爆厄令嬢

真里谷

第1話

魔王城は吹き飛んだ。勇者たちは、助かるはずがなかった。すでに彼らは内部へ突入し、多くの有志たちもそれに続いていたのだ。城外に集まっていた人類の連合軍は、魔族との最終決戦が「魔王城を極大の爆発魔法によって、味方もろとも吹き飛ばす」という形で終わる瞬間を、戦慄とともに見届けた。大事件の目撃者となったと言えるが、それは新たな地獄の始まりの当事者になったと言い換えることもできよう。


「ええ、そうですとも。貴方がたは歴史の証人になりましたわ。おめでとう、庶民の皆様! このラフィール・メルバラが、人類種族の未来をかけた戦いにおいて、常識外の才能が担保する未知の魔法によって、完全なる勝利をもたらしたのだと。子に、孫に、その平凡な血がつながる限り、語り継ぐことを許して差し上げます」


メルバラ公の2番目の娘であるラフィール・メルバラは、確かにその才能を見込まれていたために、若くして人類の命運を決める戦いへ参陣していた。しかし、あくまでも後方の予備戦力であり、同時にいざという時の決戦兵力として、まだ温存されているはずだったのだ。


しかも、彼女はその末席に過ぎない。戦力になるなら少女さえも動員するという大方針、同時に貴族としての"華麗にして高貴な義務"を果たすのも兼ねて、この場にやってきたに過ぎないのだ。


まさか、そんなラフィールが、"勇者たちのみならず、早々に前線へ突き進んだ父親までも巻き込んで、魔族の大要塞たる魔王城を非常識な魔力で爆破する"など、誰も考えていなかった。


そして、このような大殺戮が可能な人間は、果たして魔族より安全な存在であるのか?


この時、すでにいくらかの人間が、彼女のとてつもない危険性に気づいた。


「狂っている」


最初に声を発した騎士、ウィルケンは見事というほかないだろう。彼は完全に凍りついた世界の時間を、再び動かす役割を担った。しかし、それが命懸けの任務であることもまた、避けられぬ現実であった。"先ほどまで隅っこで大人しくしていたご令嬢"を指差す行為が、"無数の死をもたらした化け物"に向けられると思えば、いかに危険な振る舞いでることか。もはや、誰もが知っていた。


「貴方は狂っている、ラフィール・メルバラ!」

「戦場ですものね。爵位の違いによる無礼など、私は気にしませんわ。それでも、他者を狂人あつかいするのは、決して行儀の良いことではない。それを理解する程度の知能が貴方に残っていると、期待してもよろしいかしら?」


ラフィールの笑みは、容姿とあわせて「美しい」と形容できるものだった。にもかかわらず、この部隊の司令部にあたる面々は、彼女に明らかな脅威と敵意を抱いていた。先の計画どおりに、彼らは決戦兵力になりうる影響力と力量の持ち主ばかりである。役立たずでもなければ、傍観するためだけに来たわけでもないのだ。


この天幕の面々は、複数の国家の精鋭であった。そう断言していいだろう。ラフィール・メルバラという、大貴族の令嬢のお守りをするために来たわけではない。ここが死に場所になる覚悟さえ抱き、起死回生を図る魔王軍を打ち砕くためにやってきたのだ。


「私は知っていますもの」


ラフィールは言った。声に、楽しさが積み重なっていく。


「貴方がたは、初めから『勇者』なる称号に舞い上がったあの少年たちを捨て駒にし、万一にも生き残って"人類圏における既存秩序の変更"の機運が生まれるのを恐れたのでしょう?」

「そうだ」


ウィルケンがあっさり認める言葉を放ったことは、より高い爵位を持った者たちに不快な表情を浮かばせたが、それでもすべての視線がラフィールから離れることはなかった。


「高い教養と強い義務を持った貴族。そして自主自立によって高潔な自尊を護持する騎士。さらには、これらの象徴たる国家や騎士団があってこそ、世界の秩序は保たれてきた。異世界からの人材や技術が入ってきてからも、その基軸が変わったことはない。世界でも有数の所領、軍隊、そして忠誠心を持つメルバラ公爵家に連なる身なれば、わからぬはずがないだろう」


その声が、大きくなる。戦場で生きてきた男の声は大きい。か細い声しか出ないようでは、どんな時代、いかなる戦いにおいても、味方から信頼を得るのは困難になるからだ。


「庶民の勇者など捨て駒。王があり、貴族があり、騎士がある。しかし、誰よりも早く魔王城へ突撃し、最も勇敢に魔物たちと戦い、ついに魔王との激戦の末に散ったという伝説が、庶民どもを満足させる。貴方はそれを台無しにしたのだ。尊ぶべき父を殺してまで!」

「父の死は確認されていませんが、ええ、魔王や魔族や勇者ともども、死んだでしょうね。何しろ、父の身体にこそ"最大の起爆装置"を組み込んだので」

「起爆装置……?」


数学者ベルフォックの計算によれば、とラフィールは言葉を続ける。


「異世界からやってきた者の知識は、爆発系の軍事魔法学を大きく発展させる可能性に満ちていました。これは王立全智協会に提出され、世界中へ回覧されたはずです。まさか、ご存じない? そのようなことは、ありませんわよね。戦場に出る者が、肉体を鍛えるのみで許された時代など、数千年前に終わっているのですから」


ベルフォック予想は非常に難解であり、数学や類縁の学問の賢者によっても、その精髄を解き明かすには至らなかった。


他方、異世界から魂が転生し、また肉体ごと存在が転移してきた者たちの多くは役立たずで、今回の勇者のように才能があるものはおだてて利用し、脅威になる前に排除する。それによって、この"ナルロパ"と呼ばれる世界は維持されてきた。


「でも、私は見つけましたの。"答え"を。そうして、これまでの18年の人生を、なお言えば証明を手に入れてからの10年ほどを、ただ"高慢で才覚のある気高き女"として生きてきましたわ。しかしながら、私は稀代の天才であり、ナルロパを究極的に変えられる存在である事実を、ようやく披露することができる。数多の災厄を経てなお成長の欠片も見せない人間も、魔族も、その他の種族や怪物どもも、私の足下にひれ伏すことになる」


だから、とラフィールは言う。ウィルケンを指差す。彼の頭が、激しく音を立てて爆発する。飛び散った血、脳、肉。これらを浴びてなお、ラフィールは怯まない。また、他の者たちも一部が驚きこそすれ、誰ひとりとして怯えなかった。精鋭の矜持にして、称賛すべき貴族精神の結実だったろう。


その美徳の終わりが、今まさに、ここから始まったのだ。


ラフィール・メルバラは、美々たる鳥のさえずりのような音程と、歴戦の名将にも劣らぬ勇壮な声量でもって、なお生き残っていた者たちへ言葉を投げかけた。


「私の名は、ラフィール・メルバラ。すべての災厄、すべての旧弊、すべての不条理を爆殺し、ナルロパを変える。どうぞ、安心なさい。感激なさい。糞尿を垂れ流して歓喜なさい。皆様は、生かして差し上げます。今すぐにここから飛び出て、世界中にお伝えなさいませ。大陸、島嶼、天空、地底、あらゆる生活圏のあらゆる種族へ届けるのです……。貴方がたは、選ばなければならない。"服従か死か"。ナルロパの絶対的な統一者、ラフィール・メルバラは、それ以外を認めることはありませんわ。だから、それが嫌だというのなら」


ラフィールは、ここで、表情を変えた。笑みはどこかへ消え失せた。それは喜びでもなければ悲しみでもなく、憤怒も闘争心も感じさせない、無表情とさえ形容できるものだ。"奇美"なる表情から、同じく"奇美"なる言葉が紡がれる。魔王城を吹き飛ばした爆風が世界中を駆け巡り、それが真の災厄の知らせであったことを悟るまでには、多くの時が必要だったにもかかわらず。


その言葉は、時を超えて、何もかもに挑むかのような響きを持っていた。


「さあ、楽しく踊りましょう。命が爆ぜ、死が降り注ぎ……。血も、肉も、魂までも、美しく消え失せるまで」

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爆厄令嬢 真里谷 @mariyatsu2022

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