第2話 姉ちゃんは基本、人の話を聞かない
翌日。学校の創立記念日。
「え。なにこれ……?」
平日の雑踏で賑わう駅前──そこの比較的そばにある某アニメショップの前で、僕は呆然とした面持ちで戸惑いの声を上げた。
「なにって、アニメショップに決まってんじゃん。まさか、お前知らないの?」
隣りに立つ姉ちゃんが、常識を説くかのような口調でそう言葉を返す。
いや、それは知っている。たまにCMなんかで見かけるし、どういう店なのかも理解してはいるが、一旦それは置いといて。
「なんでアニメショップにいるんだよ! これ、絶対家の用事とか関係ないだろ!」
「うん。そうだけど?」
「『うん。そうだけど?』じゃねえええええええええっ!」
いけしゃあしゃあと応える姉ちゃんに、僕は盛大に突っ込む。
「だったら、なんでこんなところに連れて来たんだよ! 僕、付いてきた意味全然ないじゃん‼」
「いやいや、そんなことないって」
憤慨する僕の両肩に手を置いて、いつになく真摯な顔で言葉を続ける姉ちゃん。
「今日はな、わたしの大好きな『魔法少女プリティエース』の限定版DVDが出る日なんだよ。しかもここのアニメショップで限定版を購入すると、先着十名にプリティエースの実大寸パネルがもらえるイベントまであるんだ。しかし、車もなければ身長の低いわたしでは、持ち運びがどうしても困難だ。だからと言って、こんなビックチャンスを逃すわけにもいかない。あとは、わかるな?」
「要は、単に荷物持ち要員なんじゃねぇか!」
しかも、実寸大なんて隠しようがない──その上あんな幼女向けアニメの絵が描かれたパネルを、人前に晒しながら持ち歩けとでも言うのか⁉
だいたい実寸大パネルが特典ってなんなんだよ! こういうのって、普通その店だけのクリアファイルとかストラップとかが特典にもらえるものなんじゃないのか⁉
「……どうりで変だと思っていたんだよ。あの面倒くさがりな姉ちゃんが、家の用事を積極的に済ませようとするなんてさ……」
「むしろ、いつからわたしがそんな真人間だと錯覚していた?」
「うるさいだまれ。無い胸張って言うことか」
姉ちゃんがとことんクズ過ぎて泣けてくる。
「はあ~。なんでもっと早く気が付かなかったんだろう。そもそも姉ちゃんみたいなダメ人間が、自分から積極的に家の手伝いなんてするはずがなかったんだ……」
「なんか、さっきからわたしに対するディスり方がひどくないか?」
「もういっそ、生まれる前からやり直せばいいのに」
「あれ、ついにはわたしという存在そのものを否定し始めたぞ? いい加減そのへんでやめておかないと、今すぐここで流血騒ぎを起こしてもいいんだぞこの野郎」
言って、顔に青筋を浮かばせながら指の骨を鳴らし始める姉ちゃん。言う事が物騒すぎる。
「なに逆切れしてんのさ。悪いのは姉ちゃんの方でしょ? せっかくの貴重な平日休みだったのに……」
「だってしょうがないじゃん! こうまでしないと、お前絶対付いて来ないじゃんか!」
「そりゃそうだよ。僕になんのメリットもないんだから」
姉ちゃんのくだらない買い物に付き合うくらいなら、家で静かに読書でもしていた方がよっぽど有意義だ。
「ん? メリットがあれば協力してくれるのか? だったら帰りに酢昆布を奢ってやるから、わたしの買い物に付き合ってくれよ~」
「なんで酢昆布? いや、別に嫌いじゃないけどさ」
「なんなら、木刀も一緒に買ってあげてもいいんだぜ!」
「いや、それはいらん」
なんで酢昆布からいきなり木刀という発想になるんだ? わけがわからん。
「つーか、木刀を買ってくれるだけの金を出してくれるなら、もっと良い物を食べさせてよ。僕の好きな甘い物とかさ」
「マジか! よし、わかった! だったら今度、どれでも好きなコンビニスイーツを奢ってやる! これでどうだ⁉」
「まあ、それならいいかな」
そんなこんなで、僕は姉ちゃんの買い物に付き合うこととなった。
「ほれほれ! 急げ湖太郎! 早く行かないと、プリティエースのパネルが無くなっちまうぞっ!」
「はいはい」
おざなりに返事をしつつ、バカみたいな陽気さで店内へと入っていく姉ちゃんに、やれやれと溜め息を吐きながら僕も後に続く。
店内に入ってみると、平日のお昼頃だというのに結構な数のお客さんで賑わっていた。
さすがに僕らみたいな子供はいなかったけれど、大学生風の人や会社から抜け出してきたかのようなスーツ姿の大人も見受けられる。前者はともかくとして、会社員っぽい人は色々と大丈夫なのだろうか。給料的な意味で。
おっと、他人のことを気にしている場合じゃなかった。さっさと姉ちゃんに付いて行かないと。
周りを見てみると、一直線に階段へと向かう姉ちゃんを発見した。どうやら、お目当ての商品は上階にあるらしい。
置いて行かれまいと、急ぎ足で僕も階段を上る。そのまま姉ちゃんの後を追って三階まで上ってみると──
「うおっ。なんだこれ……?」
視界いっぱいに広がるプリティエースのキャラ絵に、僕は思わず圧倒されてその場に立ち止まってしまった。
どこもかしこもプリティエース一色。正確には仲間の魔法少女とかライバルキャラもちらほら散見できるけれど、アニメ絵から店員が手書きで作ったと思われるポップ絵などで溢れ返っていた。
「今日は『魔法少女プリティエース』の限定版DVDの発売日だかんなー。イベントだってあるし、それでいつもより宣伝しまくってんだろ」
呆然とする僕に、先に行っていたはずの姉ちゃんが、なぜか得意げな顔でこちらへと歩いてきた。
「あれ? 姉ちゃん、先に店頭に行ってたんじゃないの?」
「湖太郎がいなきゃ、パネルが運べないじゃん」
あ。それもそうか。
「にしても、すごいことになってるね。フロアまるごとプリティエースだらけになってるよ」
もちろんアニメショップなので、他にも色んな商品で溢れてはいるけど、この店がなんのアニメを推しているかは一目瞭然だった。
「普通なら、ここまでのフェアなんてやらないもんなんだけどな。他にやってるアニメだってあるし。プリティエースくらいの超人気アニメでないと、こうはならないな」
「へえー」
素直に感嘆する僕。
言っても女児向けアニメなのにこんなにも支持されるなんて、姉ちゃんみたいなアニオタたちにしてみれば、それこそ神作のような扱いなのかもしれない。
「どうだ湖太郎。これを機に、お前も『魔法少女プリティエース』の世界にどっぷりハマってみないか?」
「いや、遠慮しとく。そこまで興味ないっていうか、姉ちゃんからよくプリティエースの話を(強制的に)聞かされているせいで、すでにお腹いっぱいだし」
それになにより、姉ちゃんがウザそうで嫌だし。
「ちぇー。つまんねえ奴だなー。湖太郎がハマってくれたら、一緒にプリティエースのOPを歌えると思っていたのに」
「OPって、今BGMで流れているのがそうだよね? よく姉ちゃんが歌っているからすぐにわかったけど、そんなに人気のある曲なの?」
「おう。オリコン上位にも入った神曲だぞ? 特に気に入っているのが、歌の間にあるエースのセリフで──」
『愛、覚えているわよね♪』
「くぎゅううううううううううううううううううううっ‼」
「うわっ! 急になんだよ⁉」
「おっとすまない。エースの合いの手に、わたしの中の釘宮因子がついつい反応してしまったようだ……」
はた迷惑な反応だった。
だいたい、釘宮因子って一体なんだ。
「ていうか、さっさと店頭に行こうよ。先着十名様までなんでしょ? 姉ちゃんが欲しがってるパネルって」
「お、それもそうだな。平日だし、イベント開始時間よりかなり早めに来たから問題なくゲットできるとは思うけど、やっぱ今からでも向かった方が──」
『好き好き大好き超愛してる♪』
「くぎゅうああああああああああああああああああああああっ‼」
「やかましいわ! 普通に黙って歩けんのかっ!」
協力すると約束したばかりではあるけれど、今すぐ帰りたい気分になった。
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