第20話 主人公以上に、ヒロインは胸の大きさを気にしている

「もしもし!……うん。いま舞凛ちゃんの家で遊んでるんだけど、良かったら琴莉ちゃんも……うん……ほんと! うん……は〜い、待ってるね〜」


 どうやら千城は琴莉に電話をかけたらしい。たしかにこの2人、最近ちょっと百合の匂いが香るもんな。仲良きことは喜ばしいことだ。

 ……ところで、好きな人にメイド服見られるのものすご〜〜〜〜く嫌なんですけど。ワンピースも恥ずかしかったけど、メイド服はまた次元が違う。どうか勘弁して欲しい。


「琴莉ちゃん来てくれるって!」

「おう、それは……良かったな」


 俺はまったく良くないけどな。普通に琴莉と人生ゲームがしたかったよ……。



 しばらくの間、千城と来緒根が野球盤で暇を潰していると、彼女はやって来た。


「お邪魔しまーす」


 ──今日の琴莉は一段と可愛かった。めちゃくちゃに可愛かった。信じられないくらい可愛かった。

 薄桃色のブラウスに、クリーム色のロングスカート。そして白いリボンを髪に付けている。

 最近は制服の琴莉しか見てなかったけど、久しぶりの私服の琴莉は、昔よりずっと大人っぽくなっていて……ドキドキが止まらない。

  

「来てくれてありがとう、島柄長さん」

「ありがと〜琴里ちゃん。急に呼んでごめんね」 

「いえ! むしろ誘っていただきありがとうございます。うさぎさん、来緒根さん。それに歩夢ちゃ……歩夢くんも」


 いま言い直したよね! 

 まあけど実際、ロングヘアで胸もあってメイド服を着た俺は、たしかに女にしか見えないし、琴莉の私服が可愛すぎるので許すことにした。可愛ければ大抵のことは許される。可愛いは正義なのだ。


 すると、琴莉はメイド服の俺を上から下までじっくり観察し始めた。


「歩夢くんのメイド服、すごく似合ってます!」

「それは──あまり嬉しくないかも」

「スカートがふわっとしているところとか、胸の部分のフリル、と、か……」


 どうしてか、琴莉は急に黙り込み、笑顔も萎んでいってしまった。その表情は怒っているようにも、悲しんでいるようにも見える。

 あれ、俺なんか変なことした?


「えっと──琴莉?」


 すると、彼女はぼそりと一言。


「……私より胸、大きいです」


 あ、そういう。

 ──なるほど、たしかに千城も来緒根も立派なものをお持ちだ。彼女なりに思うものがあるのかもしれない。女の子は悩み多き生き物だっておばあちゃんも言ってたし。

 でも安心して欲しい! 俺の胸は模造品だから! 偽物だから!


「それじゃあ、もう一回戦始めましょうか!」


 琴莉の胸中を知ってか知らずか、来緒根はやや重たくなった空気を割くように、人生ゲーム第2回戦の開幕を宣言した。


 そして次なる戦いでも当然のように、俺は開拓地に送り込まれたのだった。

 億万長者になりたい……。



「楽しかったですね!」

「そうだね琴莉ちゃん。あゆくんは人生ゲーム弱すぎ〜」

「……ほぼルーレットで決まる運ゲーに、強いも弱いもあるか」

「い〜や、これは人生経験の差だね。なんてったってなんだから」

「おい、誰が妹じゃ」


  今日も来緒根の家で働き終え、俺は千城と琴莉と一緒に、くだらない話をしながら帰っていた。

 ……俺が弱いのは認めざるを得ないが、それにしても2戦とも圧倒的1位の来緒根は強すぎないか? 人生ゲームって実力が介在する余地ないと思うんだけど。やはり持って生まれた人間は運まで味方につけるのか……。


「私、あまりボードゲームってやったことないので、すごく新鮮でした!」

「ふふ、またやろうね琴莉ちゃん」

「はい!」


 千城と琴莉は互いに顔を見合わせながら微笑っている。いや〜百合は尊いね。永遠に見ていたい。


 が、残念ながらお別れの時間が近づいていた。


「それじゃ、あたしはここで曲がるけど……琴莉ちゃんは家どっちだっけ?」

「私はここをまっすぐ行ったところです」

「あれ、あゆくんと同じ方向だね」

「はい。歩夢くんのお隣に住んでいます」

「……えっ?」


 千城はその場で固まり、いつも陽気な千城の表情が死んでいる。どうしたんだろ。


「千城大丈夫か?」

「えっと……あゆくんって一人暮らしだよね?」

「ああ、う、うん」

「つつつまり、じじ、実質同棲的な感じ!?」

「いやいやなんでそうなるんだよ。アパートの隣の部屋なだけだろ」

「い、妹の分際で生意気な」

「妹関係ないだろ。てか妹言うな」


 何をそんなに動揺してるんだ千城は。

 たしかに距離は近いけど、一緒に住んでるわけじゃあるまいし、やましいことなんて何もないぞ。


「そそそ、それじゃあ。ま、また明日ね2人とも」

「お、おう。また明日」

「気をつけて帰ってくださいね」


 こうして、千城はそそくさと走り去ってしまった。なんだったんだ……。


「どうしたんでしょうか、うさぎさん」

「さぁ……とりあえず帰ろうか」

「そうですね」


 そして翌日。

 俺たちはこの帰路が原因で、またも小さな事件に巻き込まれることになる──。


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