青春再履修

シャノル

第1話 1年ぶりの再会

時間、それは人と人との距離感を縮める一方、今までに繋いできた関係を疎遠にするものだ。


「私たち離れててもずっと友達だからね」「またこのメンバーで集まって絶対遊ぼうね」と卒業式の日に涙を流しながら肩を寄せ合っても徐々に連絡は途絶えていき、結局は離れてしまう。たとえ同じ高校、大学に進学したとしても運命共同体でない限り、そこで自分も友達も新たな出会いに意識を取られて今まで通りの関係は成り立たなくなってしまう。悲観的すぎるだろうか?いやこれが現実だ


「そんなの当たり前だろ」「過去の関係に囚われんな」「新たな出会いを楽しめよ」


確かにその通りだ。世間の前ではこんな自分の嘆きなど一蹴されてしまうだろう


じゃあなぜ1年も経っても俺はこれまでの関係に固執して嘆き続ける?


それは言うまでもなく俺が現在、大学でぼっちだからだ


高校まで人間関係が充実していたのは単なる偶然だろう。浅く広い関係が一般的な大学という場所は俺に向いてなかった


ここで俺の自己紹介をしておこう


俺の名前は紫陽正明しようまさあき。都内の有名私立大学に通う大学1年であり、春休みも後半を迎え3月になってもうすぐ新2年になろうとしてるにも関わらず、友達は0だ。新歓に1度顔を出したが、高校のように話があうやつはおらず、クラス制となっている外国語の授業やゼミでも事務的な会話をするだけで最低限の交友関係すら確立できていなかった。飯はいつも一人、休日に大学の人と遊んだことはない。何となく作ったTwitterの大学垢でぼっち仲間を見つけ日々、愚痴を言い合ってツイ廃してるだけの…ってもうこれ以上言う必要はないか


今は午前中にも関わらず、家のベットで横になりながら現実逃避するように青春アニメを見ている


どうしてもあの日々をやり直したいと願ってしまう。一緒に学食を食べて、一緒に部活で汗を流して、休日は一緒に遊んで、一緒に笑い合った日々を…




ピロンッ




どうせTwitterかソシャゲの通知音だろうと思ってスマホを手に取ると


「やっほー久しぶり 浪人勢も受験終わって久しぶりに陸上部のメンバーで集まろうと思ってるんだけど、来ない?」




(ひゃあーーーーーーーーーーーー!!)




久しぶりの友達からのラインと遊びの誘いに歓喜してベットの上で何度もジャンプしてしまった。間髪入れずに既読をつけて「絶対行く!誘ってくれてマジでありがと」と返信すると


「いや誘うに決まってるでしょ笑」と返信がきて苦笑した


そうだよな、普通に考えて礼を言うまでもなく友達なんだから誘ってくれるのは当然だ


俺は高校の時、陸上部に所属していた。種目は長距離走で毎日頑張ってはいたが、県大会より上の大会に出場することはなかった。自分に才能があったわけでもないし、そんなに向上心があったわけではないので別に後悔はしてない。ただ、あのメンバーと共に汗を流し、苦しい練習を乗り越える瞬間は楽しかった


その後、部活のライングループで時間と場所を決めて3日後の18時に新宿で集まることになった。


そしてその日はやってきた。


久しぶりの集合に胸が躍り、集合の1時間前に到着してしまった。まあボケモンGOでもやって時間を潰してるか。伝説のポケモンがレイドに大量出現しているということもあって暇を潰すには最適だった


50分ほど、やっているとLINEの通知が来た。


「俺今池袋、あと6分くらいで着くよ」


「おけー 南口で待ってる」


ラインを送ってきたのは石ノ森陽平いしのもりようへいだった。3日前にラインで声をかけてくれたのも石ノ森だ。こいつは高校の時から頭が良くてさらに努力家で定期テスト・模試共に常に学年トップ3以内にランクインしており、また陸上では5000m走で県大会ベスト8にランクインしていた。最難関と呼ばれる医学部を志望していて成績的に合格確実と言われていたが、入試直前に体調を崩してしまい、現役時代は滑り止めの大学にしか受からなかった。そこで一年の浪人を経て難なく志望していた大学の医学部に受かったそうだ。会ったら一番におめでとうを言いたい


と、そんなことを思い出してたらふいに後ろから肩を叩かれ


「よ、正明」


「おーー!!陽平じゃん久しぶり!てか、まずおめでとう」


「ありがとなw まあずっとA判定だったから合格するのは確実だったし」



さらっと医学部A判定とかいっちゃうところが凄い。数弱の自分じゃ10年勉強しても受からないだろう


「久しぶりに全員で集まって話せるの楽しみだな。お前が最後の県大会で1500M走ってたときに靴脱げた話またする?w」


「もうやめてよそれw みんなに笑われながら走るのめっちゃしんどかったんだから」


「いや俺はかっこよかったと思うぞ。俺だったら靴脱げた瞬間、即棄権してた」


「それ褒めてんのか?恥ずかしかったけど、せっかく県大会出れたんだし最後の試合を棄権して終えるってのはなんか勿体無いなって思ってさ」


「でも結局走路妨害で反則くらってゴールしても正式記録出なかったよなw」


「うるさいうるさい!!自分とその時つけてた時計のストップウォッチが証明してくれてるからいいんだよ!」


あの時は本当に理不尽だったと思う。靴の履き方が不十分だったのは悪いが、誰かにスパイクでかかとの部分を踏まれてすぽっと靴が脱げ、あまりの事態に戸惑って立ち止まっていたら後ろから来た走者が突っ込んできてその人が転んでしまい、走路妨害のペナルティをくらった


そんな楽しい楽しい過去トークに花を咲かせていると徐々にメンバーが集まってきた。


「2人ともやっほー!元気してたー?」


「陽平マジで医学部受かったの凄すぎ。将来病気になったら絶対受診しに行くから」


「おう正明!1年ぶりだな」


「…」


「全員集まったことだし、行こっか」


上から順に


元気っこで女子の中では一番好タイムを出していた花城悠月はなしろゆづき


陽キャの前田孝弘まえだたかひろこいつは正直いって女垂らしだ


俺と同じアニメ好きの岩波鉄平いわなみてっぺいあだ名はてっちゃんだ。こいつも石野森と同じく浪人していて1年間遊べなかったため今日は久しぶりにオタトークで盛り上がりたい!


そして高2の秋にひと悶着会って以来まだ仲直りできていない幼なじみの柊あかね


最後にマネージャーをやっていていつもみんなをサポートしてくれた黒鐘ひより だ


俺含め男子4人、女子3人が元陸上部長距離走の定メンバーだ。今大学でぼっちをやっている俺からしたらなんでこんな大集団で仲良く出来ていたのか不思議でしかないが、そんなの今はどうでもいい。さあ今日の宴の会場へと向かうとしよう!


やってきたのは鶏のマークが特徴的な焼き鳥屋兼居酒屋だった。居酒屋に入るのは大学一年の春に行った新歓コンパ以来で少し心理的抵抗があったが、心強い仲間が6人いるのだから何も怖がることはない。てか、みんなお酒飲む気なのかな?さすがにまだ20歳じゃないし、店員さんも年齢確認をせず、おいそれとアルコール飲料を提供してくることはないよね?


陽キャの前田が事前に予約してくれたので案内された予約席へと座る。椅子4つとソファの席だったので俺たち男子組は椅子へと座り、女子はソファへと座った


ここのお店はコース制らしく、最初に手元のタブレットからコースを選ぶらしい。何があるか見てみようとすると…


「じゃあ飲み放題コースにしよっか」




「「「「「賛成!!」」」」」




「え…?」


俺と幼なじみのあかね除き、さも最初から決まっているかのように飲み放題コースが選択された。あかねは驚いているというよりは仕方ないという顔をしている。そんな予感がなかったといえば嘘になるが、自分が仲良くしているメンバーたちだから20未満なのにお酒をワイワイ飲むような奴らだとは思わなかった、いや思いたくなかった


思えば最初からおかしかった。店に入っても年齢確認はされなかったし、店内を見渡すと客層は仕事帰りのサラリーマンや洒落た大学生。子供のような顔つきの人は一人もいなかった。コース表にも当然ソフトドリンクコースなんて幼稚じみた名前のコースはなく、全てのコースにアルコール飲料が含まれていて値段が高くなればなるほど、食べ放題の焼き鳥の値段が高くなるというものだった


「い、一応俺たちまだ19だけど、お酒飲んで大丈夫なのか」


「冗談きついってw 俺たちもう大人だぜ!じゃんじゃん飲もうよ」


「あはは…そうだね」


周りのノリに合わせて乾いた笑いをするしかなかった。‘‘大人‘‘というワードに彼らとの距離感を感じる。実際、18歳を超えてるので成人であることは間違いなく、あの輝かしい日々を送っていた青春時代の名残を俺だけがずっとひきずっているだけなのかもしれない


もうあの時の彼らはいない


久しぶりの集合なのにもう帰りたくなった。行きの電車に乗っていた時のテンションは地の底へと落ちていた


「俺レモンサワー」


「私、緑茶ハイ」


「んー梅酒飲んじゃおっかな」


「いや普通に生ビールでしょw」


聞きたくなかった単語の羅列に頭がクラクラしてきた


「紫陽は何頼む?」


「俺、酒弱いから最初はジンジャーエールでいいかなw」


俺は申し訳程度にメニュー表の端っこに書かれているソフトドリンクを選択した


間もなく最初に頼んだドリンクが運ばれてきて前田の掛け声とともに7つのグラスがガチャリと乾杯したが、俺の中では完敗だった。法律なんて蹴飛ばしてしまう程、青春はパワーを持っていてこの場のノリについていけない俺だけがきっと悪いんだろう


喋ることもないので続々と運ばれてくる料理を人一倍つまみながら、時々彼らの会話に相槌を打ち、愛想笑いをするという大学の時と変わらない俺がそこにいた。あんなに仲の良かったメンバーなのに知らないメンバーのような気分だ


「孝弘は最近大学どう?」


「俺はバリバリ楽しんでるぜ!陸上サークル入っててたまに大会出るし、週2でメンバーで飲み行ってる。先輩から楽単教えてもらって過去問も貰えたから余裕でフル単とれたし、スタートとしては上々だと思う」


「へ~ 遊んでる投稿しか流れてこない割には結構真面目にやってんだね。正明は?」


花城はただ親切心で俺に話を振ってくれたのだと思うが、今の自分の現状を言うわけにはいかなかった


「んーまあぼちぼちかな。サークルのメンバーで土日遊んだりするし、単位は2つ落としちゃったけど、結構楽しんでるよ」


「ちゃんと楽しんでて良かった~ 最近インスタの投稿全然更新されないし、心配だったんだよね。でも1年から単位落とすのはやばいってw」


「ま、2年になったらすぐ取り戻すよ」


いや何で20未満でお酒飲んで法律破ってるのに落単はもっと悪みたいなことになってんだよ。


このまま陽キャ組の話に耳を傾けても退屈なので、隣の岩波とオタトークをすることにした。てか、こいつも普通にサワー呑んでるし


「てっちゃんさ、最近やってる転生したらエルフだった件見てる?あれ初回からぶっ飛んでてさ、転生前は最弱魔法使いだったのに転生した瞬間、全属性魔法を最高火力で使えるようになっててマジで面白いんだよw」


「あーごめん正明、俺受験終わってからアニメ見てないんだ…」


「え?受験も終わって勉強する必要はなくなったし、毎クール20本見てあんなに楽しく語り合ってきた仲なのにどうしちゃったんだよ。最近はモチベないとか、そんな感じ?」


「いや、自分のやりたいことを見つけてさ、今の俺はそれで精一杯なんだ。俺、浪人したけど結局物理が出来なくて現役の時も受かった滑り止めの大学に進学することになって2年間頑張ってきたのにそれが無駄になる気がして本当に悔しいから大学では1年からめっちゃ努力して第一志望の大学だった院に進もうと思ってるんだ。あとはこのままアニオタだったら人として変われない気がしてさ」


「す、凄いね!俺と違ってもう将来のこと考えてるの流石てっちゃん!!俺も頑張ろうかな、あはは…」


「でさ、自分は院を卒業したらエンジニアとして働きたいと思ってて、何でかっていうと今IT企業は深刻なエンジニア不足に襲われててニーズの高い職種だから給料もめっちゃ高いらしくて人生逆転させるならそれしかないと思ったんだ。サークルはプログラミング関係に入会しようと思ってて、 今はC言語とかpythonとかっていうプログラミング言語を取得するための勉強をしてて…」


彼はいたって真面目な話をしているのに全く聞きたいと思えなかった。少し前までは息をするようにアニメの話をしていたてっちゃんがまだ大学入学前なのに嬉々として就活の話をしている姿を見たくなかった。友達の素晴らしい成長を肯定できない自分がそこにいる。どうして人はたった1年で良いようにも悪いようにもこんなに変わってしまうんだろう


アルコール飲料、将来就きたい仕事


この2つだけが自分と彼らの距離を隔てていると思っていたが、そんなのは序の口に過ぎなくて


「最近、石ノ森とあかねって付き合ったんでしょ?どこまでヤッたのか教えてよ」


「いや花城それまだ全員にバラすなって言っ…」


「バシンッ!!」


気が付いたらテーブルを両手で強く叩いていた。陸上部のメンバーだけでなく、周りにいた別のお客さんや店員も驚くほどの音で…


知りたくなかった、認めたくなかった現実がそこに見えて


自分がすべて悪い。行動しなかった自分が悪い。そんなことは自分が一番わかっているが、耐え切れなくなった俺はポケットに入れていた3000円をテーブルに叩き付け、何も言わず居酒屋を一人走って抜け出した


走っている途中に前田や花城が自分の名前を大きな声で呼ぶのが聞こえたが、そんなのに構っていられる程の余裕はなかった。もう誰からも追われていないことは分かっていても、駅を目指して夜の新宿の街を駆け抜ける。途中何度もガラの悪そうな大人にぶつかりそうになった


駅に近づいて追っ手がいないことを確認し、スマホの画面を見ると短時間で何件もの不在着信が来ていた。そのことに少しの安堵と申し訳なさを感じながら俺は陸上部のメンバーの連絡先を全て削除し、ブロックした



自分はもう不純物なんだろう。これは本当に高校時代、俺が仲良くしていたメンバーなのだろうか…

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