第3話 巻き込まれ始める予感

 「僕の大切な妹なんだ」


 十年振りに地上へと帰還したエルタ。

 思わぬ形で妹ティナとの再会が叶ったが、隣のきょうじんな男ゴレアの腕を掴む。

 Aランク探索者ゴレアが、大切な妹を連れ出そうとしているからだ。


「あ? お前が例のお兄ちゃんか?」


 対して、ゴレアは豪快ごうかいな笑い声を上げた。


「ハッハッハ! ティナちゃんこいつ戯言ざれごとだと思っていたが、本当に生きてやがったとはな!」

「どういう意味?」

「だってそうだろ!」


 笑いがこらえ切れないゴレアは、涙ながらに続けた。


あの・・ダンジョンから帰ってくるわけがねえ! どうせ妹に隠れて遊んでたんだろ! 面倒くさそうだもんなこの女! カッハッハッハ!」


 そんな言葉に、ティナはくつじょく的な表情を浮かべる。


「このっ……」

「おーこええ顔すんなよ、ティナちゃん」


 しかし、話に付いていけない者が一人。


「あのダンジョンから帰ってくるわけないって……?」

「あ?」


 エルタは帰ってきたばかりのため、知らないのだ。


 ダンジョンに規定ができたこと。

 十年過ごしたアステラダンジョンがSランクの超難易度だということ。

 そして、その期間多くの大物が探索を断念した場所であることを。


 そんなエルタは、首を傾げながらも徐々に怒りをあらわにし始める。


「それより、早くティナを離してもらっていいかな。そろそろ限界だよ」

「はっ! じゃあ力づくでやってみろよ」

「いいんだね」

「……!?」


 すると、一瞬エルタは化け物じみた眼光をのぞかせる。


(なんだ、今の獣みてえな気配は……!?)


 ゴレアが身震いを覚えた刹那、突如ぐるんと視界が横転する。


「は? ──ぐおぁっ!?」

「「「……!?」」」


 ゴレアの頭は百八十度回転し、ドガアアアと地面に突き刺さった。

 彼自身を含め、周囲は何が起こったか理解が出来ない。


「このぐらいなら、“ゴリみさん”の方がよっぽど強かったかも」


(((ゴリみさん……?)))


 その名は謎だが、はっとした周囲はようやく状況に脳が追いつく。


 どうやらエルタがゴレアの腕を持ち、軽くひねった。

 その勢いのまま、ゴレアは半回転したというわけだ。


「お兄ちゃん……?」

「エルタさん……?」


 だが、あまりに非現実的な光景に、ティナや受付嬢も含め、周囲はまだ半信半疑の様子。

 それでもエルタは、ティナへ振り返って笑顔を浮かべた。


「大丈夫だよ。ティナは僕が守る」

「……!」


 その笑顔はまるで変わっていない。

 ティナは心の底から安心感を覚えた。


(本当に、お兄ちゃんが帰ってきた……!)


 そうして、エルタは足元に目を向ける。


「まだ立てるんじゃない?」

「……ぐっ」


 言葉に乗っかり、ゴレアは立ち上がった。


「今のは油断しただけだ! まずはてめえから潰す!」


 さすがはAランク探索者といったところだろう。

 立ち上がってすぐさまあおり返すタフさも持ち合わせている。

 対して、エルタは少し口角を上げた。


「よかった」

「あぁ!?」

「これで存分にやれる」

「──ッ!?」

 

 その瞬間、ふっとエルタの姿が消える。

 かと思えば、ふところに入り込まれているのをゴレアは認識した。


(こいつ、なんて速さ───)


 思考する暇すらなく、ゴレアは腹部がメリっとへこむ感覚を覚える。

 重厚な装備を貫通し、体にまでダメージが及んだのだ。


「ティナがお世話になったね」

「ぐふっ……!?」

「これはお返しだよ」

「ぐおおあああああああああ……!」


 エルタが思いっきり拳を振り上げ、すさまじい勢いのままゴレアは遠くへぶっとんでいく。

 もちろん建物などがない場所をめがけてだ。

 たとえゴレアといえど、無事では済まないだろう。


「うそだろ……?」

「あのゴレアを……?」

「ぶっとばした……?」


 まだ目を疑っている周囲だったが、次の瞬間には歓喜に変わる。


「「「うおおおおおおおおおおおっ!」」」


 日々の乱暴な態度から、ゴレアは同業者や商人達からも嫌われていた。

 それでも声を上げられないほど、この辺りでは幅を利かせていたのだ。

 そんなゴレアをぶっとばし、周囲の人間も気持ち良かったのだろう。


「すげえええっ!!」

「一体何者なんだ!?」

「ぜひうちの野菜をもらってくれ!」


 そうなれば、もう止まらない。

 人々は一斉にエルタへ集まってきた。


「うわわっ!」


 魔物達とのお別れにも、負けず劣らず。

 エルタは人の勢いに圧倒される中で、チラリと隣のティナへ目を向ける。


「ごめんね、待たせてしまって」

「ううん! こうして帰って来てくれたからいいの!」


 そんな人々の誰よりも強い勢いで、ティナはエルタへ抱きついた。





「ところでお兄ちゃん、本当にどうやって帰ってきたの?」


 騒ぎが一段落した後、二人はティナの宿で話していた。

 というより、エルタが質問責めされている。


「謎の部屋にいたのは分かったけど、上層にも魔物は湧いてたでしょ?」

「魔物……?」


 エルタは、魔法陣を抜けた後のことを思い出す。

 彼女の言う通り、そこはすぐ地上ではなく、Sランクの『アステラダンジョン』上層辺りに出たのだ。


 しかし、エルタは首を横に振った。


とかならいたけど、特に魔物はいなかったなあ」

「虫? ふーん、運が良かったのかな」

「そうかも」


 ティナもアステラダンジョンには潜ったことがないため、納得してしまう。


 だがエルタの話は、正確には違った。

 魔物には遭遇そうぐうしたが、エルタが虫だと思い込んでいる・・・・・・・だけだ。


(上層で出会ったのはさすがに魔物じゃないよね……?)


 十年前、エルタは上層で魔物に出会う前にトラップにかかった。

 そのため、“初めて出会った魔物が最下層の化け物たち”なのだ。


 つまり、魔物と聞いて思い浮かべるのはSランク最下層の化け物クラス。

 それ以下は虫などにあたいする。


(うん、あれは魔物なんかじゃないよ)


 そう考えて思い浮かべるのは、地上では強敵とされる魔物たち。

 エルタは良くも悪くも、八歳から十八歳という世間を知る期間を最下層で過ごしてしまった。

 すでに常識から外れていることを自覚していないようだ。


 そうして、今度はエルタから話を切り出す。


「それより十年も会ってなかったんだ。僕がぼちぼち働きながら、ティナと一緒に暮らせたらと思ってるよ」

「本当! 嬉しい……!」

「あははっ、そっかそっか」


 妹の可愛い笑顔につられ、エルタもほほむ。

 だが、すぐさまティナの表情がニヤっと変わって見えた。


「そういうことなら、ちょうどいいのがあるよ」

「なんだ?」

「まずは、見てこれ!」


 ティナが嬉しげな表情で指したのは、自分の制服だ。


「私いま、学院に通っているんだ」

「学院って王都の?」

「うん!」


 ティナは、王都の隣に位置するこのアステラ街から、学院に通っているようだ。

 腕を組んだエルタはうんうんとうなずく。


「へー、なんだか感慨かんがい深いなあ」

「えへへ、そうでしょ。でも、お兄ちゃんにも関係ある話だよ?」

「ん?」


 そう言われ、どこか話の流れが変わるのを感じたエルタ。

 その予感は見事に的中する。


「今、学院では特定の授業を担当する“講師”を探してるの。近年生徒が増えてきたから追いつかなくて」

「うん」

「でも、生徒のレベルも上がってるから、講師にもそれなりの実力が必要なの」

「……うん?」


 そして、ティナはにっこりと笑った。


「だからお兄ちゃんを推薦すいせんしようかなって!」

「んんんん!?」


 帰還してその日、早速巻き込まれるエルタであった──。







 その頃、王都にて。


「お疲れ様です、副団長!」

「ええ、お疲れ様」


 とある女性が、壮大な白銀の建物から出てくる。

 胸元には栄光ある『王都騎士団』、その “副団長” のバッジが付いていた。

 彼女の名は──『セリア』。


「……」


 本日の訓練を終え、副団長セリアはいえをたどる。

 だが、感情を表に出さないその姿に、行き交う人々は噂をしていた。


「また副団長が縁談を断ったらしいぞ」

「まじかよ、今回はご貴族様だろ?」

「ああ、さすがだな“氷の騎士”様は」


 戦闘スタイル、また冷徹れいてつな普段の態度から、セリアは“氷の騎士”と呼ばれていたのだ。

 良い意味も悪い意味も含んでいるのは周知の事実だろう。


「……フン」


 当然、それは彼女の耳にも入っているが、今更そんなことを気にしない。

 まさに肩書きにふさわしい様で去って行く。


 ──しかし、次に聞こえて来た話には思わず耳を傾けてしまう。


「なあ、アステラ街で十年振りにダンジョンから帰還した奴がいるらしいぜ」

「なんだそりゃ、すげえ話だな」


 この話に思うところがあったようだ。


(どこかで聞いたような話だな)


 セリアは少し歩く速度をゆるめる。


「なんでも、あの『アステラダンジョン』から帰還したらしい」

「はあ? もうちょいマシな嘘つけねえのか」

「そうなるよな。ちなみに名前は“エルタ”って言うんだと」


(……!?)


 そして、そこで完全に振り返ってしまった。


 だが、ものすごいぎょうそうをしていたのだろう。

 話をしていた者たちはビクっとしながら頭を下げた。


「こ、これは副団長殿!」

「いかがなさいましたか!」


 ハッとしたセリアは、急いできびすを返す。


「い、いや、なんでもないっ!」

「「……?」」」


 かあっと赤面したセリアは、無駄にも思えるれいな動きで路地裏に入った。

 胸元を抑えながら、ハァハァと呼吸が乱れているようにも見える。


「……っ」


 それから少し落ち着きを取り戻すと、セリアの口からは自然に言葉がこぼれた。


エル君・・・が、帰って来た……?」

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