第2話 思わぬ再会

 ここは、とある平凡な街。

 『アステラ街』と呼ばれるこの街は、王都のすぐ隣に位置している。


 そんな街の冒険者ギルドで、一人の少女が頭を下げていた。


「お願いします! あのダンジョンに行かせてください!」


 明るい茶色のショートヘアに、きれいな瞳。

 女性からすれば高い身長には、こん色の制服がよく似合っている。

 腰には短剣を差していることから、おそらく探索者なのだろう。


 彼女の名は──『ティナ』。


「ごめんねティナちゃん。気持ちはわかるんだけど……」

「でも!」


 受付じょうに対して、ティナはもう一度お願いした。


「兄は絶対に生きてます! だから私に探索をさせてください!」


 彼女はエルタの妹である。

 

 ティナ、エルタ共に両親はいない。

 幼少の頃、アステラ街の孤児院に拾われたのだ。


 そんな中で起きたのが、エルタがトラップにかかるという十年前の事件。

 悲しみにくれたティナだったが、彼女は諦めなかった。

 兄が生きていると信じ、同じダンジョンに潜ろうと考えたのだ。


 しかし、それから十年、未だにそれは叶わない。

 その理由は──ダンジョンの“難易度”にある。


「規定は分かってるでしょう。あの『アステラダンジョン』の難易度は “S” 。今は通すことはできないの」

「……っ」


 ダンジョン、またそれを探索する探索者には、『ランク』が設定されている。

 エルタがダンジョンに潜った時はなかったが、ここ十年で整備されたのだ。

 その結果、探索者は “同じランク以下のダンジョンしか潜れない” という規定が作られた。


 ティナは努力したが、まだBランク。

 兄が落ちたSランクダンジョン──『アステラダンジョン』に入ることはできない。


「だから、ごめんね」

「……はい」


 やはりダメか、と肩を落としながら、ティナはギルドから出る。

 そんな彼女の肩に、横からゴツい手が置かれた。


「今日もダメだったのかい、ティナちゃん」

「……! またあなたですか」


 少し見上げた先には、下種げすな表情を浮かべた筋肉質な男。


 男の名は──ゴレア。

 Aランク探索者である。


「だってよお、俺達と組めばAランクダンジョンに潜れる。んで、その内Sランクも見えてくる。ならば組むのが合理的ってものじゃないか? あん?」

「結構です」


 一人で探索をする時は、同じランク以下のダンジョンにしか潜れない。

 だが、パーティーを組む場合はその限りではなく、メンバーの総合力を以て判断されるのだ。


 ゴレアの言う通りにも聞こえるが、ティナはきっぱり断った。

 それもそのはず、ゴレアはAランク探索者という権威を生かして好き勝手に女をあさっているのだ。

 金を使って誘う時もあれば、強引に女を連れ込むという噂まであるほど。


 そんなゴレアは、容姿が整ったティナをこの街で見つけた日から、こうしてずっと声をかけ続けているのだ。

 何をするかは火を見るより明らかだろう。


「関わる気はありません。離してください! ……あっ」


 そのしつこさから、ティナは普段より強めに手を払った。

 だが、勢い余ってゴレアのほおをぶってしまったのだ。


「──おい」


 その瞬間、ゴレアが怒りの表情をのぞかせる。


「女が調子に乗り過ぎじゃねえか?」

「……っ!」


 ゴレアは、ティナに対して初めて威圧する顔を見せた。

 一瞬ひるんだ隙に、そのままティナのえりを掴む。


「ちょっと可愛いから許していたが、今回ばかりは許せねえなあ」

「くっ……!」


 その様子に、周りもざわついている。

 ギルド前という人通りが多い場所でもあるからだろう。

 そんな事態に、何事かと先ほどの受付嬢も飛び出してくる。


「やめてください! ここはギルド前ですよ!」

「あ? じゃあお前が代わりに奉仕してくれんのか?」

「……っ」


 下くちびるを噛んだ受付嬢だが、ちらりとティナに視線を移すと、弱々しくうなずいた。


「それで、ティナちゃんに手を出さないのであれば……」

「ほう」

「ダメです、受付嬢さん!」


 ティナの懇願こんがんを断り続けてきた受付嬢だったが、彼女をことを嫌いだったわけではない。

 むしろそのだ。


「ティナちゃん、ごめんね。あの時私が行かせてしまったから、お兄さんは……」

「……!」


 受付嬢は、十年前にエルタ達がダンジョンに入るのを許可していたのだ。

 当時は規定などなかったため、仕方ないとも言える。

 だが、その時エルタが帰れなかったことを聞き、「もっと強く止めていれば」と激しく後悔していた。


 それからというもの、彼の妹のティナを気にかけ、個人的に心配していたのだ。

 他に助っ人を用意しようと、ティナを決して通さなかったのは、彼女に命を落として欲しくなかったためである。


 また同時に、『アステラダンジョン』はそれほど危険とも言える。

 そんな受付嬢の真意を知ったティナは、ゴレアの腕を掴みにかかる。


「やめて、その手を離して!」

「あぁ!?」


 だが、ゴツゴツにきたえられた腕はびくともしない。


「じゃあ二人ともいくかぁ」

「うぐっ!」

「ティナちゃん!」


 ならばと、ゴレアは再びティナに手をかける。

 受付嬢は必死に周りに呼びかけた。


「だ、だれかっ! ティナちゃんを!」

「「「……っ」」」


 だが、通行人は視線を逸らすしかない。

 こうなってしまえば誰も声を上げられないのだ。

 それほどゴレアの名前がとどろいてしまっている。


 声を上げられるとすれば、彼を知らない者・・・・・・・ぐらいだろう。


 そんな状況の中──

 

「あれ?」


 人だかりの後方から、少年の声が届く。


「ティナって、もしかして僕の知ってるティナかな?」

「……え?」


 声と共に、かつん、かつんと近付いてくる足音。

 あまりに雰囲気に合わない腑抜ふぬけた声に、人々は自然と道を開けた。


 そうして、逆光で見えにくい姿が、ティナ達の近くまで来てようやくあらわになる。


「う、うそ……」


 その姿にティナは目を大きく開いた。

 見覚えがあったのだ。

 たとえ十年振りだろうと見間違えるはずがない。


「お兄、ちゃん……?」

「あ、やっぱりティナだ!」


 現れたのは、ここにいるはずのない人物。

 十年前に別れてしまったはずの兄──エルタだ。

 思わぬ再会にティナの目元には涙がたまる。


「でも、その前に──」


 だがエルタは、目の前のものに手を伸ばす。

 今にもティナを連れ出そうとしている、ゴレアの腕だ。

 

「この手を離してもらっていいかな」

「あん?」


 のぞかせた眼差しは、ゴレアに全くひるんでいない。


「僕の大切な妹なんだ」

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