第2章 魂喰らい 8

 決着の付かなかった黒マントとの戦いから明けて、俺は気分を一新し期末テストに向けた勉強に打ち込んでいた。


 いや、あれは決着つきませんわ。こっちは転移で逃げられる。

 向こうは上空に逃げられる。


 んで掴まれたらこっちが一方的に不利って、戦うリスクのほうが大きすぎるんだよなあ。


 昏睡事件はおそらく奴が関わっているんだろうという感触こそ得たが、証拠を掴めたわけでもない。

 しかし一方で、昏睡者も死んではいないし、身内に犠牲者がいるわけでもない。

 これ以上深入りする理由がありませんわ。


 魔法が無効化される以上、魔法使いである俺が捕縛を目指すより、物理的に強い騎士団が動くことに期待したほうがいい気がする。

 頑丈なロープとかで縛り付ければ動きは止められると思うんだよね。


 一応、その辺の助言はジャンヌさんに手紙で送っておいた。


 接触して戦闘になったことは書いてないが、バレバレだよなあ。

 とにかくジャンヌさんひとりでは手に負えないだろう。

 夜の王都を巡回するにしても、必ず複数人で行動するように書いておいた。


 さて黒マントのことはその辺にしておいて、学生の本分は勉強である。

 俺の苦手な勉強である。


 しかし黒マントにかまけていたせいでシルヴィに負けたくはない。

 最初こそ平均点以下のレベルの低い争いだったが、今では俺もシルヴィも平均点以上を取るようになっているのだ。


 ついでに他の生徒もあいつらに負けてらんねぇぞと努力を始め、今時の一年生は優秀であると教師たちの間でも評判らしい。

 評判になっていると知れば、その評価を下げたくもない。


 努力するしか無いのだ。


 俺は夕食後も机に齧り付いて勉強に励むのであった。




 そして黒マントとの戦いに匹敵するような辛く長い戦いが終わり、期末テストの結果が返ってきた。


「うぎぎぎぎぎ――」


 顔を真っ赤にして歯軋りしているシルヴィを見て安堵する。


 これで気持ちよく年越しを迎えられますわ。


 そんなことを考えているとリディアーヌが話しかけてきた。


 いや、シルヴィにもちょっとは構ってあげて。


「もうすぐ冬休みですけれど、アンリ様とネージュ様はどうされるのですか?」


「ピサンリに帰ろうかと思っています」


「まあ、でも行き来だけで2週間はかかるのでは?」


「そこは魔法でちょちょいと空を飛んでいきます。一時間ほどで帰れますから」


 陸路で行ってまた色んなトラブルに巻き込まれるのはごめんだしな。

 その点、転移魔法なら道中で何かを見かけてしまうという可能性そのものを排除できる。

 確実な帰宅が約束されているわけだ。


「残念ですわ。新年のパーティにアンリ様たちを招待しようと思っていたのですけれど」


 シルヴィが空気読めよって視線を送ってくる。

 安心しろ。予定を変える気はない。


 ところで最近、俺たち視線だけで会話してね?

 リディアーヌよりよっぽど通じ合ってる気がする。


「光栄ですが、すでにピサンリに手紙も送ってしまいましたので、また次の機会にお誘いいただければ」


「ではその次の年の新年パーティには来ていただけますわよね?」


 おう、予約がはえーよ。

 超人気宿の宿泊予約かよ。


 しかし言質を取られた形になってしまった。

 いくら先のこととは言え、断る理由が無い。


「喜んで参加させていただきます」


 そこも断りなさいよ!


 というシルヴィからの圧力が飛んでくるが、断れねーんだよ!

 シルヴィさんこそ俺が参加できないような理由を作ってくれやしませんかねえ?


「アンリが行くなら行く」


「嬉しいですわ。もう再来年が待ち遠しい」


「その前にまず来年を楽しむべきですよ。リディアーヌ殿下」


「そうですわね。アンリ様。きっと楽しい学園生活になりますわ」


 リディアーヌさんは自ら楽しくなるように努力してるからね。

 そこは尊敬してます。

 いや、マジで。




 そんなわけで冬休みに入った。


 ネージュと共にさくっと転移魔法でピサンリ上空着である。

 直接、領主の屋敷の庭園に降り立つ。

 屋敷の人間ももう空から俺が降ってくるのには慣れたものである。


「おかえりなさいませ、アンリ様、ネージュ様」


 メイドに出迎えられ、とりあえず領主に挨拶しに行く。

 成績について報告して、お褒めの言葉を頂く。


 ピサンリにいた頃に比べて学力上がってるもんね。

 それもこれもシルヴィさんのおかげですわ。


 それから黒マントについても報告。

 ピサンリでは黒マントも昏睡者も出ていないようで安心する。


「魔法が通用しない相手とあらば、手出ししないのが正解であろうな」


「そう思います。騎士団に任せておきますよ。念のためこちらでも気をつけておいて下さい」


「分かった。アンリと同じ速度で空を飛べるとあれば、ピサンリに来るのも容易であろう。周知させておこう」


 そんなことを領主と話していると突然扉が開き、アリスが飛び込んできた。


「叔父様!」


「ただいま、アリス」


 アリスは切らした息を整えると、貴族らしいお辞儀をする。


「おかえりなさいませ、叔父様」


 しかしそれも一瞬のこと、すぐに駆け寄ってくる。


「叔父様意地悪ですわ。全然帰ってきてくださらないんですもの」


「勉強が忙しかったんだよ。ごめんね。アリス」


「アリス、部屋に入るときはまずノック、だろう?」


「ごめんなさい。お祖父様」


「いいんだよ。次から気をつけるようにね」


 領主は相変わらずアリスにダダ甘である。


「叔父様、叔父様、学園の話を聞かせてくださいませ」


「そうだね。ちょうど父上との話も終わったところだよ。サロンに行こうか。それでは失礼いたします」


「ああ、久しぶりのピサンリだ。ゆっくりと休むがよかろう」


 それからサロンでアリスに学園の話を語って聞かせる。

 でもまあ、学園の話というとどうしてもシルヴィの話になっちゃいますよねー。

 リディアーヌより登場頻度が高い始末である。

 そして男友達がいない悲しみ。


「その方は叔父様のことが好きなんですわ」


「あっはっはー、無い無い」


 こういうのは大体無いと言ってたらあるものだが、シルヴィに関してはガチで無いわ。

 あの子まだ恋愛とか分かってないんじゃないかなあ。


 アリスのほうがおませさんの可能性すらある。

 いや、アリスはまだピサンリから出たことはないし、出会いそのものが無いか。


 でもシルヴィの行動を恋愛に絡めて考えてしまう辺り、恋愛に興味はあるんだな。

 とは言っても恋に恋するお年ごろだろう。

 それにしたって早いとは思うが。


「きっとそうですのに」


「アリスも、アンリも間違ってると思う。シルヴィはアンリのこと好き。だけどアリスの言ってるような好きじゃない」


「そうかな。嫌われていると思うんだけど」


「嫌っていたらあんなに関わっては来ないもの」


「それもそうかも知れないな」


 うーん、人間的に好意は抱いている、ということか?


 言われてみれば俺だってシルヴィと競い合っているが、もちろん嫌っているわけじゃない。

 むしろ好意を持っている。

 良くも悪くもあれだけ真っ直ぐな子は中々いないものな。


 そういうことなら新学期になったらもうちょっとシルヴィに優しくしてあげよう。


 べ、別にあんたのことが好きだからじゃないんだからね!


 その後、アリスともネージュとも別れ、屋敷の自室に帰る。


 部屋は綺麗に掃除されていた。

 俺が居ない間もこうして掃除は欠かされていなかったのだろうか。


 途中、メイドの仕事をしている母さんとリーズ姉の姿は見かけたが、屋敷の中で馴れ馴れしくはできない。

 実の家族だとは言っても、俺はすでに伯爵家の養子なのだ。


 晩餐時にダヴィド夫妻とも顔を合わせた。


 2人は学園の話を懐かしそうに聞いていた。

 なんでも2人が出会ったのは学園でのことだったらしい。

 貴族らしく恋愛結婚ではないのだが、以前から顔見知りだったというわけだ。


 知り合いと見合いするってどんな感じなのかね?

 って、俺とリディアーヌみたいなものか。




 夕食後に俺は屋敷の敷地内にある家族の住む家を訪ねた。


 最近まで住んでいたのに、訪ねる立場になっていることが寂しい。

 なんか他人行儀じゃん。


「こんばんは。父さん、母さん」


「違うでしょ、アンリ。ただいまでいいのよ」


「……ただいま」


 他人行儀にしてしまっているのは自分自身だった。


「おかえり、アンリ」


 皆から口々におかえりを言われて、ちょっと目が潤む。


 そうだよな。

 やっぱり俺の家族は、この人たちだ。


 俺はいっぱいの笑顔を浮かべて家族の中に飛び込んでいった。




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本日は異世界ファンタジー週間155位、総合週間286位でした。

ついでに異世界ファンタジー月間はどれくらいにいるんだろうと思ったら、362位でした。

投稿開始からまだ一ヶ月経っていないのに、これは中々いいのではないでしょうか。

皆様のおかげです。ありがとうございます!


まだの方は作品フォローと☆☆☆での評価をよろしくお願いいたします。

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