第2章 魂喰らい 10

 冬休みが終わった。


 なんか途中の数日の記憶が無いような気がするんだけど、ネージュさん、記憶喪失の先達として何か一言ありませんかね?


 あ、無いですか。そうですか。


 そうですよね。

 記憶が無いというより寝込んでただけですもんね。


 せっかく回復魔法があっても俺の意識が無ければ使いようがないわけだ。

 いい教訓になった。


 ネージュさんはなんか今回のことで教訓は得ましたか?


 頑張りが足りなかった?


 なるほど。まだ分かってないんですね。


 一応、今回の料理で俺が負ったダメージがあまりにも大きかったため、ネージュには料理禁止が言い渡された。

 本人は非常に不服そうであるが、これ以上は俺の生命の危機である。

 是非とも守って頂きたい。


 なお、料理を学ばせるという方向性は双方の合意のもとに却下された。


 本人に学ぶ気がないんだもん。

 どうしようもない。


 まあ、学園にいる間は流石に食堂の厨房を使ったりはしないだろうから、平和なものである。


 学園寮での生活はまだ数ヶ月なのに、ピサンリから学園寮に着いた時に、帰ってきたと思ってしまうのは何故なのだろう。

 ピサンリに着いた時も思いましたけどね。


 とりあえず窓を開けて空気を入れ替えて、俺は学園での新学期に向けて準備を始めるのだった。




 新学期の教室は少し浮かれている。

 離れた領地の実家に帰った者、あるいは王都に実家があるがバカンスに出かけた者など、それぞれ離れていた時間の報告を行っているからだ。


 俺たちもリディアーヌに捕まって新年パーティや、バカンスの話に付き合わされている。

 正直興味無いんだけどなあ。

 かと言って王女殿下が話したいのに聞かないわけにもいかない。


 そう言えばシルヴィがやけに大人しい。

 こうしてリディアーヌの傍に居れば、どっかに行きなさいよ。がるるるる。

 ってな視線を送ってくるのが彼女の通常営業なのに、今日は余裕の笑みでリディアーヌの話に相槌を打っている。


 冬休み中になんかいいことあったんかな?


 彼女とのじゃれ合いも学園の彩りのひとつだと思っているのでちょっと寂しい。


「アンリ様とネージュ様は冬休みになにかございまして?」


 はい。ネージュの手料理で三途の川辺りを散歩して参りました。


 などと言おうものならネージュの機嫌を損ねること間違いないし、そもそも三途の川に該当する概念がこっちには無い。

 素直にあの世って言うと、死んじゃってたことになっちゃうしね。


「ピサンリは雪に閉じ込められておりますから、屋敷で静かに過ごしていただけですよ」


「それもよろしいではありませんか。パーティにバカンスと楽しいことは楽しいのですが、ちょっとだけ疲れてしまいます」


 それは非常に珍しいリディアーヌの弱気な発言だった。


 本当のところは結構お疲れなのかな?

 そりゃリディアーヌだって人間だ。

 疲れたり弱っていたりしたら、弱音を吐きたくなったり、愚痴を吐きたくなったりもするだろう。


「あら、いけませんわ。リディアーヌ様。人目のあるところでそのようなことを仰っては変な勘ぐりをされたり、告げ口をされてしまいますわ」


「そうね、シルヴィ。ありがとう」


 忠犬シルヴィさんはリディアーヌに尻尾を振って後を付いていくだけ、というイメージだったが、こんな風に忠告することもあるのか。

 意外な一面を見たという気分だ。


「アンリ様、少しよろしいですか?」


 話の途切れたところでシルヴィがそう切り出した。

 というか、俺に敬語を使うとかちょっとおかしいな。

 冬休み中にシルヴィになにがあったんだ?


「ええ、もちろん」


「去年は私ずいぶんと失礼なことばかりしてしまい、本当に申し訳なく思っております。どうか今年は仲良くしてくださいませ」


 きもっ!

 こいつ本当にシルヴィか?


 しかし仲良くしたいと言ってきているものを断る理由が無い。


「もちろんです。喜んで」


「ありがとうございます。アンリ様」


 あ、リディアーヌの眉がちょっとぴくぴくしてる。

 笑顔だけど、内心は違いますね、これは。


 もちろん嫉妬ではないだろう。

 シルヴィの変わりっぷりが面白くないのに違いない。


 リディアーヌは何か知ってるんだろうか。

 聞いてみたいが、リディアーヌと話をしようとするとシルヴィもくっついてくるからなあ。

 どうにもならない。




 そんなこんなでシルヴィの変化に戸惑いつつも数日が過ぎた。

 今は新学期になってから初めての剣術の授業だ。


「アンリ様、どうかお手柔らかに」


 素振りなどの後に、試合形式の練習が始まり、同じ最低ランクのシルヴィが俺に向けて木剣を構える。

 というか、今の雰囲気のシルヴィに向けては本当に剣を振りにくいな。


 だがそんなことを思ったのも束の間だった。

 木剣を構えたシルヴィは走らずにすり足で距離を詰めてきて、鋭い突きを放ってくる。

 咄嗟に木剣で払おうとするが、空振る。

 シルヴィが突いた木剣を途中で引いたのだ。


 フェイント!?


 あっと思う暇もない。

 シルヴィが再び突き出した木剣が胸の防具に突き刺さる。

 革製の防具は頑丈だが、それでも衝撃が来た。


 女の子の力とは思えないほどだ。

 俺は堪えきれずに尻もちをついた。


 なんだ?

 冬休み前のシルヴィとは動きがまったく違う。

 動きが鋭く無駄が無い。


 以前は隙だらけだったのに、今の俺からは隙が見えない。


 呆然と地面に座っていると、シルヴィが手を差し伸べてきた。


「フェイントがたまたまうまく行きましたわね。さ、アンリ様、もう一度」


 シルヴィの手を借りて起き上がる。

 そして再び木剣を構えあった。


 こうして見ると構え方からして以前とは全く違う。

 以前のシルヴィは教師から学んだ構え方をしようとして、まだぎこちない感じだった。

 だが今は自然と構えている。


 冬休みの間に誰かに付きっきりで学んだのか?


 だが俺だってジルさんから戦い方を学んだのだ。

 シルヴィの目を見て、彼女の狙いがどこにあるのかを探る。

 もちろん視界には彼女の全体像を捉えている。


 シルヴィは俺の木剣を見ている。

 だったらこっちも。


 木剣を振り上げ、斬り下ろしはフェイント、引いた木剣で突きを放つ。


 だがシルヴィは木剣の動きには惑わされなかった。


 体を横にずらし、突きを躱すと、俺の脇腹に木剣を打ち込む。

 当てるだけの打撃ではない。

 腰の入ったちゃんとした一撃だ。

 躱すのと同時に攻撃を放つなんてことは以前のシルヴィにはできなかった芸当だ。


「アンリ様、冬休みの間に体が鈍ってしまっているのではないかしら?」


「そうかも知れませんね」


 悔しさを隠してそう言う。

 俺だって強くなったと思っていたが、その自信は粉々に打ち砕かれた。


 そりゃジルさんに学んだ戦い方は、この場でできないようなものも多い。

 だがそんなのは言い訳だ。

 シルヴィは俺より強くなった。

 それを認めるしか無い。


「シルヴィさんこそ、冬休みの間に訓練をされていたのですか?」


「そうですわね。ちょっとコツを掴みましたの」


 そんなレベルの変化じゃねーぞ!

 明らかにクラスの中級か、上級になっている。

 最低クラスの面々では誰もシルヴィには敵わないだろう。


「ほう、シルヴィは腕を上げたな。どうだ。いっちょ俺とやってみるか」


 教師もシルヴィの変化に気付いたのかそう声を掛けてくる。


「そうですわね。私も今の自分の腕を試してみたいですわ」


 そうしてシルヴィと教師の模擬試合が始まった。


 練習相手の居なくなった俺はひとり素振りである。寂しい。


 素振りをしていてシルヴィと教師の試合がどんな展開だったのかは見られなかったが、シルヴィはなんと上級へと飛び級を果たした。


 そりゃ俺では敵いませんわ。


 そして剣術の授業が終わって、教室に戻った俺は、さてシルヴィがリディアーヌにどう報告するのだろうと憂鬱になっていた。

 別にリディアーヌに愛想を尽かされても一向に構わないんだけど、やっぱり男の子としてのプライドがね。


 しかしシルヴィはリディアーヌに、俺を打ち倒し上級になったことを伝えなかった。


 リディアーヌと他の取り巻きはもう剣術の授業を受けていないからシルヴィが報告するしか、リディアーヌがそれを知る手段は無いのだけど、どういうことなのだろう。


 いつものシルヴィなら俺の醜態を喜々としてリディアーヌに報告したはずだ。

 それともそれが勝者の余裕なのだろうか。


 情けを掛けられた?


 そう考えると異様に悔しい。

 だがそれこそがシルヴィの思う壺かも知れん。


 シルヴィに視線を送ると、彼女は俺の視線に気付いて、にっこりと微笑んだ。

 それ自体が以前のシルヴィではあり得なかった行いだ。


 俺は悶々とした思いを抱えながら、残りの授業に向き合わなければならなくなった。




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順位うんぬんはくどくなってきたのでカクヨム様から通知があったときだけにしますね!


まだまだ作品フォローと☆☆☆での評価をお待ちしております。

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