第三十九話 魔術オタクは没頭する
「……サキ、サキ?聞いていますか?」
ロシェの声で、俺は我に返った。ここは男子寮・金竜館の一階大食堂だ。俺はロシェ、イサクと共にテーブルに着いて夕食を摂っている。どうやら、直前のロシェの発言を聞き逃していたらしい。
ええと、今日は大図書館に行って隠し部屋の謎解きをして、本を手に入れたんだよな。それから寮の前でルリアと別れて、それで……それで?
まずいな。いつ部屋に戻ったのかとか、どうやって食堂に来て夕食の配膳を受け取ったのかとか、全く覚えてねえ。新しく手に入れた魔術書の中身が気になって気になって、他の事は考えていなかったと思われる。
「え、ごめん。何て言ったの?」
思わず聞き返した俺を、ロシェは黙ってじっとりとした目付きで見つめる。あまりに冷たい眼差しに、俺は少々憮然とした面持ちで不平を述べた。
「いや確かに、聞いていなかった僕が悪いんだけど。そんな風に黙って見つめるのは、少々感じが悪いと思わない?」
「これは責めているのではなくて、警戒しているんです。サキが上の空の時には、大体とんでもないことに夢中になっている時なので」
「僕って信用無いんだなあ……」
普通になじられるより効くぞ、それ。
「掻い摘まんで言いますと、僕もイサクさんも四つ目の呪文をどうしようかと悩んでいるんです。それで、サキの意見を聞かせて貰おうと思いまして」
横でイサクが、うんうんと頷いている。なるほど、そういうことか。
ロシェとイサクは本日、遂に三つ目の呪文を習得した。同期ではルリアと俺に続いて三人目と四人目、まさにアルカライ私塾の面目躍如と言ったところだ。
二人は学院に入学する前に「三つ目の呪文に手が届きそう」と言っていたから、俺は正直随分時間が掛かったなと思っていた。ところがそれは大きな勘違いで、普通は何ヶ月も掛けて呪文を一つ覚えるのが常識、ロシェとイサクは充分早い方に属するらしい。また俺とルリアを基準にするなと怒られたよ、畜生。
そう言えば二人の態度は、以前八つ当たり気味に叱って萎縮させてしまった時から随分と以前の調子に戻っている。俺も今のような掛け合いが正直心地良いので、立場の違いは大事な時だけ
話を戻して、二人の四つ目の呪文についてだったな。現在習得している呪文は二人とも全く同じ、<
ここからどう伸ばしていくかは当人の好みとしか言えないが、俺に相談された以上、答えは決まったようなものだ。
「それなら、<
「やはり<伝言>が使えると便利ですか」
「
我が父自慢の諜報員達をはじめとして、アルカライ派閥では<伝言>の呪文を日頃から多用している。二人が今後魔法使いの道を歩むなら、早目に習得しておいて損はない。
というか、
なお、普段から<伝言>で遣り取りをしているせいか、ウチの派閥は他所より纏まりが強い模様。常日頃からの報連相、これ大事よ。
それで思い出したが、毎日やっている父さんへの定時報告、今日手に入れた本のことはどうすべえ。魔術に関することだから、これを報告すると色々面倒がありそうなんだが。んー、黙っておくと学院長から婆ちゃんのルートで今日のことがバレて、また報告を怠ったと責められそうな気もするぞ。どうすっかなあ。
いいや、この本についてはまだ中身もろくに見てねえし、もう少し後になってから報告するかどうか決めよう。代わりに、エリシェ嬢に三重円法を教えたことはちゃんと報告しとかないとな。また勝手に教えたことを怒られるかも知れんが、彼女には呪文動作省略を知られてるんだから今更だって。
そんな事を考えながら食事の手を止め、視線を宙に彷徨わせながらぶつぶつ呟いている俺を、ロシェとイサクが呆れた顔で見ていることには気づかなかったのだった。
ここは寮の自室。俺が座る机の上には、昼間大図書館で手に入れた例の本が置いてある。
ようやくこの時間が来たな、と俺は思わず手を擦り合わせながら悦に入った。ちなみに夕食は何だったかとか、どうやって下膳したとか、ロシェやイサクにおやすみの挨拶はしたかとかは、全然覚えてない。そんな事は、これからこの本を読み解くという重大任務の前では些末なことだ。
今夜は夜ふかし必至なので、既に頭上には<明かり>の呪文による光源を確保してある。お茶などの水分を用意するべきだったかもしれないが、年代物であるこの本の上に誤って零しでもしたら大変なので自重した。後はひたすら、本とストイックに向き合うだけである。
さてそれでは、表紙をめくって……。
……。
…。
中表紙に、少し褪せた朱色で大きくタイトルらしき文字。「精神の書」?いや、「
序文は……「この書は世界に遍く存在する精霊や諸力を喚起し、使役するための儀式の手引である」とあるな。いいゾ~コレ。俺が実家で解読した巻物には「火の精霊」の
逸る心を抑えながら、一先ずどんな精霊が喚起できるのか、概要だけに絞って読み進めていく。基本となる四大精霊、力ある霊、特別な儀式……うおお、イカンどれもこれも面白そうで、とてもざっと目を通すなんて出来やしねえ。
特に儀式の詳細部分だ。使用する祭壇や術具などについて、細かい補足が付いている。これは今まで得られなかった情報で、俺はもう食いつくように読み込んでしまった。
ぶっちゃけると、こういう儀式は術者が形式に則った詠唱を行うだけで効果があるのだが、それで目的の存在を首尾よく呼び出せるのは
以前アルカライ村で深夜に「火の精霊」の喚起儀式を行った際、俺が呼び出せたのはちんまい焚き火くらいの「火の精霊」だった。あの時は地面に直接「火の短剣」で魔法円を書いただけで、他には特に準備などしていない。つまり今の俺が、この「精霊の書」に従って祭壇や術具を整えてもう一度「火の精霊」の喚起儀式を行えば、もっと強大な精霊を呼び出すことも可能ということを示唆している。
それに喚起する対象によって用意する術具が違っていたり、そういったアイテムの中でも効果が高いもの、低いものがあるという記述も目を引く。これはつまり、金銭や労苦に糸目をつけず高価な術具を取り揃えれば、拙い術者にも高い下駄を履かせることが出来るということだ。勿論、大達人が厳選された環境と設備で儀式を行えば、それこそ神や悪魔と称されるようなとんでもない存在でも呼び出せるだろう。
ぬう。以前からある程度想定できていたことだが、こうなってみると学院での寮暮らしは魔術の実践には向かない環境だな。儀式には人目につかず、安全が確保されたそれなりのスペースが必要なのだが、学院と寮の往復をする学生の身ではそれを用意するのが難しい。また儀式に必要な物品の調達も、俺達一年生は学院外に出てはいけないので著しく困難だ。
これは今後の魔術研究をもっとしっかり考える必要があるようだ、などと思っていたら不意に目の前が暗くなった。あ、<明かり>の呪文が切れてるじゃねえか。こいつは一度唱えると、自分で消そうとしない限り数時間は持続するんだが……下手するともう、真夜中過ぎてる?そう認識した途端、どっと眠気が襲ってきた。どうやら本に集中し過ぎて、いつもなら寝る時間をとっくに過ぎていることに気づかなかったようだ。
無理すればまだ起きていられるとは思うが、ここは大人しく寝ておこう。魔術書は逃げないからな。俺は本をそっと閉じると枕元に置いて、明日の授業に備えて就寝することにした。あ、エリシェ嬢に三重円法を教えたことを報告してねえや。でも流石に、こんな時間に<伝言>したら父さんにも迷惑だよな。よし、明日にしよう明日に。
そうして俺は、速やかに意識を手放し暗闇の中に落ちていくのだった。
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後にロシュ・ラメドは、この頃のサキの様子を良く覚えていると語った。
「ずっと、心此処に在らずといった感じなんです。挨拶すれば返事をするし、授業での受け答えもきちんとする。その間も彼は僕達や教授の方を見ているようで、実は目に入っていないんです。常に何か別のことを考えていて、目の前の事や話し相手に集中していない。サキには心底甘いルリアさんでも、これには少々立腹している様子でした」
「授業が終わると真っ直ぐ金竜館に帰って、自分の部屋に入ったきり食事の時以外は出て来ない。一度夕食の時間になってもなかなか食堂に現れないので、部屋まで呼びに行ったことがあります。控えめに扉をノックしても返事がないので、声を掛けて中に入ろうとしたら慌てて出て来て、『ごめんごめん。夕食だね、気づかなかったよ』と謝っていました。そしていざテーブルに着いても、一言も喋らず黙々と料理を口に運んで、すぐまた部屋に戻ってしまうんです。もう呆れましたよ」
「それが一日だけのことならまだしも、二日、三日、そして一週間も続くとなると、僕はもう心配を通り越して怖くなってきました。サキをこれ程までに夢中にさせる何かがあって、彼は誰にも何も告げないまま、一人でこっそりそれと格闘している。何と言うか、流れの早い川のほとりに立って、水位がどんどん上がって
「だからでしょうね。その後すぐにあんな事が起こっても、大して驚かなかったのは。むしろ『ああ、やっぱりね」という気分でした」
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いつも思うが楽しい時間というものは、何でこんなに早く過ぎ去っちまうんだろう?
「精霊の書」を読み込んでいたこの一週間は、まさに至福の日々だった。儀式の詠唱を熟読し、魔法円の記述や術具の意味について考え、喚起される存在について思いを巡らせる。本が手元に無い学院での授業中でも、内容を思い返してはあれこれと考えるのが止まらず、正直このところ「精霊の書」を読んでいた以外の記憶がない。
だが、とうとうこの蜜月にも終わりが訪れた。遂に昨晩、「精霊の書」の隅から隅まで残らず目を通してしまったのだ。もちろん、もう一度読み直すならばそれはそれで二度美味しいのだが、そうは行かない理由もある。
約束通り、この本の内容についてルリアに教えてやらねばいけないからだ。また自分で読めるよう、この「精霊の書」自体も貸してやらねばならんだろう。しばしの別れとなるが仕方がない。この本が理解できるようになれば、ルリアもかなり魔術について通暁するだろう。彼女には是非とも、俺の魔術研究の相棒になって貰わなきゃならんからな。
ともあれ今は学院の生徒である以上、本分は魔法の勉強と実習だ。俺はベッドから跳ね起きると、身支度を整えて部屋から一階の食堂に向かう。
「あ、ロシェにイサク、おはよう」
部屋を出るなり、同じ様にそれぞれの自室から出てきたロシェとイサクに出くわしたので、朝の挨拶をしておく。だが、返事がない。二人とも驚いたように俺を見ている。
「……どうしたの、二人とも」
「あ、ああ。おはようございます、サキ」
「お、おはよう、サキ」
イサクが喋る時につっかえがちなのはいつものことだが、今朝はロシェまで滑舌が悪い。どうしたんだ一体?
「まだ寝ぼけてるの?早く行かないと、食堂が混んじゃうよ」
俺はそう言って二人を促す。後ろで二人が盛んに首を捻ったり顔を見合わせたりしている気配が伝わってくるが、俺は特に気にせず食堂へ向かったのだった。
朝食を終えて寮の外に出て、ちょっと歩いた場所で暫し待つ。女子寮・紅竜館から出てくるルリア及びエリシェ嬢と待ち合わせるのが、毎日の日課だ。
待ってる間、朝の張り詰めた空気が少し緩んできているのを感じる。そう言えば俺達が学院に入学して、およそ二ヶ月が過ぎていた。未だに冬の寒さは残っているが、遠くに春の足音が聞こえてきているようだ。俺は冬の厳しい冷たさも嫌いじゃないが、春の暖かな陽気も好きである。秋は俺の前世の名前だから当然一番好きな季節で、苦手なのは夏だな。俺は寒さは我慢できても、暑さには弱いタイプなのだ。
もっともそれは前世の話で、今現在は世界も国も違えば体だってまだまだ子どもだ。昔の俺も今ぐらいの年齢の頃は、日焼けに構わず外を走り回っていたような気がするしな。もはや思い返すことも少ないので、そのへんの記憶があやふやっぽくはあるが。
そうやって感慨にふけっていると、紅竜館からルリアとエリシェ嬢が出てきた。そばに来た二人に向かって挨拶する。
「やあルリア、おはよう。エリシェ嬢も、おはようございます」
俺が声を掛けるとルリアは一瞬眠たげな瞳に光を灯したが、すぐにぷいと横を向いた。その割にはすす、と近寄ってきて俺の左腕を取り、所定の位置に収まる。何だこの反応?
「おはようございます、サキさん。今日は普通ですのね」
続いてエリシェ嬢から声を掛けられるが、一体何のことだ?俺はいつだってまともだが。
「え、僕昨日は普通じゃなかったですか?」
「昨日というより、このところずっと。お話しても上の空で、ろくに返事もされないんですもの。ルリアちゃんもサキさんが心配なのか、ずっと機嫌が悪かったんですのよ?」
「……本当ですか?」
俺は問い返しながら、振り返ってロシェとイサクの様子を窺う。二人とも我が意を得たりと、しきりに頷いている。よくぞ言ってくれました、といった空気を出していた。隣のルリアは、まだ目を合わせてくれない。どうも本当の事らしい。
「それは、すみませんでした。最近ちょっと根を詰めて勉強していまして」
「サキさんたら、そんなに優秀なのになお努力に余念がないなんて、本当に偉いですわね。もう少し、肩の力を抜かれてもよろしいのでは?」
エリシェ嬢の賛辞に、曖昧に笑って返す。勉強と言っても、魔法じゃなくて魔術の方だけどな。
「そう言えばルリア、図書館から借りた本は返した?」
「ん」
話題を変えるためにルリアに振ると、短く返答が返ってきた。あれから一週間経っているから、もう返却済みなのか。いや、ルリアのことだから速攻で借りた本を読んでしまい、何度か返却即借り出しを繰り返していた可能性もある。
「僕も借りた本を返さないといけないから、今日授業が終わったら一緒に大図書館に行こうか」
「ん」
先程と同様に素っ気ない返答だが、俺には分かる。僅かに声の調子が弾んでいるのだ。どうやら少しは、機嫌を直してもらえたらしい。
俺は足取りの軽くなった幼馴染に腕を引かれながら、友人たちと一緒に学院の校舎へ向かった。
「授業が終わった後で、呪文実験室を使用する許可かい?」
「はい。ちょっと居残りしても魔法を練習してみたくて。駄目でしょうか?」
「うーん。教授会で話し合ってみないと何とも言えないけど、今までそんな事を申請した学生はいなかったからね。あまり期待しないでほしいかなあ」
「お伺いだけでも、立てていただけますでしょうか。お願いします」
いつもの午後の魔法実習が終わり、呪文実験室の使用が終わったことをハザ教授に報告したその場で、俺は以前から考えていた事をお願いしてみた。学院内で誰にも見られずに魔術の実験ができそうな場所を、他に思いつかなかったからだ。
本当は入学式の時に一度だけ入ったことがある、学院奥の儀式場が一番良いんだがな。祭壇とかも置いてあるし。だが流石に学生の身であの場所を使用させてもらえるとは思えないので、次点で良さそうなところが呪文実験室だったのだ。
あそこなら周囲の視線は完全にカットできるし、少々騒いでも周囲に音が漏れない。授業中は当然ロシェ達の視線があるから無理だが、実習が終わった後に改めて実験室を借りることが出来れば、色々と試せるんじゃないだろうか。
俺の懇願にあまり良い顔はしなかったハザ教授だが、ともかく教授会に
「ルリアさんは仕方がないにしても、サキも大概頑健ですよね。授業が終わって更に魔法を練習しようとか、とてもじゃないですが普通は思いませんよ」
「そうかな。その気になれば、やれないことはないんじゃない?」
「ふ、普通は授業が終われば、せ、精も根も尽き果ててますよ」
「魔法を使うのって、凄く消耗しますものねえ。午後の実習の間ですら魔力が持たないのに」
ああ、そうなんだよな。呪文を唱えるには魔力を消費するが、同時に体力も結構消耗するのだ。一年生の内は一日に数回呪文を使用するのが関の山だが、それも短時間に何回も唱えるとへばってしまう。なので学生は練習の合間に他人の詠唱を見学したり、空中に<
俺は例の魔力吸収法のおかげで、少しずつだが魔力を回復させながら呪文の練習が出来るため、実習中に何度も呪文を唱えることが可能なのだ。あとこれは自慢にならないが、俺はそもそもの魔力が凄く少ないため、急激に魔力を失うあの感覚に慣れてしまっている部分もある。
ルリアは論外。あまりに莫大な魔力を持っているため、普通に第一階梯の呪文を使うぐらいでは何回唱えても減ったように見えないからな。あまりに無造作に何十回も呪文を唱えるため、最初の頃はエリシェ嬢が心配して「もうそれくらいになさったら?」と何度も言っていたくらいだ。今じゃもう、彼女もすっかりルリアの規格外っぷりに慣れてしまったが。
「とにかくです。呪文の練習も結構ですが、あまり危ないことはしないで下さいね?」
「ロシェは心配性だな。そんなに僕が信用ならない?」
俺はそう言い返してみたが、ロシェのみならずイサクもエリシェ嬢も、黙って俺を生暖かい視線で見つめるだけだった。畜生お前ら、そういう反応は本当に傷つくんだぞ?
「じゃ、じゃあ僕とルリアは、本を返しに図書館に行ってくるから。夕食前には戻るよ」
間が持たなくなった俺はルリアの手を引いて、校舎を出て大図書館に向かったのだった。
大図書館の受付にはいつものように、アヤラさんが眠そうな目で座っていた。俺は彼女に借りていた「名前と家名の由来についての研究」を返却すると、一緒に持ってきていた「精霊の書」をちらりと見せ、持ち込んでよいか許可を取る。
「前に来た時に持っていた本だね。持ち込みは別に構わないけど、一体どんな本なのかな?ちょっとだけ、お姉さんにも見せてくれない?」
「ご希望に応じたいのは山々なのですが、僕の一存では何とも。いずれ、機会があればということで」
「えー、ケチんぼ。もう、君が卒業するまでには見せてくれよ」
「あはは、それでは失礼します」
アヤラさんのストレートな要求に有耶無耶な返答で答え、笑顔で誤魔化して俺達は受付を離れる。危ない危ない。あれで可愛くおねだりされたら、普段のダウナーな雰囲気とのギャップで思わず「じゃあ、ちょっとだけ」などと答えてしまっていたかも知れん。いや、さっきの拗ね方もなかなか……
「!!」
ルリアに掴まれた左腕、その二の腕の内側に鋭い痛みが走る。隣でルリアがいつもの半眼に剣呑な光を湛えて俺を見ながら、抱きかかえた俺の腕をつねっていた。もー何だよ、考えただけじゃねえか。内心の自由は憲法でも保証されているんだぞ!
勿論俺は、そんな事を思っても口にしたりはしない。不自然にならないように笑顔で守衛に会釈すると、扉を開けてもらって俺達は大図書館一階のホールに入った。
いつも通りこの時間帯、図書館を訪れている人の数は少ない。それでも無人というわけではなく、書架の列を抜けて広い閲覧スペースに辿り着くと、そこには二、三人の利用者がいた。広大なスペースにごく僅かな人影があるせいで、かえってこの場所の広さが強調されている気さえする。
俺達はどの利用者からもなるべく離れた隅に席を定め、机の上に「精霊の書」を広げた。この本の中身を第三者に僅かでも見られることは避けたいため、常に周囲の気配には気をつけている。本来ならもっと隔離された場所でやりたかったのだが、俺とルリアが二人でまとまった時間一緒にいられるのは
今ハザ教授に頼んでいる放課後の呪文実験室利用許可が下りれば、今後はそこで「精霊の書」の研究と実験が出来るだろうから、しばらくは我慢するしか無い。元より大声はタブーな図書館だが、話の内容を聞かれることを防ぐため、身を寄せてルリアの耳元で囁くように解説を始める。
「前に言ったように、この本について僕が読み解いたことを教えるね。まずは、この本がどんな目的で書かれたかだけど……」
そうやって話し始めた途端、ルリアが「んう」と小さな声で言うのが聞こえた。思わず間近で彼女の顔を覗き込むと、ルリアもいつもの半眼ながら、何だかうるうるとした瞳で俺を見返してくる。思わず「どうかした?」と囁くと、ルリアはふるふると首を振るが一方で先程よりこちらに体を寄せ、ほとんどくっつくようにして俺の話を聞いている。
まあ、別段嫌がっている様子はないし、別にいいか。それよりボヤボヤしていると、あっという間に夕食の時間が来ちまうからな。俺はそれからもなるべく小さな声で、ルリア向けに噛み砕いた「精霊の書」の概要を語り続けた。
話している間、ルリアが何度も俺を横目で見ていた気がするけど、あれは何だったんだろうな。
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