第2章 魂喰らい 14
精神世界に引き摺り込まれたのだということはすぐに分かった。
こちとら精神世界には縁があるからな。
床の無い浮遊感は、俺のように飛翔に慣れた人間でなければそれだけで不安になるだろう。
意識のない人間のそれとは違って暗闇ではない。
白い光に包まれた、どこまでも続く永遠の世界だ。
そこにシルヴィと数百の影があった。
「お行きなさい!」
シルヴィが命じて影が襲い掛かってくる。
風の魔術で影を吹き飛ばす。
影は風圧に負けて吹き飛ばされる。
魔法は使える。
通じる。口の端が歪む。
やってやるぞと気合を入れた時だった。
――助けて!
影が叫ぶ。
口々に救いを求めてくる。
魔法を放とうとしていた手が止まった。
これらは単なる影ではない!?
よく見れば影はひとつひとつ形が違う。
大きさが違う。
数百の数百通りの意思の塊。
これは昏睡した人々の心か!
最初に殺傷力のあるような攻撃魔法を放たなくて良かった。
助けてくれと叫びながら突進してきた影を躱す。
くっ! 人質に攻撃されているようなものだ。
反撃のしようがない。
躍りかかってくる影を風魔法で吹き飛ばしながら、シルヴィを狙ってレーザーを放とうとするが、その前に別の影がシルヴィの前に出てきて盾になる。
撃てない。
転移魔法は空振った。
精神世界では使えないらしい。
背中に衝撃。
ぞわりと冷たいものが入り込んでくる。
痛み、悲しみ、苦しさ、憎しみ、ごちゃまぜになった暗い感情が俺を襲う。
そうか、そうやって人を落としていくのか。
覚えがあるぞ。
この感覚、俺は知っているぞ!
闇を光で満たす。
直接触れて、浄化する。
影が人の姿を取り戻す。
受け入れ認めることで、この闇は振り払える。
ひとつの心が自らを取り戻してこの世界から消えていった。
おそらく自分の体に戻っていったのだろう。
余裕の表情で俺を見下ろしていたシルヴィの顔が歪む。
「一斉にやりなさい!」
号令に応じて影たちが襲い掛かってくる。
風魔法で吹き散らし、こちらからひとりの影を捕まえる。
浄化して、還す。
一瞬では無理だ。
10秒前後は掛かる。
一度に複数人も無理だろう。
いくら俺が抵抗できるとは言っても限度がある。
群がられては負ける。
だがそれがどうした。
見つけたんだ。昏睡者を救う手立てを。
全員救うだけのことだ。
迫ってくる影を再び吹き飛ばし、ひとりを捕まえ浄化する。
浄化しているこの間が一番危険だ。
思考を切り分け、影を救うのと迫ってくる影を風魔法で吹き飛ばすのを同時並行で行う。
思考を切り分けた分、浄化に時間がかかる。
逆侵食の危険もある。
だが選択肢はこれしかない。
ひとり、またひとり。
影の数は減ったようには思えないが、シルヴィの表情には焦りが生まれていた。
「心配するな。おまえも救ってやる」
「私は助けてなんて言ってない!」
シルヴィ自身が襲い掛かってくるが、風魔法で吹き飛ばせる。
魔法無効化能力は精神世界では有効ではないらしい。
こちらが転移魔法を使えないようなものか。
確かにそうじゃなきゃさっきだって影を盾に使う必要もないもんな。
「自分は黒マントとは関係が無いって言ってたな」
「その通りよ! 黒マントなんて私は知らない!」
「だったらシルヴィ、君はどこでこの力を手に入れた? 君の身になにがあったんだ?」
「そんなこと、答える必要がある!?」
会話している間にも次々と影を浄化していく。
一割、いや二割は削ったか。
このまま最後まで浄化し切る!
しかしシルヴィは影に攻撃させるのを止め、自分の周りに集めた。
そしてその身に影を取り込んでいく。
「止めるんだ! そんなことをしたら自分を保っていられなくなるぞ!」
「そんなの、今更、ですわっ!」
止めようと風魔法でシルヴィを影ごと吹き飛ばす。
半数程度は散らしたが、残り半数の影はシルヴィに取り込まれてしまった。
俺は吹き飛ばした半数を浄化して行きながら、シルヴィの様子を窺う。
「う……ぐ……ぎぃ……」
苦悶の声を上げながらシルヴィの姿形が変わっていく。
髪色が黒く染まり、その背に黒い翼が生まれる。
それはまるでかつて戦った黒マントのようで……。
「やっぱり黒マントと接触してるんだな!」
「……天使様は私に力を与えてくれた……」
「なにが天使だ! 本物の天使はそんな姿はしていない! 目を覚ませ、シルヴィ! おまえは利用されているんだ!」
「……リディアーヌが憎かった。私に無いものをすべて持っている彼女が憎かった……。彼女を超えれば手に入ると思ったのにダメだった……。彼女が居なくなれば手に入ると思ったのに……」
「……シルヴィ、おまえはなにが欲しかったんだ」
「尊敬が、羨望が、将来が、すべてが欲しかった。手に入ると思ったのにっ!」
シルヴィの手に一本の剣が出現する。
憤怒の表情で俺を見下ろす。
「こうなったら全部壊してやる! この国も、この世界も、すべての魂を喰らって私はっ!」
「させるものかよ! 俺が止める!」
翼を使ってシルヴィが俺に向かって飛翔してくる。
俺は飛翔魔法でシルヴィから距離を取りながら、剣を持つ腕を狙ってレーザーを放つ。
閃光はシルヴィの右腕を貫き、虚空に消えた。
腕に空いた穴から血の代わりにシルヴィに融合していた影が溢れ出した。
「ぐぅ、このっ!」
シルヴィが苦し紛れに剣を投擲するが、避けるのは容易い。
シルヴィは次々と剣を生み出しては投げつけてくる。
俺はそれを回避しながらシルヴィの体に次々と穴を空けていく。
影がどんどん抜け落ちていくのも構わずにシルヴィは俺を狙い続ける。
しかしその精度はどんどん悪くなっていく。
もう、ほとんど駄々っ子がおもちゃを投げつけているに等しい。
やがてその影が抜け落ちるのも止まり、翼も消え、髪の色も元に戻った。ただのシルヴィがいるだけになった。
影たちはシルヴィの支配から解き放たれているようで、俺たちの戦いを見守るように離れている。
「おまえさえ、おまえさえ居なければ!」
「俺はシルヴィが居てくれて良かったけどな」
「嘘を吐くな!」
「嘘じゃない!」
俺は急制動をかけて、シルヴィに向かって飛んだ。
その手にした剣に貫かれるのも構わずにその身を抱きしめる。
「君が居てくれるお陰で学園生活に張り合いがあった。君が居てくれるお陰でやる気が出た。君と張り合うのは楽しいよ。シルヴィ」
「そんなことを今更言われてももう手遅れじゃない……」
「まだ間に合う! シルヴィ!」
「なんで、私を、助けてくれるの? こんな私を……」
「救うと言っただろ!」
シルヴィの瞳から涙が溢れる。
その体が震え、胸の中心辺りから黒く染まっていく。
明らかにシルヴィの意思ではない力が彼女を支配しようとしている。
「違うの、アンリ、こんなのは私じゃない。私は、私は、助けて、アンリ」
「少し我慢しろよ。シルヴィ!」
俺は手をシルヴィの胸に突っ込んだ。
精神体に潜り込んだ手が硬い手応えに触れる。
そしてそれを引き抜いた。
俺の手には黒い宝石が握られていた。
宝石は黒い光を放ち、俺の心に侵食しようとしてくる。
「その手はもう食わないよ」
俺は黒い宝石を収納する。
収納魔法に入り、時を止められた黒い宝石はその活動を止めた。
それと同時にシルヴィの精神世界に残っていた影たちが人の姿を取り戻して消えていく。
俺の腹を貫いていた剣も消えた。
しばしの静寂があって、シルヴィが俺に聞いた。
「アンリ、私はどうなるの?」
「君も被害者だ。事の元凶は黒マント、君の言う黒き翼の天使様だ。そのことさえ伝われば問題は無いよ。約束する」
「でもリディアーヌ様への思いは確かに私の中にあったものだわ」
「誰にだってそういう一面はある。知らないだろうけど、ネージュなんかはそりゃすごかったんだぞ。君なんて目じゃないくらいだ。大事なのは自分の中にそんな一面があることを認めて、受け入れて、折り合いをつけることだと思う。俺だってそうだ。誰だってそうだよ」
「あなたは魔法を使えるだけじゃないのね。……ありがとう。私、罪を償うわ。どんな処罰も受け入れる。それが私の責任だもの。でも……」
「でも?」
「もう少しだけこうしていて、お願いだから……」
「構わないよ」
俺はシルヴィが満足するまでそうしていた。
そんなに長い時間ではなかった。
シルヴィは強い女の子だ。
----
残った影はアンリが責任を持って浄化しました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます