第17話 姉ちゃんの新必殺技



「レジェンドさんは、由梨江さんをどの程度の強さだと思っているんですか?」

 それは昨日、レジェンドさんが家に訪れた際──正確には、僕から帰りのガソリン代を受け取って帰ろうとしていた時に交わした会話である。

 前回は突然乱入する形でレジェンドさんが現れたので、それまで二人がどう戦っていたかなんて知らないと思うけど、熟練の武道家たる彼女ならば一目見ただけで由梨江さんの実力を把握できるのではないのかと思って、先のような質問をしてみたのだ。

「いやいや、さすがの私でも一戦も見ずに相手の実力なんて完全には把握できないよ」

 しかしながら、そんな僕の考えを浅慮と言わんばかりにレジェンドさんは片手を横に振って、さらにこう続けた。

「相手を見ただけで実力を測れるなんて、何十年と研鑽を積んだ者でもなかなか真似できない境地だよ。それこそ、仙人と呼称されるくらいの人物でないとね」

「……そうですか。僕みたいな素人では二人の戦いを見てもすごいとしか思えなかったので、もっとプロの目から見た意見を聞きたかったんですけどね。どれだけ姉ちゃんと由梨江さんとの間に差があるか、事前に知りたかったものですから」

「おや、早絵の心配かい? 案外お姉さん思いなんだね」

「というよりは、自分の心配をしているだけなんですけれどね」

 と、肩を竦める僕。

 明日の結果次第で僕の人生が決まると言っても過言ではなかったし、前もって心構えをしたかったのだ。前回の勝負では、由梨江さんの圧勝だったし。

 しかもあれで本気を出していないように見えたのだから、ますます楽観する気分になんてなれなかった。

「うーむ。断定はできないけれど、それでもまあ、彼女がただ者ではないというのは立ち振る舞いだけでもわかるよ。あれは昔ながらに武道を嗜んでいる者の所作だね」

「それって、姉ちゃんにとってまずいことなんですか?」

「当然だ。武道を嗜んでいる者は軸足がしっかりしていて動きに無駄がないのだが、逆に早絵はまだそういった部分が未熟なせいで、色々と隙が生まれやすいのだよ。だから単純な技術で言えば、あの由梨江とかいう娘の方が確実に上だろうね。まあこれも、経験の差ってことになるかな」

「……経験の差、ですか。確かにそれだと、最近武道を初めたばかりの姉ちゃんでは分が悪そうですね。本当に大丈夫かな、姉ちゃん……」

「そう不安に思う必要はないよ、湖太郎くん」

 と、励ますように僕の背中を軽く叩いたレジェンドさんは、自分の弟子を心の底から信じているかのような自信に満ち溢れた口調でこう続けた。

「確かに、今のところ技術と経験ならあの小娘の方が勝っていると思う。しかし才能だけなら早絵だって並々ならぬものがある。もしかすると私か、あるいはそれ以上に成長する可能性を秘めていると言っても過言ではない」

「ね、姉ちゃんが……?」

「うむ。だから早絵は、今も過酷な修行に耐えて必死に頑張っているのだよ。これまで以上に基礎を身に付けたり、技の練度を高めたりね。すべては、あの釘宮流をバカにしくさった小娘を負かすために!」

「…………」

 最後の方だけ妙に力(というより憎悪?)が入っていたような気がするけれど、あえてスルーで。

「まあ、実際に修行をしているところを見たことがない湖太郎くんにはピンと来ないかもしれないけど、それくらい早絵は本気だよ。そんな早絵を、湖太郎くんも信じてやってはくれないかな? きっとその方が、あの子の力にもなると思うから」




「信じろ、か……」

 回想から現実へと意識を戻し、僕の眼前で対峙し合う姉ちゃんと由梨江さんをじっと見据える。

 この間に数分ほど流れたけど、二人にまだ動きはない。お互い相手の出方を窺うように苛烈な視線を交わすのみで、両者の間は未だ離れたままだった。

 てっきりまた姉ちゃんの方から無鉄砲に突っ込むものかと思っていたけれど、今回はいやに慎重だ。前回は由梨江さんの罠(ほとんど自爆みたいなものだったけど)にまんまと嵌まってしまったので、姉ちゃんなりに警戒しているのかもしれない。

 さしもの由梨江さんも、これではうかつに前回のような手は使えないだろう。

 けど、重要なのはここからだ。

 前に比べたら、いくらか思慮深くなってはいるようだけど、由梨江さんは小手先だけで勝てるような相手ではないことを、姉ちゃん自身もよく知っているはずだ。

 ここで修行の成果を──それも由梨江さんを超えるポテンシャルを見せないと、姉ちゃんに勝ち目なんてない。

 パッと見はどう成長したかはわからないけれど、今はレジェンドさんに言われた通り、姉ちゃんの勝利を信じるしか他ないだろう。

 僕にできることなんて、せいぜいそれぐらいしかないのだから。

 そうして固唾を呑んで二人を見守っていると、姉ちゃんが不意にニィと凄絶な笑みを浮かべて、

「そんじゃ、ちょっくら本気出しますか」

 と、胸の辺りで両腕をクロスさせた。

「あら、ようやく攻める気になったんですの? いつまで経ってもかかって来ないものですから、てっきり足が竦んでいるのかと思ってしまいましたわ」

「バカめ。だれがお前なんかにビビるか。お前がそうしてぼけーっと突っ立っていた間に、私はこっそり釘宮力を高めていたんだよ」

「釘宮力を……?」

 姉ちゃんの言葉に、眉間を寄せて怪訝がる由梨江さん。決して言葉の意味がわからないといったわけではなく、その意図がわからずに聞き返したといった感じだった(僕は未だに釘宮力というのがなんなのか、よくわかっていないけれど)。

「見せてやるぜ。私の修行の成果、その第一弾を!」

 言って姉ちゃんは、勢いよくクロスさせていた両腕を解き放った。



「釘宮流【ハッピーブラスター】‼」



 天上高く響かせるように、技の名前を叫ぶ姉ちゃん。

 直後。



 姉ちゃんの両手に、いつの間にやら猫耳っぽい拳銃を握っていた。



「なんか変なの出てきたあああ⁉」

 唐突に現れたその奇怪な物体に、思わずシャウトしてしまう僕。

 本当になんなのあれ⁉ なんかすげぇファンシーな武器だけど、あれで攻撃するの!?

 そして、驚愕はそれだけに終わらなかった。

 僕があっけに取られていた間にも、姉ちゃんはそのファンシーな銃を由梨江さんに向けて、

「いくぜ! レベッカっ!」

 と、だれかの名前(?)のようなものを唐突に叫んだ。

 すると銃口から、光線のようなものが瞬く間に発射された。

 それも、由梨江さん目掛けて一直線に。

「…………!」

 さすがの由梨江さんもこれには意表を突かれたのか、まっすぐ迫ろうとしている赤光の輝線に瞠目して、その場から逃げもせず呆然としていた。

 が、そこで由梨江さんはハッと正気を取り戻し、瞬時に横へ跳躍して光線を避けた。

 直後、光線はそのまま地面へと直撃し、光の残滓を散らして跡形もなく消え去った。

 しばし流れる静寂。光線によって抉られた地面から土埃が舞い、その威力を雄弁に物語っていた。

「……驚きましたわ」

 少しして、由梨江さんは崩された体勢を立て直しつつ、ほっと息をつくように呟きを漏らした。

「まさかあんな強力そうな技を放ってくるなんて。下手をすれば一発でノックアウトさせられていたところでしたわ」

「ちっ、よく言うぜ。結構余裕で避けていたくせに。どうせお前も欠点に気付いているんだろ?」

「あら。ご自分でもわかっておりましたのね」

 二人のやり取りに、僕は「欠点……?」と首を傾げた。

 なんだ、欠点って。少なくとも遠距離攻撃の一つである【風穴、空けるわよ】に比べたら威力は勝っているし、なにも問題は無いように思えるんだけど……。

「溜めが長いのだよ」

 と、隣りで不思議がる僕を見てか、レジェンドさんは疑問に答える形でそう口を開いた。

「溜め、ですか?」

「うむ。あの技は当たりさえすればダメージもでかいのだが、いかんせん発動までに時間のかかる技でね。使用する状況がどうしても限られてくるのだよ。先のように、相手の不意を突くなどしない限りはね」

「な、なるほど」

 言われてもみれば、技の発動までずいぶんと時間がかかっていたように思える。ということは、それだけ隙が生まれやすい技というわけだ。

 だからこそ姉ちゃんは、由梨江さんが様子を窺っている間に、初手であの技を放ったのだろう。

 にしても、驚くべきは由梨江さんの方だ。僕と同じで初めてみた技のはずなのに、ああもあっさり欠点を見抜くなんて。

 大丈夫か姉ちゃん? 割と自信があった技のようだけれど、今ので落ち込んでいたりするんじゃあ──

「ま、いいか。別にこれしか手がないわけじゃないしな」

 しかしながら姉ちゃんは、実にあっけらかんとした口調でそう言ってのけたあと、猫耳っぽい拳銃を手品みたいに跡形もなく消して、再び拳を構えた。

 よかった。こっちの杞憂だったみたいだ。

 さすが、両親から『ゾウが踏んでも壊れない心臓』と揶揄されるだけのことはある。

「よし、まだまだ勝負はこれからだぜ!」

「……めげない方ですわねえ」

 やる気満々といった風に腕をぶんぶん振り回す姉ちゃんに、由梨江さんは少しげんなりしたように嘆息を吐きつつ、

「ですが、今度はわたくしから行かせてもらいますわよ」

 と視線を尖らして、やや前傾姿勢の構えを取った。

「堀江流【オルトロス】!」

 由梨江さんが技名を叫んだ瞬間、その手から籠が──それもスーパーなどで使う買い物籠が、なにもない空間から突如として出現した。

 まるで手品のようだけど、そういうわけじゃないんだろうなあ──なんて、あれくらいでは驚きもしなくなった自分の感性に危機感を覚える今日この頃。

 フライドポテトだとか爆発だとかさっきの意味不明な物体に比べたら、インパクトも薄いしなあ。よほど意外な物でないと驚きもしない自信がついてしまった。いらないなあ、そんな自信。

 けれどあんな物、一体どうするつもりなのだろう?

「行きますわよっ!」

 と、由梨江さんは買い物籠を持ったまま、姉ちゃんに向かって突貫した。

 どうやら、あの買い物籠をそのまま武器として使うようだ。

 それを見た姉ちゃんも、すかさず迎撃体勢に入って睨みを利かせる。

「はっ!」

 姉ちゃんとの距離を一気に詰めたところで、由梨江さんは買い物籠を横手から勢いよく振り抜いた。

「おっと!」

 それを、姉ちゃんはバックステップで躱し、続いてお返しとばかりに飛び蹴りを放った。

「くらえやっ!」

「甘い!」

「っ⁉」

 飛び蹴りを買い物籠でガードされ、姉ちゃんは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべつつ、すぐさま後方へと飛び退いて、体勢を整えた。

「ちっ。思っていたより厄介だな、あの籠……」

 そう忌々しそうに舌打ちして、由梨江さんが持つ買い物籠を見やる姉ちゃん。

 当初は普通に武器として使うのかと拍子抜けしていた僕も、その意外な活躍を見せる買い物籠に、正直驚きを隠せなかった。

 あんなおよそ武器とも言えない物でここまで立ち回れるなんて。買い物籠の汎用性もさることながら、由梨江さんの卓越した戦闘スキルに目を奪われるばかりだ。

 やはり、一筋縄ではいかない。ショタ好きの変態ではあるけれど、その強さは本物だ。

 ここから、姉ちゃんはどう攻めるつもりでいるのだろう。攻撃を仕掛けようにもあの買い物籠でガードされてしまうし、下手をしたらその間隙を狙われて反撃を喰らいかねない。これじゃあ買い物籠の良い餌食だ。

「ふふふ。いかにも攻めあぐねておりますわね」

 渋面になっている姉ちゃんを見て、由梨江さんが愉快げに口角を吊り上げる。

「けど、容赦はしませんわよ!」

 考える時間も与えないと言わんばかりに、由梨江さんは気勢を上げて再び突撃を仕掛けた。また買い物籠で姉ちゃんを追い詰める気だ。

 そんな猛烈な勢いで肉薄してくる由梨江さんに、

「調子にのんなよゴスロリ!」

 と吠えたあと、姉ちゃんは両手の指を伸ばし──手刀の構えを取り始めた。

 そして、次の瞬間──



 姉ちゃんの両手から、突如として炎が顕現した。



「いくぜ! 新技第二弾っ!」

 そう声を張り上げたあと、姉ちゃんは炎を纏った両手を頭上高く上げて、



「釘宮流! 【うるさいうるさいうるさーいっ】‼」



 ──そのまま一気に振り下ろした。

 途端、姉ちゃんに絡みついていたはずの炎が、あたかも主の意思に従うように両手から解き放たれ、接近しつつある由梨江さんに向かって殺到した。

「っ⁉」

 その迫ってきた二対の炎の刃を、さすがに買い物籠では防げないと判断したのか、由梨江さんは買い物籠をあっさり放り捨てて横に跳躍した。

 しかし完全には避けきれなかったようで、放たれた炎の連撃の一つが、由梨江さんの片腕を掠めた。

「くうっ!」

 焼かれた袖の部分を抑えて、痛そうに顔をしかめる由梨江さん。

 そのまま由梨江さんは地面を転がって、火傷を負った部分を手で抑えながら片膝を付いた。

 一方、姉ちゃんが放った炎はというと、由梨江さんの横を通り過ぎたあと、そのまま目先にあった木々にぶつかることもなく勢いを弱めて雲散霧消した。よかった。危うく火事になるところだった……。

 それにしても姉ちゃん、いつの間にあんな厨二病みたいな技を……。ああでも、前にレジェンドさんから炎を使う技を教えてもらう予定だとかなんとか言っていたっけ。つまりあれがそうだったわけだ。

 ていうか、今さらな感想ではあるけれど。

 ほんと、めちゃくちゃだなこの二人!

 さっきから開いた口が塞がらないというか、非現実的過ぎて付いていける気が微塵もしてこない。完全に異能バトルの世界じゃないか。

 などと唖然としていた間に、由梨江さんはゆっくりその場から立ち上がって、

「……なかなかやりますわね。このわたくしに手傷を負わせるなんて」

 と凄みながら、姉ちゃんに言った。

「当ったり前だろ。お前をぶっ潰すために今日まで修行してきたんだからな!」

 由梨江さんの言葉に気を良くしたのか、姉ちゃんは無い胸を張って「がはは!」と哄笑した。

 よくよく考えたらこれが初めてのヒットになるわけだけど、案外良い感じじゃね?

 最初はどうなるものかと心配してたけど、この調子でいけば勝てちゃうんじゃね⁉

「いいぞ姉ちゃん! そのまま押し切っちゃえ!」

「おう! 任せとけ!」

 僕の声援に、親指を立てて応える姉ちゃん。

 おお。あの姉ちゃんがものすごく頼もしく見える。

 こんなの、生まれて初めての経験だ!

「……ひどいですわ湖太郎さん。わたくしの気持ちを知っておきながら、あんなのを応援されるなんて……」

 と、悲しそうに眉尻を下げる由梨江さん。

 由梨江さんの気持ちを知っているからこそ、こうして姉ちゃんの応援しているわけなのだが。愛が一方通行過ぎて辛い……。

「これはわたくしも、華麗な姿を見せつけなければなりませんわね」

 僕の露骨な身内びいきを見て逆に気合いが入ったのか、由梨江さんは今まで以上に表情を引き締めて拳を構えた。

 なんだろう? 由梨江さんの雰囲気が少しだけ変わったような気がする。

 肌がざわつくというか、空気が張り詰めているというか。

 そう……一言で例えるなら。

 ──殺気。

「おら! じゃんじゃん行くぞっ!」

 けど姉ちゃんは、そんな由梨江さんの雰囲気に気付いていないのか、警戒することもなくもう一度両手に炎を纏って、一気呵成に振り放った。

 由梨江さんでも避けきれなかった炎の刃が、再度目前まで迫る!

 だというのに。



 炎が接近する直前で、由梨江さんが口許を歪めていたのを、僕は見逃さなかった。



 ──まずい。あれはなにかするつもりだ!

「頂きますわよ、その力」

 そう言って、由梨江さんは酷薄な笑みを浮かべながら炎を受け止めるかのように両腕を広げた。

 そして、炎が由梨江さんに直撃しようとしたその瞬間──



 まるでブラックホールのごとく、二対の炎が由梨江さんの体内へと吸い込まれてしまった。



「「「はああああああっ⁉」」」

 目を疑うような光景に、僕と姉ちゃんだけでなく、レジェンドさんも動転したように大声を上げた。

「ふう。ごちそうさまでした♪」

 そう一息ついて、満足そうにお腹をさすって笑みを浮かべる由梨江さん。

 そんな先ほどよりも元気になっているようにも見える由梨江さんに、僕たちは終始唖然としたまま、言葉も出ずに立ち尽くしていた。

 一見すると、炎が服をすり抜けて体の中に取り込まれていったように思えたけれど、具体的にはなにがどうなったのか、皆目見当も付かなかった。

 あのレジェンドさんですら、不可解そうに眉間を寄せているぐらいに。

「一体なにが起きたのかわからない……とでも言いたげな顔をしておりますわね」

 などと僕たちの心中を読んだかのように、由梨江さんがしたり顔で口を開く。

「別に特別難しいことはしておりませんわ。ただ単に、先ほど放ってきた炎をすべて吸収させてもらっただけです」

「吸収……だと?」

 その通りですわ、と姉ちゃんの呟きに鷹揚に頷いて、由梨江さんは言の葉を紡ぐ。

「あるんですのよ。我が堀江流に、相手の力を奪い取って、なおかつ自分の力へと変える技が。その名も──」



「【にゃにゃめにゃにゃじゅうにゃにゃどのにゃらびでにゃくにゃくいにゃにゃくにゃにゃはんにゃにゃだいにゃんにゃくにゃらべてにゃがにゃがめ】ですわ‼」



 なっが! 技名なっが!

 そして言いづらっ!

「この【にゃにゃめにゃにゃじゅうにゃにゃどのにゃらびでにゃくにゃくいにゃにゃくにゃにゃはんにゃにゃだいにゃんにゃくにゃらべてにゃがにゃがめ】のおかげもあって、ずいぶんと体力を回復させて頂きましたわ。さすがはわたくしの【にゃにゃめにゃにゃじゅうにゃにゃどのにゃらびでにゃくにゃくいにゃにゃくにゃにゃはんにゃにゃだいにゃんにゃくにゃらべてにゃがにゃがめ】だけのことはありますわね」

 声優泣かせみたいなセリフを、つっかえることなくスラスラと言ってのける由梨江さん。

 さっきの光景にも驚いたけれど、あんな長い上に言いにくい技の名前をああもスラッと口にできる由梨江さんの滑舌の良さにも驚きだ。

「相手の技を吸収……か。しかし、とんでもない娘だね」

 と。

 由梨江さんの説明を聞いて、レジェンドさんが慄いたような声で言う。

「あんな技を使える者が、現実にいようとは……」

「え? そんなに珍しい技なんですか? いや、僕からして見たら、さっきからどれも信じられないような技ばかりではあるんですけども」

「うむ。少なくとも私は初めて見るね。そういった技があること自体は知っていたが、実際に使える者がいたなんて驚きだよ。噂では会得するのにかなり難しい条件をクリアしなといけないはずなのだが……」

「条件……ですか? それってどんな?」

「確か、猫耳に尻尾を付けなければならないとか、パジャマや黒の下着だけで夜道を徘徊しなければならないとかだったかな」

「罰ゲームか」

 むしろ後半なんて、ただの変態だ。

 あ、でも由梨江さんって元が変態だから、それであっさりあの技が使えたのかもしれない。なるほど、納得だわー。

「なぜでしょう。湖太郎さんに蔑んだ眼で見られているような気がしますわ。興奮して下半身がズギューンとしちゃいそう……♪」

 いけない。僕のせいで変態を欲情させてしまった。

 これ以上由梨江さんを元気にさせるのはよくないし、平常心を保たねば。

「ちっ。まさかあんな隠し玉を持っていたなんてな。これじゃあ下手に技を連発できないぜ……」

「仰る通りですわ。もはやあなたの釘宮流はわたくしに通用しません」

「それはどうだろうな?」

 勝ち誇ったように泰然と佇む由梨江さんに、姉ちゃんはまったく臆した様子もなく、それどころかニヤリと含みのある笑みを浮かべて続ける。

「そのにゃにゃめなんとかっていう技、力を奪い取るにも限度があるだろう?」

 ぴくっと、微細ながら片眉を動かした由梨江さん。

 それ以外は反応らしい反応を示さなかったけれど、姉ちゃんにはそれで十分だったようで、

「やっぱりな。どんなバッテリーでも、一度に大量のエネルギーを送ったら壊れるもんだしな」

 と、なかなか鋭い推理を披露した。

「……少々悔しいですが、ご名答ですわ。ですが、それがわかったところでなんだっていうんですの?」

 鼻で笑うように言って、由梨江さんは姉ちゃんを睥睨するかのように顎を上げた。

「いくら限度があると言っても、先ほどの技ではわたくしに通用しませんわよ? 一応言っておきますけれど、今まで使用した技も含めてですわ。

とどのつまり、今のあなたではわたくしに勝つことなんて、到底不可能ですのよ!」

「だったら今まで以上の大量のパワーを、お前にぶつけたらいいだけの話だろうが」

 そう言って。

 姉ちゃんは両腕を伸ばし、手首同士をくっ付けた。

 まるで開かれた両の手の平から、必殺技でも繰り出すかのように。



「見せてやるぜ。修行で身に付けた新技第三弾。

 釘宮流最大奥義、その名も【ツンデレ波】をな‼」


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