窓際ちゃんと5人の護衛たち

イカクラゲ

第1話 窓際にて

 若葉にとって、ここが正念場だった。

 一手の間違いも許されない。相手の動きのパターンは頭の中に叩き込んである。


「──チェック」


 ここで追い込む。そして、一気に決めるんだ。

 相手からの動きはない。


 そう、チェックメイトだ。


「ふふふ、こんなの私にとっては朝飯前──」

「相変わらず、いいご身分ね」

「──ひゃっ!?」


 恐る恐る振り向くと、若葉の先輩が立っていた。

 目はしっかりと若葉のことを見下ろしており、ゴミを見る目とは、まさにこれのことだろう。


「や、矢崎……さん」

「別にあんたの仕事は期待していなけど、せめて不必要な書類をシュレッダーにかけるくらいは、して欲しいものね」

「まあまあ矢崎ちゃん、新人をいじめるのはやめてあげなよ」

 若葉と矢崎の間を割って入ったのは、部長の王野だった。

「シュレッダーなら、私がやっておくからさ、そんなに言わないであげてよ」

「新人って……野窓さんはもう二年目でしょう」


 矢崎は随分と立腹した様子で、王野を睨みつけた。そのきつい目線に「参ったねこれは」と苦笑い。


「部長は野窓さんを甘やかしすぎです」

「そ、そうかなあ」

「これじゃあ、給料泥棒と同じですよ」

「相変わらず手厳しいなあ」


 王野は「まあまあ」と矢崎を宥め、


「野窓ちゃんが本来やるはずだった仕事は、私が引き受けているんだからさ、見逃してよ」

「はあ──ほんとに、もう」


 矢崎は不服そうに肩の力を抜くと、まだ何が言いたげな態度を取りつつ、そのまま立ち去って行った。


「すみません、王野部長」

「いいからいいから。気にしないで」


 若葉の肩をぽんぽんと叩きながら「それよりさ──」と続ける。


「──君に、頼みたいことがあるんだ」

「えっ」


 若葉は驚いて王野と目を合わせる。


「わ、私にお仕事ですか!?」

「そんなところだね」

「自慢ではありませんが、私は入社一年目で社内ニート入りを果たした女ですよ」

「ほんとに自慢じゃないね」と、王野はひとしきり笑うと、

「君に『ある物』を預かってもらいたいんだよ」


 と、少し真剣な顔持ちになった。


「ある物、ですか?」

「詳しくは、明日まとめて話すよ。まあ、会社の資料みたいなものさ」

「はあ」


 王野はそれだけ言うと、自分の席に戻っていってしまった。若葉は首を傾げながら後ろ髪をかき「なんでしょう、一体」と呟く。


「ま、いいか」


 若葉も自席のPCに向き直り、チェスを再開した。


「わーかば」


 背中から声がかかる。


「ま、真希」


 真希──若葉の同期にして、彼女の数少ない友人だ。

 周りが若葉のアホっぷりに呆れて離れていく中、真希だけは変わらず親しくしてくれていた。

「今日はもう上がれるから、これから飲みに行かない?」

 時計を見ると、既に定時を回っていた。

「分かった。待ってね、この仕事を片付けるから」

「仕事って……チェスじゃん」


 真希が呆れ笑いをする中、若葉は慣れた手つきで「チェックメイト」と告げた。

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