リモートアカデミー! 〜異世界より魔法を込めて〜

国見 紀行

短編『マジック・リモートアカデミー』




『では、私のあとに続いて下さい』


 画面の中の魔女が、すうっと息を吸いこんだ。


『ケーウ、ノコソ、ペルディオーレ!』

「けーう、のこそ、ぺるでぃのーら!!」


 俺は聞き取りにくい呪文をなんとか復唱し、目の前の消しゴムに魔法をかけた。


「……お、お? おおおおおお!!!」


 ふわりと消しゴムが浮き上がり、魔法がうまく発動したことに思わず声が漏れた。


『成功ですね!』


 しかし、消しゴムはすぐに机へダイブし、そのまま机の上から転がり落ちた。


「あああぁ!」

『あら、魔力マナが不足してますよ。今日はこの辺にして、ある程度集めたら授業を再開しましょう』

「はい、ありがとうございました」


 俺はアプリ『通信魔法教育講座』を終了させて制服の胸ポケットにスマホをしまった。


「わ、結構時間経ってるじゃん」


 放課後の教室は既に真っ赤を通り越して暗くなってきている時間だ。俺は「オカルト研究部」の部室を出て鍵をかけ、帰路についた。


 靴を履き替えて外に出ると、早速スマホから「チャリン」と音が鳴った。


「ん? 今日は外に魔素が溢れてるのかな?」


 俺はスマホのカメラモードを起動してそっと画面を覗いた。すると、肉眼では見えない白くふわふわしたものがあちこちに浮かんでいるのが表示されていた。

 これは魔素だと以前魔女に教えられた。俺の世界でもこいつを集めれば魔力に変換され、溜めることができるらしい。


「おお、これなら帰るまでに全快しそうだな」


 せっかくなので、手の届かない範囲の魔素はスワイプ操作で入手し、それ以外は直接見スマホに吸い取らせた。歩くだけでも魔力が補充できるのは助かる。


「あ、翔大しょうたくん、今帰るとこ?」

笑里えみりちゃん! そう、今まで部活でさ」

「一緒に帰ろ? ちょっと待って、靴変えるから」


 幼馴染の笑里ちゃんは吹奏楽部の大会が近いらしく、最近は遅くまで練習してるらしい。


「お待たせ。今日も通信教育?」

「おう。物体を浮かせる魔法だぜ!」

「へぇ〜……」

「あ、信じてないな」


 俺はスマホを起動し、魔力が溜まってるのを確認すると笑里ちゃんに向かって呪文を唱えた。


「けーう、のこそ、ぺるでぃのーらっ!」


 笑里ちゃんに向けた魔法が発動し、ふわり、と浮き上がった。

 ……彼女のスカートが。


「きゃぁあっ!! ちょっと!」

「うぁあ! ごめん!」


 笑里ちゃん自身を浮かばせて驚かそうとしたんだが、まだ練度が足りないようだ。


「……見た?」

「見てない見てない!」


 白色に赤いリボンなんか見てない。


「他に魔法はないの?」

「うーん、確か指を光らせる魔法と、今の浮かせる魔法、それから水をネバネバにする魔法、土を柔らかくする魔法、ちょっと痺れさせる魔法……」

「……映画の魔法使いのほうが派手でカッコいいね」



     ✒



 半年前、オカルト研究部最後の一人となった俺は部室にあった本をスマホで撮影中に突然謎のアプリを拾った。

 言葉通り、カメラが何かしらのコードを拾ったらしく、気がついたらインストールが完了していたのだ。

 面白半分で起動すると、なんとこの世界にいながら異世界の魔法を教育してくれるアプリであることがわかった。


 それからは暇があればアプリを起動し、魔法の勉強に明け暮れる日々ではあるものの、これが現実の勉強よりも難しい。


 最も厄介なのが、魔法のエネルギー源である「魔力マナ」の存在だ。


 位置情報ゲームのようにそれはあちこちに存在するのだが、いかんせん燃費が悪いのか回収してもあっという間になくなるのだ。歩いて集めればあっという間に全快するあたり、恐らく俺の許容量が低いのだろう。


 魔法の勉強をしてると悟られたくないのでアプリの起動は基本部屋の中なので、魔力を回収しながらできないのが厳しい所だ。

 ……そう思っていたのに、ある日の放課後笑里ちゃんに見つかってからは、彼女にだけこっそり勉強の進行度合いを教えているというわけだ。


 そんなこともありつつ、今日も放課後にこっそりと通信教育に励む俺。


『翔大くん、今覚えた物体を温める魔法で初級編は終わりです』


 魔女の声に、肺の空気が一気に抜けた。何とかひと月の間に頑張って魔力集めと講義を受け続けた成果が出てきたようだ。


「おー、マジっすか!? とうとう次に進めるん……」


 言い終わる前に突然画面が暗転し、激しい警告音と見たことのない赤い文字が画面を覆いつくした。


「な、なになに!?」

『こ、これは”魔力反応”!? それもかなり強力な!』

「どういうこと? え、魔力?」

『説明は後! 遠目カメラを周囲にかざして変化がないか探してみて!』


 言われた通り、俺はスマホを手に立ち上がってカメラ越しに廊下を見てみた。


「うわ、なんだこれ!?」


 見ると、普段はふわふわ浮いている魔素が黒ずんで小刻みに震えてはどこかに吸い寄せられるように動いていた。


『気を付けて、もしかしたら”脱界者エネミー”がそちらの世界の魔力を集めているかもしれません』

「脱界者?」

『稀に、私たちの世界からより高純度の魔力を求めて抜け出して襲う輩です。発見したらすぐに知らせてください』


 画面の魔女が俺に告げる。

 そっと廊下に出てカメラをかざす。相変わらず魔素はどこかへ向かって動いているが、その方向の先を想像して、俺は背筋が震えた。


 その先は音楽室――


「確認、確認に行くだけだから」


 黒く染まった魔素避けつつ俺は階段を上がって音楽室へ向かった。既に吹奏楽部は練習を終えたのか部室は暗くなってきたが、近くなるにつれて黒い魔素の動きも早くなっていく。


「や、やめて下さい!!」


 そして、準備室から唐突に笑里ちゃんの声が飛び出した。


「笑里ちゃん!!」


 俺はとっさに部屋に飛び込んで彼女の姿を探した。


「!!」


 そこにいたのは笑里ちゃんと、音楽教師の美柳先生だった。


 だが、先生は女性に似合わない怪力で片手で笑里ちゃんの首を掴んで持ち上げ、口から漏れる白い…… 恐らく魔素を絞り出してはそれをすすっていた。


「ああ、あ、が……」

「笑里ちゃんを離せ!」


 俺はダッシュで先生に体当りしようと駆け出した。


『レヴ・クリースン・デラ―!』

『!! 止まって、翔大くん!』


 先生の謎の呪文を聞いたスマホの中の魔女は驚いて俺に指示を出してきた。驚いたものの足は間に合わずつんのめってこけそうになった。


「なんでだよ! 笑里ちゃんが危ないんだよ!」

『違うの! 相手も魔法を使ってきてたわ! そのまま突っ込めば、相手の思うつぼ!』


 再びカメラを向けると、黒い魔素が壁になって俺達の間に入り込んでいた。

 さらに、肉眼では気が付かなかったが先生の体は所々が醜い風船のような膨らみがあちこちに浮かび上がり、人の姿から大きく逸脱した姿をしていた。


『あの魔素に取り込まれてたら気絶してたわ。相手はもう脱界者に取り込まれてる…… 手遅れね』

「くっそ、じゃあ……」


 俺は指先に魔力を溜めた。じんわりと暖かな力が籠もると、呪文を一つ紡ぎ出した。


「デッパ・ラス・オルディラーバ!」


 黄色い閃光が笑里ちゃんを掴んだ手に命中する。直後、バツンと重い音とともにその手から青白い光が一瞬放たれた。


「!?」

「へっ、どうだ覚えたての痺れ魔法は!」


 突然感覚がなくなった手から笑里ちゃんがするりと落ちる。俺はなるべく魔素の薄い場所を狙って突っ込み、一気に彼女を引き離した。


「笑里ちゃん!?」

「う、けほ、けほっ…… しょ、うたくん?」

「逃げるぞ!」


 なんとか震える笑里ちゃんを立たせて音楽室から飛び出した。


「グア、アアアアーーー!!」

「しょ、翔大くん! 追ってくる!」


 既に肉眼でも見えるほどに先生の体が膨張しており、見るからに恐ろしい風体が逆に冷静さを呼び起こした。


「くそ、……あ!」


 出たところにあった消化器と防火バケツを見つけ、とっさに消化器を握ってノズルを先生に向けた。


「おらっ! 喰らえっ!!」


 ぼわっ! と白い煙幕が廊下を染め上げる。


「よし、今のうちに」


 相手がすぐ動き出さないのを感覚で見ながら、今度はバケツの水を廊下にぶちまけた。


「えーっと、マーロ・レイ・アイレイーヴォ!」


 呪文を唱え終わると同時に白煙の向こうから真っ白になった先生が赤い目を輝かせながら向かってきた。


『ぐぉあっ!?』


 しかし、その直後先生はもんどり打って倒れてしまった。

 俺が水に魔法をかけて、接着剤のようにネバネバになるようにしたのだ。


「よし、今のうちに!」


 俺達は一緒にその場から離れて昇降口まで移動した。


「よしこれで逃げれる……」


 しかし、扉は開かない。


「あれ? 笑里ちゃん、そっちは?」

「だめ、どの扉も開かない!」

『……脱界者に閉じ込められたのかも』


 スマホの魔女が囁く。


『そういえば、あなた』

「はい?、私?」

『あなたからすごく大量の魔素を感じるんだけど』

「そういえば笑里ちゃん、さっきも先生に吸われてたみたいな……」

『もしかしたら…… 翔大くん、この建物の中で一番広い所ってどこ?』

「えっと、体育館かな」

『そこに急いで! あなたも一緒に!』

「え、私もですか!?」


 戸惑う笑里ちゃんを、俺は説得しようと彼女の正面に立った。


 ずがああああああぁぁぁぁぁんっ!!!


 すると、その視線の先で轟音と共に大爆発が起こった。


「追ってきた!? 笑里ちゃん!」


 俺は説得する時間を逃げる時間に変えた。変わりに彼女の手を取って、そのまま強く握りしめた。


「こっち! 急いで!!」


 昇降口から渡り廊下を抜けて階段を少し上がると、テニスコートふたつ分の市内で有数の広さを誇る体育館に到着した。

 しかし、背後からも激しい衝突音が近づいてくる。


「来たよ! 何すればいいんだ!?」

『その子と手を繋いだまま、私のあとに続いて!』

「へ!?」

「は? ん、わかったぁ!!」


 何を!? と思ったが、考えてる暇はない。


『ザーザーノーザーザーノ・テトル!』

「ざーざーのーざーざーのーてとる!」


 言い終わると、周囲に自分を中心とした光の円が浮かび上がった。


『カノーカンディー・ラーン・イデイル!』

「かのーかんでぃーらーん、いでーる!」


 背筋に悪寒が走る。これは何度も魔法の練習中に感じた、魔素が抜ける感覚だ。

 だが、いつもはすぐ消えるのに今はずっとゾワゾワする。


 そうか、さっき魔法を使ったからなくなるんだ!


「翔大くん!」


 笑里ちゃんが俺の手を強く握った。

 ……そうだ、こんなところで魔力切れなんか起こして倒れたりなんかしたら、後悔してもしきれない!


『……ウィン・トーア・ファンダリオ!』


 喉が焼ける。足が震える。だけど、俺は。


「ウィン・トーア・ファンダリオぉぉ!」


 呪文を唱え終わった瞬間、スマホが今までにない輝きを放った。


「うぉぉあ、なんだぁ!?」


 すると中から大きな人の形をした光の塊が現れた。その輝きが薄れるにつれて、俺はその人影に見覚えがあったのに気がついた。


「見事な召喚魔法です!」


 スマホの向こう側にいた魔女が、こっちに現れたのだ。


「ま、魔女さん!?」

「正規の手順ではないので、手短に行きます!」


 魔女は指揮棒のような細い杖を取り出し、体育館の入口に今まさに入ろうとする巨大な怪物へ向けて、美しい竪琴のような魔法を紡ぎ始めた。


「リ・ヴェレン・ソーピゲイラ・ナクナス!」

「グガァ!?」


 魔法がひとつ、相手に成功したかどうかは一目瞭然だった。蓄えられた魔素が一気に吹き出し、もとの先生の姿に戻ったからだ。


「くそ…… もうちょっとで!」

「あなたは異世界に越界侵犯しています。直ちに元の世界に帰り、裁判を受けなさい!」

「冗談じゃない! こんな上質な魔素がたんまりあるのに手を出すななんて…… お前らの好きにさせるものか!!」


 体は縮んだものの、どこからともなく取り出した小さな杖を魔女に向けて抵抗の意を示す。


「遅い、リフリコール!」

「う、ああああっ!!」


 だが、再度小さな円を描いた魔女の魔法が先に完成し、先生の手から杖がポロリと落ちた。


「抵抗力の奪取を確認。異世界人不法操作および器物損壊の容疑で異世界元の世界に連行します」


 即座に相手を無力化し、淡々と罪状を突きつける魔女の姿に、俺はつい見とれてしまった。



     ✒



 美柳先生も実はどこかで魔法通信教育アプリを手に入れ、いくつか魔法を学んでいたらしい。

 だが、知らないうちに魔素を向こうへ提供させられており、強い魔法を教わる代わりに体の使用権を差し出したのが今回の件とあいなったわけだ。


「永遠の若さを得るために、だってさ」

「……私はいやだな、そういうの」


 数日は学校修繕のために休んでいたが、ようやく登校が解除されて今に至る。


『では、どんな魔法がお望みですか?』

「そうね…… お金が無くならない魔法とか?」

『ん〜、複製魔法でも全く同じものを作るにしても、翔大くんの五倍レベル必要ですよ?』

「そうそう。俺やっと昨日でレベル四になったんだぜ」


 俺はスマホの画面を見せる。

 あの一件でコツを掴んだのか、メキメキ魔法が上達したのだ。


「なんせ、レベルを上げれば向こうの世界にも行けるって話だからな」

『世界移動魔法、必要レベル二十四ですよ?』

「ふふふ。私が複製魔法使えるようになっても足りないじゃん」

「うるせ! 覚えても連れてってやんねぇぞ!」

「え?」

『え?』


 魔女と笑里ちゃんが固まる。


「……それってどういうこと?」


 キーンコーンカーンコーン……


「やべ! 授業再開初日から遅刻する!」

「ねえ、ちょっと! 待ってよ!」


 授業が始まれば、また通信教育に使う期間が減るだろうけど、一つの目標ができた。

 いつになるかはわからないけど、ぼやけたままの未来がいつしか輪郭が見え始めたことに、自分でもわからないワクワクが溢れ出していた。





       完

 

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