第23話 家に帰るまでが探索

 「エル! みんな!」


 エルタ達がかつての光景を懐かしんでいる中、緊迫した声が聞こえてくる。

 周囲の警戒にあたっていたジュラだ。

 その表情は焦りを隠せていない。


「ちょっと、来てほしい……!」

「え?」


 いつものジュラとは違った様子に、エルタ達はあわてて立ち上がった。

 そうして、ジュラに先導される形で奥へと進んでいく。





「あれを見て」


 ジュラを先頭に、エルタ達はさっと物陰に隠れた。

 ここ一帯はすでに、この『王都第一ダンジョン』の最奥地である。

 そこでジュラが、気になるものを見つけたようだ。


「あれって、魔物?」


 ジュラが指差した先には、魔物の残骸ざんがいがあった。

 だが、特に違和感を感じないエルタは首を傾げる。


「あれがどうかしたの? 討伐されてるみたいだけど」

「そう。でもダンジョンに取り込まれていない・・・・・・・・・の」

「あ、たしかに……!」


 普通、魔物が討伐された際は、素材などを落としてダンジョンに取り込まれていく。

 これがダンジョンのことわりであり、くつがえることはない。


 しかし、エルタ達の前にいる魔物はそうなっていない。

 これは一体何を指しているのか。

 少し苦い顔をしたジュラが考察を口にする。


「つまりあれは、完全には討伐せず、生きたまま・・・・・能力だけ取られてる」

「ジュラ姉、そんなのって……!」


 大きく反応を見せたのはレリアだ。

 あらゆる学問を習得している彼女には、それがどれだけ異常事態かを理解できたのだろう。


「そういえば……」


 同時にレオネは、ジュラが拠点でボソっとつぶやいたことを思い出す。


 『もっと恐ろしい技術も開発されているみたいだけどね』


 その時に一瞬浮かべた表情と、今のジュラの表情は一致する。

 対して、うなずいたジュラが続けた。


「噂は本当だったのね……」

「どういうこと?」

「これはおそらく実験の跡。具体的に言うなら──」


 ジュラは嫌な顔のまま言葉にする。


「“人間と魔物を融合する”実験」

「「「……!」」」

「どんな事をするかは想像もしたくない。ただ、成功した時は、人間の知能と魔物の身体能力をあわせ持つ者が誕生するわ」


 人間と魔物、その一番の違いは“知能の差”。

 魔物に身体能力・特殊能力では劣る人間だが、その分、工夫をしたり戦術を立てたりすることができる。

 その差を以て、身体能力をひっくり返し、人間は魔物を狩っているのだ。


 しかし、人間の知能を持ったまま魔物の能力を操れるとなると話は変わってくる。

 魔装も似た技術ではあるが、体そのものに能力が宿るのとは訳が違う。


 加えてエルタは、その行為がなんだかいけ好かなかった。


「倒すなら倒さないと、あんな姿……」

「エルタの言う通りだよ」


 弱肉強食のルールに口を出すつもりはないが、勝者なりの敬意というものもある。

 ジュラの魔装は討伐後の素材から出来ており、最低限、敬意を持って造られている。

 

 だが、エルタ達が目にしている魔物は、ぷるぷると震えるのみで、この先は何をすることもできない。

 エルタはうまく言葉に表せないが、それがなんとなく嫌だった。


「安らかにお眠り」

「……ギャウ」


 エルタが討伐してあげると、魔物は感謝したように眠りにつく。

 それから、少し悲しげに言葉に出した。


「こんなこと一体だれがするんだろう……」


 それにはジュラが答えた。


「教団“スカー”。彼らが動き出したのかも」


 ──教団スカー。

 どこかに潜むと言われる、“闇の組織”だ。

 目的は不明だが、表では言えないことを日常的に行っているという。

 それにはもちろん、研究や兵器作成なども含まれている。


 対して、エルタはもう一つたずねた。


「ジュラはどうしてそんなに詳しいの?」

「……お姉さんも誘われたことあるからね」

「え、ジュラが!?」

「当時から魔装の研究をしていたから、腕を買われたんだと思う。怪しい団体だったから断ったけどね。それ以降の関わりはないよ」


 エルタ以外も初めて知ったのか、全員が目を見開いた。

 だが、ふぅと一息つくと、ジュラは普段の表情に戻す。


「まあ、あくまでもそうかもしれないってだけだから」

「ジュラ姉……」

「この件はお姉さんが調べてみるよ」


 しかし、それには周りの者も反応を見せた。

 ジュラの浮かべた表情が、普段通りに見えて取りつくろっているのが分かったのだろう。

 

「ワタシも騎士団であたってみよう」

「わたしも学院の情報網で探るよ」

「わ、私も生徒会としてレオネさんを手伝います!」


 ジュラには一人で抱えこませないつもりだ。

 そして、当然エルタもうなずいている。


「ジュラ姉、僕も何かしてみるよ。いつでも頼ってね」

「みんな……もう、頼もしすぎてお姉さん困っちゃうな」


 話はまとまったようだ。

 ならばとジュラはくるりと後方に振り返る。


「良い頃合いだし、今日はこれぐらいにしよっか」

「そうだね」


 先を行くジュラに、エルタ達が続いていく。


 教団スカーの影に、謎の実験の跡。

 最後には不審なものを見つけたが、エルタ達はお出かけを満喫できたようだ。


「みんなー、家に帰るまでが探索だからね」

「「「はーい」」」


 そうして、年長のジュラを先頭にして帰る様は、最後まで孤児院の時と変わらなかった。




「外だー!」


 一番乗りにダンジョン外へ出たエルタは、うんと腕を伸ばした。

 ダンジョン内も温和な気候だったが、今ではすっかり慣れた王都の環境が好きなようだ。


 それから、少し遅れて出てくるジュラ達にくるりと向き直った。


「みんなありがとう! 問題ができたかもしれないけど、今日は楽しかったよ!」

「「「……!」」」


 対して、一斉に目を見開く少女達。

 若干頬を赤らめた様は、同じことを思っていたようだ。


「また、エル君達と出かけたいものだな」

「エルタもみんなも一緒にね!」

「お姉さんはいつでも大丈夫だよ」

「私もお兄ちゃんについていきます!」


 それにはエルタが付け足す。


「でも、今度は六人・・で来たいね! 『カルム』も入れて!」

「「「……!」」」

「ん?」


 しかし、途端に少女達の反応が鈍くなる。

 すると、セリアが一歩前に出た。


「エル君、ダンジョンでの話の続きだが」

「あ、そういえば。カルムがどこにいるか知ってるの?」


 お昼ごはんの後、一度この話になっていた。

 だが、ちょうどジュラが呼びに来たのと重なり、途切れてしまっていたのだ。

 その続きをセリアが話し始める。


「カルムは……行方不明なんだ」

「えっ?」

「“お義母かあさん”が亡くなったのは知っているだろう?」

「う、うん」


 お義母さんとは、エルタ達が育った孤児院の主のこと。

 血のつながりはないが、育ててくれた想いを込めてそう呼んでいる。

 その人が亡くなったことを知ったエルタは、地上に帰還してすぐお墓参りにも行っていた。


「それからすぐ、カルムもいなくなってしまってな」

「そんな……!」


 だが、お義母さんは、カルムにとっては実の母親・・・・だった。

 実子であるカルムは、孤児院で一緒に面倒を見られていたため、エルタ達と幼馴染というわけである。


「ワタシ達も必死に探したが、いよいよ出てこなくてな」

「カルムが……」


 こんな事実があったため、セリア達の表情が暗かったようだ。

 しかし、エルタはうんっとうなずくと、いつもの明るい表情を見せた。


「でも、カルムはきっと生きてるよ!」

「エル君……!」

「だって僕が生きてたんだから!」

「フッ、そうだな」


 それには、セリアも後ろの少女達も笑みを浮かべた。

 みんなもカルムが生きていると思っているようだ。


「よーし、そうと決まったらガツンと言ってやらないと! 今までどこにいたんだよって!」

「はははっ、確かにそうだな!」


 セリア達とも親友だったエルタだが、やはりカルムとは唯一の男同士。

 カルムとは、よく喧嘩しては、よく笑い合っていたようだ。


 それから、エルタがもう一度拳を上げた。


「じゃあみんな改めてありがとうね! カルムも見つけて、今度は六人でどこか行こう!」

「「「うんっ!」」」


 こうして彼らは、勝負のご褒美である一日お出かけを終えたのだった。

 またみんなで集まることを約束して。


「……ん?」


 エルタだけは一瞬、遠くから覚えのある気配を感じたようだが。



 


「ハッ、今の気づくかよ」


 全く同時刻、一人の少年が木から降り立つ。

 一瞬振り返ったエルタの視線から、とっさに逃れるためだ。

 だが、少年が浮かべているのはニヤリとした表情である。


(今のはビビったが、相変わらず呑気がすぎるぜ、懐かしき・・・・面々よ。俺達はすでに動き出してるってのに)


 そして、少年は言葉を残していく。


「探さなくてもすぐに会えるだろうぜ」


 それから、音もなくスッと姿を消した。

 その様子はとても人の力だけには思えない。


「またな、エルタ」

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