第三十四話 魔術オタクは詫びを入れさせられる

寮に帰してもらえず、教授用の空き部屋に押し込まれた翌日。紅竜館へ戻るハンナと別れ、俺とルリアは教授達に混じって直接教室に赴いた。既に来ていたロシェやイサクから何故寮に戻って来なかったか聞かれたが、まだ話せる段階ではないのでいずれ説明すると言って宥めておく。だが、それでは納得しない方が一人居た。言うまでもないエリシェ嬢である。


「んもう!ルリアちゃんったら、どうして昨日は寮に戻って来られなかったんですの?わたくしとっても心配したんですわよ!しかも今朝はサキさんまでいらっしゃらないなんて。はっ?もしやお二人は、皆に黙って一緒にお泊りを?酷いですわ、どうして私も誘ってくれなかったんですの!!」


などと意味不明な言説を撒き散らかす彼女を俺達全員で懇願して、何とか黙らせるのに成功した。その際エリシェ嬢の膝の上に人身御供ルリアを捧げるという尊い犠牲が払われたのだが、これ以上あんな事を教室で喚かれてはたまったもんじゃない。必要な犠牲だったと割り切ることにしよう。


そんなこんなで授業が始まったんだが、今朝はアザド教授は来ず代わりにザマ教授がやって来て連絡事項等を説明していった。もしかしてアザド教授、一夜明けた今も後処理で頑張っているのだろうか。決して俺のせいではないと思いたいが、何だか申し訳ない気持ちになる。今度何か教授への土産になりそうなものを、王都から送ってもらうよう実家に言ってみるか。


斯様にどうしても昨日の一件が頭から離れず、勢い午前中の授業は聞いたか聞いていないか分からないような体で流してしまった。そうして昼休みを迎えたその時、俺はすっかり忘れていた重大な事実に直面することになる。


級友に「教室の外で上級生が呼んでいる」と知らされ顔を出してみると、そこには三年生のラグ寮長及びイディス寮長という、学生二大巨頭が肩を並べて待ち構えていたのだった。その組み合わせを見た瞬間、俺の灰色の脳細胞が忘却の彼方に押しやっていた記憶を掘り起こし、脂汗がだらだらと流れ始める。


やべえ。俺、お使いの途中だった。パンケーキを入れた籠どうした?戦闘始まって走り出した時には持ってなかったから……その辺に放り出した?まずいじゃん!なんて説明する?


俺は咄嗟にこの場を切り抜けるための方策を求めて頭を巡らせたが、相手はその寸暇を待ってくれなかった。即座に二人が俺の両脇を左右から抱え込み、俺はまるで黒衣の男に連行される異星人さながらに連れ去られる。


人目につかず声も聞かれにくい廊下の端まで移動させられ、隅に追いやられた俺の前に二人の寮長が立ちはだかった。何か言わねばと必死に言葉を探す俺だが、その前に機先を制して両先輩が口を開く。


「やあサキ君。昨日は結局、寮に戻って来なかったみたいだね?君の友人達が随分と心配していたよ?」


「久し振りだな、サキ。君は昨日紅竜館ウチに顔を出す予定があったそうだが、結局来なかったそうだな?それにルリアも夕食前に姿を消して、そのまま戻って来ていない。一体何があったのだ?」


「こ、これは先輩方お揃いで。わざわざ一年生の教室まで足を運んでいただけるとは光栄です。実はですね、その件につきましてはその、已むに止まれぬ事情がございまして」


「大丈夫だよサキ君。実は昨晩、教授達からお達しがあってね。詳しい事情は説明できないけど、サキ君達は教授達の所で一晩過ごす事になったから心配するなって。他言無用ってことだったから、君の友人達には悪いことをしたけど」


「こっちも同様だ。しかしエリシェの奴が、ルリアが帰って来ないと大騒ぎしてな。何とか落ち着かせたが、正直一苦労だったぞ」


「そ……それはご迷惑をおかけしました。お二方には詳しい事情をご説明したいのですが、私も昨日の事についてはアザド教授から口外することを禁じられていまして。全くもって、心苦しい限りです」


そう言って実に申し訳ないといった顔を作り、神妙に項垂れて見せる俺。上手い具合に話が違う方向へ逸れて行っているので、このまま頭を低くして耐え忍び、やり過ごすことが出来ないかと思ったのも束の間。


「そうそう。例のお菓子の籠だけど、寮から離れた道の傍らで見つかったよ。残念ながら、中身は全部地面に落ちてしまっていたけどね?」


「何?例のお菓子というと、あのパンケーキの事か。それはまた、随分と勿体ない話だな。もし、私のパンケーキがそんな事になったとしたら、衝撃のあまり寝込んでしまいそうだよ。考えるだに恐ろしいな」


二人はにこやかな笑みを顔に貼り付けたまま、冷徹な瞳で俺を見ながら言葉を紡ぐ。攻撃の狙いが甘いと思ったのは初手だけで、彼等の本線は最初からお菓子の件だったのだ。急所を攻め立てられ、俺は何か言い返す事も出来ずに曖昧な笑みを浮かべて沈黙してしまう。そして、それは紛れもない悪手。


「ああ、分かってるよ。教授達にも関わるような何か重要なことがあって、お菓子の事は後回しになったってことぐらい。でも、出来ればもっと早く、君の口からお菓子の顛末は聞かせて欲しかったかな?」


パンケーキを放り出さねばならないくらい、大事な要件があったというのは理解できる。その事について話すことが出来ないというのも、まあいい。だがな、通すべき筋があるとは思わんか?」


容赦のない包囲殲滅。お二人は最上級生にして寮長という、学生の最上位に位置している。そんな上位者を相手に一対二という数的不利、さらに主導権を握られっぱなしという絶望的な戦況だ。逃げ場を塞がれ滅多打ちにされる前に、全面降伏まいりましたをするしか俺に残された道はなかった。


「本当に申し訳ありませんでした。蜂蜜亭のパンケーキをお二人分ご用意した上で、後日改めてお詫びに参ります」


俺は深々と頭を下げ、誠心誠意二人に対して謝る。それを見てイディス寮長は組んでいた腕をようやく解き、肩にかかったセミロングの赤毛を払いながら言った。


「良し。事情があったにせよ、不義理は不義理だ。それをきちんと埋め合わせられるかどうかで、信用を得るか失うかが決まる。ゆめゆめ、間違えないようにな」


「まあ僕はイディスほどパンケーキには拘ってないけど、サキ君が贈ってくれるというなら嬉しいかな。楽しみにしているよ」


そう言って二人は俺に手を振りながら、三年生の教室の方に戻っていった。その背に頭を下げたまま、たっぷり三十秒は経ってから俺はゆっくり頭を上げる。


いや全く、いい先輩達だ。お使いを途中で放り投げて、贈り物を台無しにして、挙げ句向こうが来るまで詫びを入れに行かなかったのだ。失望されても仕方のないところを嫌味の一つ二つで済ませてくれるなぞ、望外と言っていい。これは俺も言葉でなく行動で、きちんと誠意を形にしないといかんだろ。


ただなあ……蜂蜜亭のパンケーキかあ。一応ルリアを通してハンナに頼んでみるとして、問題は手に入るかなんだよな。あまり頼りたくはないが、もしもの時は奥の手を使う必要があるかもだ。使いたくねえけど。


ちょっと面倒臭い事態になったが、これは俺の身から出た錆。粛々と対応するとして、今日はまだ面倒臭いことが残っている。こっちは俺のせいじゃない、と主張したいが聞き入れられる望みは薄いだろう。俺はかぶりを振りながら、午後の授業に備えるべく教室へ戻ったのだった。




夕暮れ時。俺とルリアは急いで寮での食事を済ませると、それぞれ寮長に断りを入れてから迎賓館に移動する。これから本日でも一番気の重い話し合いがここで行われるのだ。


この施設は、学院が外部からの客をもてなすためのもの。よって貴族を迎え入れても恥ずかしくないような、金をかけた応接室も設えてある。ノックをして応接室に入ると、そこには二人の人物が既にソファに腰掛け俺達を待っていた。一人は、この学院の主任教授アザド・アドニ・アハブ。もう一人は、誰あろう俺の父親、王室魔法顧問にしてアルカライ子爵家当主、レヴィ・アドニ・アルカライである。


「父上、お久しぶりです。この度は私のことでわざわざ王都からお越しいただき、誠に申し訳ありません」


今日の父さんはいつもの修道士っぽいローブではなく、少し直線的なシルエットのアカデミックガウンっぽいローブに無地のストールを身に着けている。公的な場に出る時の格好だ。父さんは俺達に向かってにこりと微笑むと、ソファの隣を勧めながら口を開く。


「しばらくぶりだね、サキにルリアちゃん。と言っても、サキとは毎日<伝言メッセージ>で遣り取りしているし、二人の話は王都に居てもちょくちょく聞いているから、あまりそんな気はしないけどね」


俺は二人に一礼してから、父さんの隣に座る。ルリアも父さんにぴょこりと頭を下げてから、俺の隣に座って手を取った。父さんは機嫌よく頷きながら、話を続ける。


「一人息子が一大事に巻き込まれたんだ、慌てて駆けつけもするさ。むしろ傍に居てやれなかったことが悔やまれるよ」


「それに関しては、儂から詫びさせてもらおう。学院内でこの様な事が起きるのを、未然に防げなかったのは儂等の落ち度だ。師匠にもお主にも、勿論サキにも申し訳ないことをした」


父さんの言葉に、教授が頭を下げて謝る。父さんは手を振りながら、それに応えた。


「それは我々も同じこと。学院に居る間は、安全だと思い込んでしまっていました。少々、考えを変えねばなりませんね」


「そうじゃな。同じく魔法に携わる者を疑いたくはないが、だからと言って備えないのは愚か者のする事。今少し、内側に向ける目も強化するべきであろう」


教授も父さんも、難しい顔でそれぞれの存念を語っている。まあ、気持ちは分かる。学院は教育の場であり、尚且つ魔法使い達にとっての聖地のようなものだ。そこで暗殺騒ぎが起こったなどとは、到底公表出来ないに違いない。世間に与える衝撃が大きすぎる。


前世だってスクールシューティングや学校への乱入者による無差別攻撃などが発生し、それにより大きな社会不安が惹起じゃっきされた。これまで信用で成り立っていた安全が、それを平気で無視する者によって破壊されると、その組織の構成員やコミュニティのモラルに深刻なダメージが発生する。今回は運良く問題になるのを防ぐことが出来たが、今後繰り返さないためにも対策は必須。


一方で警備を厚くしたり学生や教授の行動を制限したりすることは、学生寮での擬似的な自治や、自由な研究の場であるという学院の伝統にそぐわないという葛藤もあるのだろう。二人ともアカデミア側の人間である一方で、方や王国の顕職にあり、方や軍人として師団長まで務めた人間だ。双方の立場が分かるだけに、一層悩ましいに違いない。


まあ、この辺は俺が口を挟める話ではない。ひとまず学院や王国がどう判断するかを見てから、おいおい問題提起していけばいい話だ。俺がそんな事を考えながら二人の話を聞いていると、父さんがちらりと俺に目を向けながら言った。


「そう言えばサキ。一ヶ月前この学院都市に来る時に、カツィールの騎士と揉めたんだって?市壁の門の所で、大立ち回りをやったと聞いているけど?」


げ。そう言えばあったなそんな事。<伝言>の呪文を覚える前の話だし、父さんに報告したことは無かった気がするが……ああ、侍従のラズさんあたりから聞いたのか?


「おう、儂もナタンから聞いておるぞ。物を知らぬ騎士に教育してやった上で、お咎め無しとしてやったとな。サキも随分と豪胆な事をするのう」


「あの騎士は、とんでもない無礼者だった。サキは正しい」


教授がまぜっ返し、ルリアが弁護してくれる。そうは言っても、俺的には忘れたい一件なんだよアレ。貰い事故みたいなもんで、運が悪かったと諦めてるけどさ。だが、あのバウマンとかいう騎士とバカ候子は許さない。絶対にだ。


「私から父上に直接報告を上げなかったことは、迂闊でした。申し訳ありません」


確かに事が大きくなっていた可能性もあったことを考えると、これは叱責されても仕方がない事案だな。多分ナタンさんやラズさんはそれぞれの立場から父さんに報告していたと思うけど、あの場の責任者は俺だったんだから、俺からも報告は上げるべきだった。元社会人として、報・連・相を怠ったのは恥ずかしい限り。


「サキの年齢であの場を収めたのは十分な気もするけど、私に知らせてくれなかったので満点はあげられないかな。それにしてもサキは今回の件といい、この騎士との件といい、ちょっと向こう見ずなところがあるね。貴族の当主なんて臆病なくらいで丁度いいんだから、今からでも慎んでおこうか」


「ご忠言痛み入ります。教授にも同様なお叱りを受けましたので、もって戒めとしたいと思います」


そう言って頭を下げる俺を、父さんと教授が心配そうな顔で見つめている。あ、二人とも俺を信用してねえな?まあ前科もあるから仕方ないところか。


それにしても、父さんは何で今頃この話を蒸し返したんだ?今回の暗殺騒ぎにもカツィール侯爵家が関わっているからか?単純に、俺の蛮勇を諌めたかったという線もありそうだけど。


と、このタイミングでノックもなしに扉が開き、最後の人物が応接室に入ってくる。誰あろう、我が祖母であるエステル・アドニ・アルカライその人だ。白無地のローブに長い杖を携えた婆ちゃんは、俺達が立ち上がり礼をするのにも構わず黙って上座に座り、自分で肩を叩きながら盛大に愚痴り始める。


「ああ全く、年寄りをこんなにあちこち駆けずり回らせるんじゃないよ。昨日から今日にかけて、何回王都と此処を往復したと思ってるんだい?挙げ句にカツィール領なんてところまで遠出させて、本当に何のために隠居したのやら」


身内ばかりという気安さからか、婆ちゃんのあんまりといえばあんまりな態度に苦笑しながら、着座した父さんがなだめようと試みる。


「そうは言っても、<瞬間移動テレポート>の呪文を扱えるのは母上だけなのですから致し方ないでしょう。頼ってしまって申し訳ないとは思いますが」


「だったら早いとこあんたも<瞬間移動>くらい覚えて、この婆に楽をさせておくれよ。第五も間近なんだろう?」


「何?レヴィ、お主そんな事になっておったのか?もしそうなら、王国でも師匠に次いで二人目の快挙じゃぞ!」


婆ちゃんと父さんの会話に、横で聞いていた教授が色めき立つ。ほほう、父さん第五階梯に手が届く所まで来ていたのか。そしてやはりあったんだな、長距離瞬間移動の呪文。これで婆ちゃんの神出鬼没っぷりの秘密が分かったぜ。使えるのが婆ちゃんだけなら、一般に知られていないのも納得だ。


「第四階梯も残り一つ、二つといったところですか。近い内に、サーラも第四階梯に上がれるかも知れません」


「うーむ。お主もサーラも、儂と同じく伸び悩む時期に来ていると思っておったのだが……。それが話に聞く、サキ発案の鍛錬法か?」


「そういうことだね。アザド、あんたもやってみるかい?今からでも、王国三人目の第五階梯になれるかも知れないよ?」


「し、師匠がお許しになるなら、是非!しかし、よろしいのですか?この秘訣、アルカライ家の相伝なのでは?」


「出来るだけ多くの人に試して貰いたいんですよ。そうすれば、次に教える時にもっと効率的に教えられる様になりますから。勿論、最初の内は信用のおける人だけに限りますけど」


俺の言葉に、アザド教授が心底驚いたといった感じの視線を返してくる。よせやい、そんなまじまじ見られると照れるぜ。


魔法使いは基本的に秘密主義だ。学院の入学式だって、秘密を守ることを繰り返し誓わせている。魔法は恐ろしい技術だしある面でそれは正しいんだが、他方である程度は知識と成果を共有していかないと、学術的発展は遅くなっちまう。


魔法もそうだが、俺は何より魔術を掘り起こし、研究し、発展させたいんだ。そのためにも、今の内から研究者の自由な交流の素地を作っておくのは大事なんだよ。アルカライウチの一門やロシェ・イサクといった仲間、父さんの私塾なんかで、この業界の常識を変えていかなきゃな。


「ま、身内の話はこの辺にして。そろそろ今回の後始末を話し合っておこうじゃないか」


婆ちゃんがパンパンと手を叩きながら、本題に入るよう促す。俺達(除く一名)は真剣な面持ちになると、今回の暗殺騒動の決着について話し合いを始めた。


「まず今回の黒幕は、カツィール侯爵家。それも家全体というより、侯爵の次男であるオズ・アドニ・カツィールのほぼ独断だったようだね。国元にいる侯爵やその長男に代わって、王都で渉外を取り仕切っていた男だよ。多分だけど、これまでの色々にも関わっていたんじゃないかねえ」


「暗殺を実行しようとしたメレク・ハラリはモルデカイ翁の弟子で、翁が一年ほど前にカツィール家のお抱え魔法使いになった縁から、目を付けられたようです。オズに妻子を人質に取られ、已む無く協力したとのことでした」


「モルデカイ本人が関わっていた形跡は無いのかい?」


「その線は無さそうですな。翁は予てから学院を訪ねることを考えており、同行するハラリに渡りに船とばかりに白羽の矢が立ったと思われます。顛末を知って、カツィール家には愛想が尽きたと怒り心頭のご様子でしたわい」


「ハラリの妻子はこちらで保護したよ。今は王都のウチの屋敷で匿ってるさ。事此処に及んで何かされるとは思っちゃいないが、向こうに置いておいても良い事はないからねえ」


俺の眼の前で、次々に明るみに出る舞台裏。というか、あのバカ候子の兄ちゃんかよ裏で糸引いてたの。ハラリさんの奥さんと子供を人質に取るとか、兄弟揃って碌でもねえなあそこの家は。


「そして、やはりカツィールに縁故のある家から今年入学した学生が、ハラリとオズのつなぎ役兼サキの監視役をしておったようです。こやつも、実家の力関係から脅されていたようですな」


「件の学生が<伝言>で情報を伝えていたのが、王都でオズの手足となっていた魔法使い。こちらは『工作』にも関わっていた人物ですね。私どもの方でも警戒対象に入っていました」


教授と父さんが、容赦なく相手の実情を暴いていく。流石は王国随一の情報網と、魔法使い界隈では圧倒的な影響力を誇るアルカライ一門。逆に言えばこれだけの力を持つ我が家でも、俺に対する暗殺の企てを未然に防げなかったということだ。学院内での犯行が一種の盲点だったとは言え、やはりテロリズムは恐ろしいぜ。


「その学生って、誰?」


その時、小さく囁くような声で問いが発せられ、俺達全員が怖気立った。横を見ると、俺の腕にしがみついているルリアがいつもの半眼で大人たちを見渡している。その目に見つめられている皆が表情を硬直させているのを見て、俺は反射的に口を開いていた。


「ルリア、もう済んだことだよ。後は僕に任せて」


ルリアはきょとんとした目で俺を見上げていたが、やがて「ん」と短く答えると俺の腕に顔をうずめた。その瞬間、張り詰めていた空気が解けて、応接室に弛緩した雰囲気が漂う。


「そ、それでじゃな。関わった者達にどの様な処罰を与えるかだが、サキは厳罰を望まんのだろう?」


すかさずといった感じで、ちょっと焦った様にアザド教授が話の流れを元に戻す。俺は頷いて、大人達に向けて自分の思うところを述べた。


「ハラリさんですが、情状酌量の余地は十分にあると思います。是非とも極刑は避けるよう、私からもお願いいたします。協力していたという同級生は処罰無しで。子供を罰するのではなく、子供にそんな事をさせた大人を罰するべきです。もう一人の魔法使いについては……どの程度の刑罰に相当するか見当がつきませんので、皆様のご判断にお任せします。最後に、首謀者についてですが」


俺がそこまで言い募ったところで、婆ちゃんが鋭くそれを遮る。


「オズ・アドニ・カツィールについては、議論の余地はないよ。王自ら任じた貴族の嫡男を、学院内で害そうとしたんだ。王家と学院に対する反逆として、家ごと潰してもいいくらいさ。こいつらが表沙汰にしたくないって煩いんで、焼かずにおいているけどね。勿論当人には、とっくに黄泉路へ旅立ってもらったよ」


ちょ、待てや婆ちゃん。確かにこの世界的には、貴族の次男がやったことは家全体の責任になるだろうけどさ、纏めて全部燃やそうってのは流石にやり過ぎじゃね?あと、既に首謀者は処分済みですかそうですか。毎度思うけど、子供に聞かせる話じゃねえよコレ。


父さんと教授は……ああ、盛大に顔が引き攣ってるなあ。そりゃ二人にしてみればやられた事は業腹だけど、国と学院のことを考えたら穏便に済ませたい気持ちもあるわな。というかだ、これ婆ちゃん止めないとヤバくね?第七階梯の魔法使いがどれだけの事を出来るかはよく分からんが、何か婆ちゃん一人でも侯爵家丸ごと滅ぼせそうな気がするんですけど。


「まあ幸いにも私は傷一つ負わなかった訳ですし、殊更事を大きくする必要はないでしょう。それに我が家は一子爵家ですので、王国有数の大貴族と全面的に事を構えるのは避けた方が無難かと」


過激な方向に話が転がらないように、と俺が発言したその内容に、大人達は三者三様の反応を見せた。婆ちゃんは鼻で笑い、父さんは苦笑し、教授は難しい顔で腕を組む。


「言っちゃ何だけどねサキ、侯爵家の一つや二つ、アルカライウチがその気になれば片手で捻るのもわけないんだよ?何なら、あたし一人でもいいくらいさ」


「母上の仰り様はどうかと思うけど、私も同意見かな。だからこそ、何故オズ・アドニ・カツィールが今回のような事を仕出かしたのか、理解に苦しむんだけどね」


「それは儂も思っておった。結果がどうなろうと、オズのやった事は破滅へ突き進むだけの仕儀にしか思えん。一体何が、彼奴をそこまで駆り立てたのか……」


え、あれ、そうなの?というか、アルカライ家ウチってそんなにヤバいのか?三人が三人とも同じ認識ってことは、おそらく正しいんだろうが。


その時、俺の心に一つの違和感が沸き起こる。俺はそれを確認するため、三人に向かって尋ねた。


「失礼を承知で申し上げますが、我がアルカライ家には領土的な野心とか、王宮での地位のさらなる向上とか、そういった俗な望みはさほど無いと考えてよろしいでしょうか?」


「いきなり何を言うかと思えば……はっきり言って無いね。子爵位だって、本当は貰いたくなかったんだ。最初は伯爵になってくれとか言われてたんだよ?今からでも昔の様に、村の名主に戻れるもんなら戻りたいさ。まあ、無理な話だけどね」


「王室魔法顧問っていう役職が既に、大臣と肩を並べるものだからね。これ以上となると、宰相とか?魔法以外にも仕事と責任が増えすぎて、とてもじゃないけどなりたいと思わないなあ」


「師匠やレヴィの考えはともかく、儂もアルカライ家の本分は魔法の宗家であるところだと思っておる。そこさえ揺るぎ無ければ、領地や官位は二の次ではないかな」


「ありがとうございます。よく理解できました」


三人は唐突な俺の質問に、戸惑いながらも丁寧に答えてくれる。あーそうか、そういうことか。何となくだけど、俺分かっちゃった気がするよ。俺が先ほど感じた違和感は、オズ・アドニ・カツィールや他の大貴族、いわゆる門閥派の連中が囚われていた感情と恐らく密接な関係があるのだ。


仕方がない、俺が口を出すような話ではないのかも知れないけど、気付いた以上は黙っているわけにはいかんだろう。俺はソファから立ち上がると、この場にいる面々を見渡しながら言った。


「我々は、思い違いをしています」


あまり気は進まないが、ここで一席ぶつことにしよう。

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