九頭竜神機
@m46
1.逆さデキャンタ
南緯47度9分、西経126度43分、海底を突き刺す形で建造された巨大施設は通称“逆さデキャンタ”と呼ばれ、多国籍からなる官民共同プロジェクトで建造された次世代エネルギーの採掘拠点あった。
その逆さデキャンタのメインエレベーター“コルク”でSFチックなグリーンのパイロットスーツに身を包んだ1人の女性軍人が地下に向かっていた。
エレベーターと呼ぶには広すぎる、学校の教室程度の広さがある、この『コルク』で彼女は一人眉をしかめた。
(エネルギー採掘とは名目に過ぎす、ここは深刻化する国家間対立とWW3からの退避の為に建造された“一部の特権階級のための“シェルターであり、ここ防衛するための戦闘機乗りとして自分は派遣された)
彼女は自分に与えられた公式の名目、そして彼女が逆さデキャンタの環境から推測する本当の目的が、彼女に眉をしかめさせたのだ。
彼女が逆さデキャンタに赴任して早々の入念な身体検査や入館ガイダンス、
事務手続きを経てこのコルクに乗り込むまでの3日間程度で目にした人間の比率は、背広1:白衣1:作業着:3:軍服5の構成だった。
明らかに軍人が多すぎゆえに、平時では自分自身が笑い飛ばしていたであろう陰謀論的思考に彼女を染まらせたのだ。
この南緯西経の位置はあらゆる大陸から距離がある場所なのだから、この位置自体が防衛機能をはたしているのに、この構成比率は歪だと彼女は考えた。
そもそも化石燃料にしろメタンハイドレートにしろ、陸地に近い場所でなければ採掘コストに合わないはずだ、こんな場所でとれる資源にこの施設を作らせるだけの採算性があるとはとても彼女には思えなかった。
3月23日、今日初めて顔合わせした上官シュリュズベリイの名によりコルクに乗り込んだのは午前9時55分の事だった。
彼女が退避シェルターと海上を繋ぐための乗り物だと推測しているコルクにである。
何故なのか、何があるのか、当然聞く気は無い、自分は軍人なのだから。自分は作戦を完遂するための装置の一部にすぎない。そう、軍人なのだから。
聞く気は無かったがシュリュズベリイは自ら一言だけ付け加えた「彼らからのご指名だ」。
その言葉よりも気になったのは、指令の時もこの付け足しの時も伏目がちなままで彼女と眼を合わせなかったシュリュズベリイが別れ際に彼女の額あたりに視線を向け、少しだけ口元にさざ波が生まれた点であった。
かれこれ2時間はコルクは海底に向け下降を続けている、ドアの上に電子掲示された現在の階層を示す数値はB300Fを超えていた。
下降10分を超えたあたりで何かの故障か、あるいは冗談かと思ったが、コルクの広さとそれにふさわしいインテリアやレストルーム、テレビゲームやタブレット、ピンボールなどの娯楽機器が整っている点が「これが平常運転である」という裏付けになっていた。
まさか1日過ごすとは思えないが、無電源でも稼働する古めかしいピンボールに彼女は内装者の皮肉を感じ、また眉をしかめた。
無電源の娯楽さえも必要かと思わせる階層の深さが彼女が空想する特権階級の「臆病さ」を示しているようで彼女を苛立たせ、
そういった連中の指名でこの無意な場所で無意な時間を過ごしているという"彼女の中での真実"がその苛立ちにバフをかけた。
苛立ちと密室の息苦しさで頭を抱えようとしたその時、髪に付けたヘアピンに手があたり彼女は大きく落胆した。
どうやら彼女は、極々プライベートな空間で愛用している彼女が子供の頃から愛好するモンスターゲームの黄色いネズミのヘアピンをつけたままこの任務にあたっていたようだ。
シュリュズベリイの口元の揺らぎはこれが原因かと彼女は思った。
”指摘をしないのもハラスメントだ“
状況への苛立ちという熱気と、自分への落胆という寒気のぶつかりはダウンフォールを産み彼女は腰を備え付けのソファへと落とした。
彼女は状況を受け入れドア上の電子数値を追うという自らに貸した軍務を放棄し、タブレットに手を伸ばした。
その時、体内の重心が浮くような沈むような負荷を感じた。誰もが知るエレベーターが止まる時のアレであるが、これはその何倍もの負荷と異物感を彼女に与えた。
ピンボール内の玉が重力変化を裏付けるように上下に小刻みに弾み音を立てた。
この旅も終わるという安堵と共に吐き気が込み上げたがなんとか堪えた、彼女は自分が戦闘機乗りであるから耐えられただけで訓練を受けていない一般人なら小一時間は寝込む類いの負荷である事は理解できた。
いかにも到着を示す「ピン」という信号音と共にドアが開いた、ドアの先コルク内部に比べれば薄暗い空間は空母のドックのように見えた。
出入り口付近に設置された鮮やかな青いポリバケツに対し彼女は”どうやら、今回は不要だったみたいね“と一瞥し、薄暗いドックに歩み始めた。
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