第2話 飲み屋にて
「いやー、仕事終わりの一杯はたまりませんなあ」
居酒屋の一席で、ぷはーっと息を吐く若葉に、苦笑する真希。
「仕事って……チェスじゃん」
一日中遊んでいるだけなのに仕事だと言い張れる、若葉の精神の太さはもっと見習うべきかもしれない。
「ほら、赤ちゃんは寝るのが仕事って言うし」
「その理屈だと、若葉は赤ちゃん以下だよ」
「うっ」
おしゃぶりのようにストローを咥え、カクテルを吸う若葉。真希は「思えば」と海鮮焼きそばを啜りながら、
「私たちがネクサクオンタムにきてから、もう二年になるんだよね」
「も、もうそんなになるっけ」
ネクサクオンタムに居座っている年数が、チェスで遊んでいる年数の若葉にとって、勤続年数の話題は耳の痛い話題だった。
話を逸らしたい若葉の思考とは裏腹に、真希は容赦なく話し始める。
「初日から機密書類をぶちまけて、窓の外に全て飛ばす。茶をぶちまけて、社内のデータを全て飛ばす……あれは伝説だね」
「そ、それほどでも」
「褒めてないよ。あまりのやらかしっぷりに、この会社の内部破壊を目論む工作員だと思ったよ」
「いやはや、本当に首の皮一枚ってところだったよ」
「本来なら皮一枚残らないよ。一発で首ちょんぱだよ」
親指で首を切るゼスチャーをする真希。
「それもこれも、王野部長に面倒を見てもらってるおかげだからねぇ」
申し訳なさそうに、ちゅるちゅるとカクテルを喉に流し込む。
若葉はえらく王野に気に入られている。彼女が本来やるはずだった仕事を全て請け負ってくれており、おまけに矢崎からも庇う。
王野がなぜ彼女のことを気に入っているのか。そうまでしているのか。
真希は朗らかな笑みを貼り付けたまま、「そういえば、王野部長のことなんだけど──」と、切り出す。
「──あれは、なんだったの?王野部長に、何か言われてたでしょ?」
「どれのことぉ?」
「ほら、お昼くらいに言われてた、機密書類がなんとかってやつ」
若葉は酔った頭でぼーっと考えたのち、思い出したように「あぁ〜」と手を叩く。
「あれはね真希くん、この私に仕事を任せてもらえることになったのだよ。それも、王野部長からの直々の命令だよ」
えっへん──と、貧相な胸を張る。それを聞いた真希は見るからに眉をひそめた。
「え、不安!!」
「ひどいっ!せめて仕事内容を聞いてから批判してよ!」
「若葉にチェス以外の仕事かあ……で、何を頼まれたの?」
「ふっふっふ、なんと会社の機密資料の入ったデータを守秘する仕事だよ。具体的な話は明日されるみたいだけどね」
ぺらぺらと得意げに話す若葉に、真希は苦虫を噛み潰したような顔を浮かべ、
「その時点で、ぜんっぜん守秘できてないけどね」
「あっ」
「どうするのよ、もし私がライバル会社から潜入してきたスパイだったりしたら」
いたずらっぽい笑みを浮かべ「明日には情報取られて終わりだよ」と、付け加える。
「ま、真希が……敵側の人間だったら人間不信で死んじゃうよ」
うさぎのような顔で泣きそうになる若葉に「違う違う」と笑う真希。
「そういう意味じゃないから。情報扱うなら、飲みの席でも慎重になった方がいいよってことだから」
「ひゃ、ひゃい」
ばつが悪そうに、顔を横にそらす──その先にあったメニュー表に目がいった若葉は、すぐに店員を呼び、
「このチキン南蛮くださいっ!」
「ぜーったい反省してないでしょ」
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