘘ではないのだろう。
それよりこの猫⋯⋯さっき仕方なくって言おうとしてたよな。可愛い姿をしているが、口の悪そうな猫だ。
「可愛いは同意ですが、口は悪くないですよ」
「えっ?」
「ですから可愛いは同意ですが、口は悪くないですよ」
ど、どういうことだ! 俺、口にしてないよな? それなのに何でこの猫は俺の考えを⋯⋯
「私は猫ではなくルルです。そしてセレスティア様のお力が私を通じてユートに流れているため、貴方の精神はこの時代に留まることが出来ているのです。おそらくその副作用で、喋らなくても意思疎通が出来ていると思われます」
「そうなんだ。考えを読まれるのは少し恥ずかしいけど、俺がここにいるのはルルのお陰ってことか。ありがとうルル」
「素直なことは美徳ですよ。貴方のそういう所は嫌いではありませんね」
「はは⋯⋯それはどうも」
ルルが少し照れていることがわかる。
なるほど⋯⋯これが意思疎通ということか。便利なものではあるけど、迂闊に変なことを考えることは出来ないな。
「大丈夫ですよ。例え貴方がロリコンや変態であろうと犯罪を犯さない限り、私は黙認しますから」
「然り気無く俺を変質者扱いするのやめてくれない」
「それは失礼しました」
やれやれ。このルルとかいう神獣には気が抜けないな。正直もう少しルルについて聞いてみたいことがあるけど、その前に知っておきたいことがある。
「ルル、今は五年前のいつだ」
「六月の四日の十五時三分四十七秒です」
滅茶苦茶細かい数字が返ってきた。そして何とか俺が願った日に戻ってくることが出来たようだ。
今日の夕方にヴァルトベルクの村は滅びる。そして村人達は数人を残して死ぬのだ。
だがそのような未来は絶対に阻止してみせる。
俺は自分の身体の状態を把握する。
今の俺の筋力や魔力がどれくらいあるか⋯⋯思っていたより状態が悪いな。
「それはそうですよ。セレスティア様が仰ってたと思いますが、過去に来ることが出来たのは精神だけであって、肉体ではありません」
ルルが俺の考えを読んで、知りたいことを教えてくれる。
「それは残念だな」
自分で言うのも何だけど、俺は魔王倒すためにこの先の五年で急成長を遂げている。その力が使えればと思ったけど
「筋力や魔力はなくとも、貴方にはセレスティア様に頂いた回復術師の力がありますよね」
「ああ」
回復術師の力は俺の魂に刻み込まれているのか、説明を受けなくても理解が出来た。例え筋力や魔力が足りなくても、これなら俺は戦える。
「今日の夕方、街の北にある墓地で恐ろしい魔物が現れる。俺は奴を倒すために行くけどルルはどうする?」
「愚問ですね。私は貴方のお目付け役です。行かない理由はありません」
「わかった」
俺は素早く身支度を整え、部屋の外へと出る。ルルはちゃっかり俺の肩の上に乗っていた。
自室を出てリビングへと向かうと、何やら周囲に良い匂いが広がっていた。どうやら誰かが夕食の準備をしているようだ。
そしてキッチンに立っている後ろ姿が俺の目に入る。
「か、母さん⋯⋯」
変わってない。俺の記憶の中の母さんのままだ。
懐かしさと愛しさが込み上げてきて、思わず涙が出そうになる。
だが母さんは今日魔物に殺されてしまう。
本当だったら俺が死ぬはずだったんだ。でも母さんが俺を庇ってくれて⋯⋯
あの日あの時の記憶は鮮明に覚えている。もうあんな悲しい思いはしたくない。
俺は思わず母さんに近寄り、背後から抱きしめる。
「どうしたの? ユートからスキンシップをするなんて珍しいわね」
「はは⋯⋯今日はなんとなく⋯⋯ね」
温かい。母さんは生きているんだ。五年前は冷たくなっていく母さんを抱きしめていた。その時との違いがとても嬉しい。
父さんは早くに亡くなり、母さんは女手一つで俺を育ててくれた。その恩も返せずに、俺は仇で返すようなことをしてしまったのだ。今度こそ必ず俺が守ってみせる。俺は新たな決意をして母さんから離れる。
「あら? 可愛い猫ちゃんがいるわね」
母さんが俺の肩にいるルルに気づいた。
「ニャー」
ルルは猫らしく鳴き始める。その時ルルの考えが俺の頭に流れてきた。
どうやら他の人の前では猫として振る舞うらしい。まあ突然女神様に仕える神獣がいたらおかしいよな。
「名前はルルって言うんだ。うちで飼ってもいいかな?」
「良いわよ。ルルちゃん可愛いわね」
母さんはルルが気にいったのか、撫で始める。
「ニャウ~」
するとルルは嬉しそうに目を細めていた。
この姿だけ見るととても神獣には見えない。ただの猫に見えるな。
(私は猫じゃありません。女神セレスティア様に仕える神獣です)
(はいはい。わかってます)
俺はルルの言葉に心の中で返答した。
本当はこのまま母さんと話していたいけど、今はやるべきことをやらないといけない。
「母さん、俺ちょっと出掛けてくるね」
「わかったわ。夕飯までには帰ってきてね」
「うん。絶対に帰ってくるよ」
俺は母さんを背に、自宅から外へと向かう。
さあ行こう。今日この日この時から、未来を救う旅の始まりだ。
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