第37話


『私ー、今とても気分がよくてえー』


「……わお」


肌が青灰色になり、目も虚ろになり、


オレンジだった髪も青みがかかった夏ノ瀬さん。


『手加減できなかったらー、ごめんねー?』


「……ごめんけど、手加減とか不要だよ。」


『そっかー。なら〈這いつくばって〉』


「っ…?!」


呪文のように夏ノ瀬さんがそう言ったあと、


身体が氷のように固まる。


そして。


『虚と実。それはー、どちらも私の創った怪異。』


「…怪異の力を利用してるのか、面倒。」


『そういうことー。ねえ、月見ちゃん。私、〈仲間になっほしい〉なあー?』


「っは…性格悪っ…」


身体が冷えていくのが分かる。


気を抜いたら意識を持っていかれそうなくらいに。


だけど。


これくらいなら余裕だ。


「『退魔之札』___発動。あの怪異を縛り上げて」


『酷いねー、月見ちゃん。私のこと、怪異扱いなんだ?』


退魔之札。


昔、ある人から貰った、


言霊に反応する札。


九十九神でありながら、札であるという不思議な札。


札がボッと青色の炎を上げたあと、


夏ノ瀬さんは苦悶の声を上げた。


『くっ…ぅ…』


「ごめんね、全部終わったら元に戻すから。」


最後に「ううっ」っと声を上げたあと、


夏ノ瀬さんは膝から崩れ落ちた。


それを見届けてから、私は校舎へと走りだした。


***


「はぁ、っは…ぁ、ぅ…」


薄暗く、息苦しく、狭い中で。


とにかく乱れた息を整えようと静かに息をする。


『ミ~ヤ~、はやくでてこいよ~』


「っ…」


慌てて、口から出そうだった言葉を飲み込む。


音を立てないようにうずくまりながら。


『苦しいだろ~?俺らの仲間になりゃ楽になれるぞ~?』


多分、達也くんであろう人の声が外からする。


屋上から逃げてきて、今は掃除ロッカーの中。


足音がだんだんと遠のき、少し安心する。


ほっ、と息を出したくなるが、


今音を立ててバレるのは最悪だ。


完全に教室に音が無くなってから、掃除ロッカーから出ようと、


扉に手を掛けようとする。


『…な~んだ、音消しゃあワンチャンどっかから出てくると思ったけど。』


『ここじゃねえのか。1組か?』


と。


達也くんの声がして、背筋が凍る。


いたんだ___、危なかった。


また足音が遠くなって、掃除ロッカーから出る。


真昼のはずなのに、なぜか外は薄暗い。


夜みたいに暗く、冬みたいに冷たい。


不思議と、暗くても目は冴えていて。


音もよく聞こえるし、鼻もよく効く。


「妖怪に…なってるんだよね、僕。」


猫の声だってもうしないけど。


それでも、僕には猫の声が聞こえる気がした。


忌まわしく、憎ましいあの猫の声が。


潰せ、潰せという声が。


殺せ、殺せという声が。


逃げろ、という声が。


僕には聞こえる。


僕だけに聞こえる。


だって。


「にゃ、はっは…。やっていこうじゃん?』


僕と猫は、一心同体だもん!

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