第3章 帰らずの迷宮 9

 目が覚め、俺は収納魔法から出した屋台の食事をバルサン伯爵の一行にも配る。


 遠慮されたのだが、俺たちだけが温かい食事というのも気が引けるので無理矢理に押し付けた。


 食事をしながらバルサン伯爵と情報交換を行う。


「おまえには言い難い話ではあるのだが……」


 レオン王子はバルサン伯爵とリディアーヌの結婚を後押しするという約束で、バルサン伯爵から帰らずの迷宮への立ち入り許可をもぎ取ったそうだ。

 身分は隠し、万が一帰らぬときは知らなかった振りをしてよいという免罪符までついていた。


 それでもレオン王子が2週間戻らなかった時点で王都に早馬は走らせたそうだ。


 俺とは入れ違いになった形だな。


 そしてバルサン伯爵自身も兵を集め、レオン王子の捜索のために帰らずの迷宮に突入した。

 しかし15層を捜索中にレッサードラゴンと遭遇して戦闘になった。


 レオン王子たちが食われている可能性を考えると退くこともできなかったし、どちらにしても15層を捜索する上で脅威は排除しなければならない。

 以前にドラゴンを斃した経験もある。

 なんとかなると思っていたそうだ。


「それでも犠牲は覚悟していた。ひとりの死者もでなかったのはおまえたちのおかげだ」


 俺からも事情を話す。

 国王はレオン王子が帰らずの迷宮に挑戦したと思っていること。

 その捜索と救出に俺が派遣されたことなどを告げる。


「陛下は私が許可を出したことを怒っておられるだろうな」


「それについては言及されていませんでした。とにかくレオン王子の安否が気がかりな様子で」


「そうか、なんとしてもレオン王子を無事に帰さねばならんな」


「レオン王子の一行がどれくらいの食料を持ち込んだのかは分かりますか?」


「分からん。だが一ヶ月分も持ち込んではおらんだろう。いくらなんでも荷物が多くなりすぎる」


「猶予は無いわけですね。そうなるとやはり手分けして探したほうが良さそうですね」


「異論はない。だが連絡はどうする? どちらかが見つけたとしてもそれを伝える手段が無い」


「狼たちを何頭か伯爵様に同行させましょう。喋ることはできませんが、案内をさせるくらいはできます。吠え方を符号にしておきましょう」


 しばらくバルサン伯爵と打ち合わせをして、俺たちはここからふた手に分かれることにした。

 お互いに逆方向に探索の手を伸ばして、一刻も早いレオン王子の発見を目指すのだ。


 俺は狼たちの数を増やし、15層に散らばらせる。

 バルサン伯爵の下に5頭を残し、俺たちはバルサン伯爵とは逆方向に歩を進め始める。


「悪い人じゃなかったな。見た目で判断してたことを反省だよ」


「なに言ってるの。そんなこと分からないわよ」


 シルヴィは冷静にそう返してくる。


「状況的にアンリの力が必要だったから下手に出ていただけかも知れないわ。バルサン伯爵の父親は帰らずの迷宮から帰らなかった。部下も誰も帰らなかったから、遺体は誰も確認していない。ちょっと丁寧に相手をされたからと言って油断しては駄目よ。アンリ」


「そんな……。人を信じることも大事だよ。シルヴィ」


「はぁ、私はてっきり伯爵の監視のために狼たちを同行させたのかと思っていたわ。まあ、いいわ。そういうのがアンリのいいところだもんね。でもここは迷宮の中よ。誰かを消すにはおあつらえむきの場所ってわけ。そのことだけは忘れないで」


「背後にも気をつけることにするよ」


「よろしい」


 レッサードラゴンを倒した後の15層は静かなものだった。

 その代わり、とてつもなく広いようだ。


 先行する狼たちの中には、すでに数キロ離れた場所にいるものもいる。

 狼たちが地図を書けるのならいいのだが、もちろんそんなわけはなく、俺たちは自分で地図に道を書き加えながら進むしか無い。


 幾度となく行き止まりに突き当たりながら、地図を書き足していく。


「昔の人はなんのためにこんな迷宮を作ったのかしら?」


「なにかを隠すため、だと思う」


「財宝とかかしらね!」


「昔の財宝だから石のお金とかかも知れないよ」


「そんなの役に立たないじゃない。というか石のお金ってなによ」


「そういうものもあったんじゃないかなって」


 原始人が石のお金をごろごろと転がしているイメージが浮かんでいたんだが、よく考えたらリアリティ無いな。

 なんか子どもの頃にみたアニメとかの影響かもしれん。


「まあ、今回は財宝目当てじゃないものね。陛下直々のご依頼なわけだし。そう言えばこれを達成すればアンリはリディアーヌ様の正式な婚約者になるのかしら?」


「難しいんじゃないかな? 公にできる話ではないし、バルサン伯爵も参加してる。彼もリディアーヌ様の婚約者候補だからね」


「貧乏くじねえ」


「シルヴィは俺がリディアーヌ様の婚約者になっていいわけ?」


「お父様はああ言っていたけれど、アンリが爵位を得ることとリディアーヌ様の婚約者になることはほとんど同じことでしょ? それにアンリが、その、私のことす、好きって知ってるから……」


 最後の方は顔を真っ赤にしながらぼそぼそと呟く。

 そんなシルヴィが可愛くてたまらない。


「タダ働きってわけにもいかないからな。爵位については陛下と相談してみる。シルヴィと釣り合うような身分になってみせるさ」


「そのためにも王子様はきっちり助けないとね」


「無事でいてくれるといいんだけどな。狼たちの嗅覚にもなにも引っかかってないようだし……」


 その時、狼からの呼びかけがリンクを通じてくる。

 伯爵に同行させていた狼だ。


「狼から反応があった。伯爵様が先に見つけちゃったかな?」


「骨折り損じゃない」


「まあ、とりあえず行ってみよう」


 来た道を戻って、さらに進む。

 狼の一匹がバルサン伯爵と別れた地点で待っていた。


 後は案内してくれるらしい。

 それに付いていく。


 しばらくして俺たちはバルサン伯爵と合流した。


「バルサン閣下」


「おお、来てくれたか。このようなものを見つけたのだが、どうしてよいものか分からんでな」


 それはドラゴンでも通れそうなほど大きな扉だった。

 扉はこれまで迷宮内でひとつも見掛けていない。

 明らかに違和感がある。

 バルサン伯爵も同じものを感じて、俺たちを呼んだのだろう。


「宝物庫なら、話は早いんですけどね」


「罠、ということも考えられる」


「ええ、ですが中を確かめないわけにもいかないでしょう」


「我々の兵士にやらせるか?」


「いえ、ゴーレムを使いましょう」


 俺は召喚魔法で二体の石のゴーレムを作り出す。

 人の形に近く、手足もきちんとあるものだ。

 というか、これを召喚魔法というのは無理があるな。

 手順としては狼たちを作り出すのとまったく一緒なのだが。


「下がっていてください。ゴーレムに扉を開けさせます」


「総員下がれ。戦闘用意!」


 兵士たちが剣を、槍を、弓を構える。

 扉からなにが飛び出してくるか分からないからな。

 正しい判断だ。


 俺はネージュとシルヴィに身体強化を掛け、さらに魔法障壁を張る。


 ゴーレムたちが扉の取っ手を掴み、引き始めた。

 重そうな音を立てながら、扉が徐々に開いていく。


 果たして扉の向こうには、――なにもなかった。


 俺は光球を飛ばし、扉の向こうを照らし出すが、やはりなにも見えない。

 ある程度の大きさの部屋のようだが、特に何かが置いてあるというわけでもなかった。

 兵士たちが安堵の息をつき、武器を下ろす。


「何も無い部屋だと?」


「荒らされた宝物庫という可能性はありませんか?」


「この部屋に財宝があったとして、ドラゴンの手を掻い潜り、すべて持ち出せるものか。ドラゴンを倒したのであれば、そんな名声を冒険者がみすみす手放すとは思えん」


「部屋の壁になにか書いてありますね」


「ここからではよく見えんな。入るしか無いか」


「ゴーレムたちを先行させましょう」


 ゴーレムたちを部屋の中に進めるが、特になにも起こらない。


「よし、おまえたち、扉が閉まらぬよう確保しておけ」


 バルサン伯爵が兵士たちに命じて、自ら部屋の中に入っていく。


 この人、勇敢なんだか無謀なんだか分からないとこあるな。


 黙ってみているわけにもいかないので俺も部屋の中に入った。


「古代文字だな。私には読めん。おまえはどうだ?」


「学園の成績は良い方とは言えないもので」


「……帰れない、迷う、道、人――、ううん、駄目ね。帰れずの迷宮についてなにか書いてあるのだとは思うのだけど」


「シルヴィ、読めるのか?」


「断片的によ。ネージュ、こういうのってエルフのほうが詳しかったりしないの?」


「それはエルフに対する偏見」


「まあ、ネージュは記憶喪失だしな」


「レオン王子が立ち寄った形跡も無いな。ここはハズレか」


 そう言ってバルサン伯爵が踵を返し、部屋から出ていこうとした。

 だがその足が止まる。


「アンリよ。この部屋はこんなに広かったか?」


「はい?」


 俺も振り返った。

 部屋の様子は先程までとなにも変わらなく思える。


「なにも変わらなく思えますが」


「出口が遠い」


 バルサン伯爵の言葉の意味が分からない。


 出口ならほんのすぐそこ。

 10メートルほどの位置だ。

 十秒もかからずに出ていける。


 しかし出口に向かって足を進めようとして、俺の足が止まった。


 出口がするりと逃げていったのだ。

 今では出口は30メートルは先に見える。


「これは――」


 飛翔魔法を使おうとするが発動しない。

 天井が低いため飛翔魔法を使えるかどうか試していなかったことを悔やむ。


「ネージュ、シルヴィ、手を!」


 二人の手の暖かさを感じて少し落ち着く。

 まず最優先すべきことは俺たち三人が離れ離れにならないことだ。


「二人とも、出口までの距離は?」


「遠くなってる。どういうことなの?」


「アンリ、床が……」


 ネージュに言われて床を見ると、床が淡く発光していた。

 そして次の瞬間、体を駆け抜ける違和感。


 何度も何度も体感しているそれは、転移魔法の感覚だった。

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