妖精侵蝕
yukiha
プロローグ
『お前のせいだ』
そう言ったのは学校の同級生だった。
もう顔も忘れてしまったけれど、学校が終われば決まってどちらかの家で遊んでた覚えがあるから、きっと仲の良い友達だったのだろう。
掴まれた肩が痛かった。
うつむいて垂れた前髪の隙間から、こちらを見る目が怖かった。
『おぉおおまえがが、ファズだって、かく、かくし、ししてたから……!』
カチカチとなる歯の音。呼吸音は飢えた獣みたいに荒くて、ぽとぽとと涙かよだれか分からない体液が床にシミを作る。
周りの空気は澱んでいた。じんわりと空気にビビッドな赤と黄色が混ざっていく。何もない空間に油彩絵の具みたいな濃い染みが生まれていくその異常を、おかしいと認識できなくなってもう久しい。
『おおぉぉおまえ、の、の、せせせい、だった!』
強い力で肩を引っ張られた。こちらを凝視する目は充血してこぼれ落ちそうなくらい見開かれていて、ゾンビ映画でも見ているかのようだ。肩を掴んでいた手はいつの間にか外れて、仲の良かった友達はあぁぁあぅぅぅうう! と呻き声を上げながらうずくまり、床に頭を打ち付け始めた。何度も、何度も。
お前のせいだ、と言う意味のある言葉はいつからか呻き声に取って代わった。だけど、言葉の原型がなくなっても、自分が責められている事が分かった。
止むことのないまま響く罵詈雑言に似た呻き声。
それがいつしか本当に何の意味もない音に変わっていくまで、どれくらい時間が経ったのだろう。床に頭を打ち付ける音が、いつしか潰れたトマトをぶつけるみたいに変わって。その唇が染み出した赤や黄色のシミみたいにぐちゃぐちゃな音を出力しなくなるまで、僕はじっとその場に座り込んでいた。
(──もどらないと)
やがて、僕はそう思う。
動かなくなった友達のそばを通り過ぎる。地面には赤黒い色彩が加わって、それは染み出した赤とは異なる色をしていた。汚いな、と思う。彼が僕を責めたいなら、それが言葉じゃなくても聞いていなければいけないと思ったのだ。だけどもう動かないなら、ここにいる意味もない。
戻らないと。
(母さんが、待ってる)
母さんはもう僕のことを分からなくなってしまったけれど、いなくなったら寂しいかもしれない。
立ち上がって、家へと歩き出す。見えるところには何人か人が倒れていて、時たま痙攣を繰り返す。うわ言のような呻き声は、もう言葉には思えず、僕は立ち止まらなかった。
きっと、友達に聞いたあの声が、僕が聞いた最後の意味ある言葉だった。
『僕の、せい──?』
ポツリと、呟いた言葉は、何の実感も伴わずにその場に落ちた。
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