第1章 大氾濫 10
父さんと母さんに抱きしめられて眠った翌日、午前のうちにジルさんは俺の衣服を届けてくれた。
着慣れた服に袖を通した俺はアドニス村の状況を見に行くことにした。
とは言っても町中から飛び立つわけにはいかないので、ジルさんに馬車に乗せてもらい領主の屋敷の庭園まで移動してからだ。
高度に余裕を持たせてアドニス村へ。
一日ぶりのアドニス村は特に変化はなかった。土壁も破られていないし、狼たちも健在だ。
さすがに実体化させていない狼は時間切れで消滅してしまっていたが、実体化した狼たちだけで魔物を追い払うには十分みたいだ。
さて、アドニス村の避難が終わった今、狼たちを自由にしてもいいのだが、村には何頭もの馬や犬が取り残されている。
餌や飼葉を撒き散らして自由にさせているので餓死するまではかなりの時間があるだろうし、守ってやらない理由もない。
わざわざピサンリに運ぶほどの理由も思い浮かばないが、特に労力を払わず守れるなら守ってやろうと思う。
さてそのためにも大氾濫は早く解決する必要がある。
解決できるかどうかは分からないが、大氾濫とやらの原因に興味もある。
とりあえずは現地に行ってみるか。
俺は高度を上げ、西に向かって飛んだ。
アドニス村から西に20キロほど。
俺は大氾濫の中心地付近にやってきていた。
俺が作ったクレーターが目印だ。
いやあ、分かりやすくていいですね。
探知魔法を広げると、周辺の魔物の数は減っていないことが分かった。
あれだけの数が外に漏れ出して行っているのに、中心地での魔物の数が減らないとはどういうことだろうか。
それから異様なのは周辺を飛び交う飛行型の魔物たちだ。
飛行型の魔物たちは外に溢れ出していない。
もしこいつらがやってきていたら狼たちや土壁だけではアドニス村を守れず、なにか空を飛ぶタイプの召喚獣を呼ばなければならなかっただろう。
そいつらは大氾濫の中心地の上空を飛び回っている。
まるでここから離れられない理由でもあるみたいだ。
つまり大氾濫の中心地には魔物を引き寄せる何かがあるってことかも知れない。
俺はさらに高度を上げ、中心地の上空を目指す。
魔物たちの上空を取ったは良いが、高すぎて地上の様子がよく分からないな。
困ったときは魔法頼みである。
望遠魔法を使い、上空から地上の様子を垣間見る。
「……!?」
俺は悲鳴をこらえる。
大氾濫の中心地にいる魔物は、外に溢れ出してきた魔物とは明らかに一線を画していた。
なんせドラゴンとかが群れを作ってるもん。
ありゃやべーっすわ。
あのでっかい獣はベヒーモスってやつですかね。
まあ、適当に言ってますけど。
ここだけ完全にラストダンジョンと言った趣だ。
こんなもんが溢れ出したらピサンリだって危ない。
かと言って俺の爆裂魔法で処理しきれるかというと、そんな数ではない。
そもそもどこまで効果があるか分からない。
もともとそんなつもりはないが、大氾濫の中心地の魔物を屠って終わりというわけにはいかなさそうだ。
それにしてもいわゆる最強種の見本市みたいな状態ですなあ。
そんなことを思いながら地上の様子を眺めている俺の目にふと全裸の女の子が映った。
「は……?」
なにかの見間違いかと目を擦るが、女の子の姿は消えない。
確かにいる。
ひときわ大きいドラゴンたちに囲まれて、地面に倒れている。
意識があるようには見えない。ドラゴンたちは少女にその顎を向ける。
「うおおおおおおおおっ!」
無茶だとか無謀だとかは考えなかった。
目の前で誰かが食われることに比べたら、ドラゴンの顎の前に飛び出すほうがまだマシだ。
風の刃で飛行型の魔物を蹴散らしながら急降下する。
ドラゴンたちの鼻先、その息がかかるような位置に着地。
倒れている少女に飛翔魔法を掛けて、一気に飛び上がる。
高く、雲と同じ目線になるほど高く飛び上がって、それでようやく息を吐いた。
ってか、マジで怖かったー!
魔法の力があり、魔法障壁を張れるとは言っても、肉体はただの子どもだ。
噛まれたらひとたまりもない。
少女がいたから魔法障壁を張って降りるわけにもいかなかったんだよな。
「しかし……」
改めて見ると驚くほどの美少女だ。
リーズ姉より年上だろうが、前世の記憶のある俺からすれば十分以上に少女である。
たぶん、この世界で成人を迎えたかどうかというところだろう。
つまり15歳前後に見える。
流れるような銀髪に、整った顔立ち、スレンダーな体つきに、髪の毛の合間からは尖った耳が飛び出している。
初めて見るが多分エルフというやつだろう。
それがどうして大森林のこんなところで気を失っているのか。
「ちょっとは考えさせろよ!」
下方に向かって風の刃を放つ。
切り裂かれた魔物たちが勢いを失って地上へと落ちていく。
さっきまでは上空にいた俺のことなんて見向きもしなかったのに突如としてこちらに向かってくるようになった!?
いや、狙われているのは彼女か。
翼のあるドラゴンたちも上昇してくる。
こんなの相手にしてられるか。
隣で浮いている少女の体を抱きしめて、とっておきの転移魔法でその場から消える。
次の瞬間、俺はアドニス村の上空にいた。
「ふぅ……」
本当はこの魔法を使えばアドニス村からの避難も楽だったとは分かっていたんだが、流石に人に知られたらまずいと思って封印してたんだよな。
そんなことを考えながら地上へと降下する。
とりあえず少女をこのままにしておくこともできないだろうと、自宅へ戻り、リーズ姉のベッドに寝かせておいた。
さて助けたはいいがこれからどうするべきか。
俺は腕を組み考える。
魔物たちが彼女を狙っていたのだとすれば、ピサンリに連れて行くわけにもいかない。
ピサンリの防壁もドラゴンの群れには無力だろうし、飛行型の魔物が町を襲うことを考えたらゾッとする。
それからエルフが人間の間でどんな風に思われているかも分からないしな。
起きてから故郷を聞いてそこに帰すのが一番な気がする。
一方、探知魔法は生き物の集団がアドニス村に向けて一斉に動き出したのを感知している。
中でも速度の早い集団は飛行型の魔物たちだろう。
俺の全速力には遠く及ばないが数時間もかからずにアドニス村に到達する。
現有戦力ではあの魔物たちを相手にすることはできない。
強さもさることながら、飛行型の魔物が多くいることが理由だ。
しかし俺は転移魔法でアドニス村に移動したのに、連中どうしてここが分かるんだ?
考えられるのは彼女が発する何かに引き寄せられているということだ。
フェロモンのような誘引物質……、いや、それにしては連中の移動が早すぎる。
もっと直接的な何か……。
そこまで考えて不意に俺と召喚獣の間に結ばれているリンクのことを思い出す。
あれか、あれに類似した何かで少女と魔物たちは繋がっている?
彼女の体内の魔力を探るが、それらしき繋がりは感じない。
しかし彼女を隔絶することに意味はあると感じた。
「せっかく意識が無いんだもんな」
俺は彼女の体に毛布を巻き付け、そのまま収納魔法に格納する。
しかし彼女が意識を取り戻した瞬間、全裸の少女が弾き出されてくるとかとんでもない時限爆弾だな。
分かっていても避けられないのが辛い。
毛布を巻きつけたから多分毛布と一緒に弾き出されてくるはずだ。
そうでないと本当に困る。
いや、事態が収束するまではひとまず時間を止めておけばいいか。
そのまま忘れて塩漬けにしてしまいそうで怖いが、時限爆弾のタイマーが進む音を聞き続けるよりマシだ。
そして俺の予想通り、魔物たちの動きは急にバラバラになった。
連中は彼女に引き寄せられていて、収納魔法に入ったことで居場所が分からなくなったのだ。
そして魔物たちは拡散していく。
彼女を探しているのかも知れない。
これはこれで不味いな。
飛行型やドラゴンのような最強種がピサンリに向かうかも知れない。
小型の飛行種だけならともかく、最強種に対抗する力はピサンリには無いだろう。
俺は転移魔法でピサンリ上空に移動した。
ここから大氾濫の中心部は遠すぎて探知魔法も届かない。
北北西、大氾濫の中心部方面に向けて移動を開始する。余力を残すためにそこそこの速度で20分ほど、飛行型の魔物の群れが前方に見え始める。
「さて、俺の力がどこまで通用するか。やってみるか」
少女を助けに飛び込んだ時とは違い、魔法障壁を張っていられるし、転移でいつでも逃げられる。
最悪、ピサンリが滅ぶようなら家族だけでも連れて逃げよう。
そんな後ろ向きな決意をしながら、俺は飛行型の魔物たちを迎え撃つ。
やはり空の敵に有効なのは風の刃だ。
真空の刃が魔物たちを切り刻み、確実に飛行能力を失わせる。
だが広範囲に散らすと、それだけ被害が小さくなる。
突破口を開くのには向いているが、迎え撃つ戦いには向いていない。
となると爆裂魔法か。
少しだけ溜めを作った爆裂魔法は魔物の群れの中心部で爆発し、ぼとぼとと魔物たちが地面に落ちていく。
爆発範囲の外の魔物まで墜落しているのは衝撃波で意識でも失ったのだろうか。
魔力変換容量は一杯まで使うが、こちらのほうが殲滅速度は明らかに早い。
俺は中空に爆裂魔法の華を無数に広げる。
魔物たちは敵わないと見たか、こちらから離れていく。
ピサンリ方面に向かわないのであれば追撃するつもりはない。
「そんなことより本命がおいでなすったか」
一匹のドラゴンが翼をはためかせながら、ゆっくりとこちらに向かってくる。
あんな巨体が空に浮いている。
あきらかに超常の力の介入を感じた。
もしかしたら魔法が無いと思っているのは人間だけで、魔物とかは自然とそういう力を使っているのかもね。
となればなおのこと油断はできない。
ドラゴンと言えばブレス攻撃だが、ファンタジー作品によっては高い知性を持っていて魔法を使ってくる場合もある。
俺は杖を取り出し、全力で相手をすることにする。
まずは俺の持っている最大火力。
爆裂魔法だ。
ドラゴンが近づいてくるにはまだ時間がある。
たっぷりと時間を掛けて魔力を変換し、無理はしない程度で魔法を解き放つ。
ドラゴンを直接狙ったつもりだったが、爆発の起点は少し上にずれた。
抵抗されたのだ。
それでもドラゴンは爆発をもろに浴びた。
吹き飛ばされ、大地に叩きつけられる。
巨体の持つ質量にドラゴン自身が耐えられなかった。
全身から血を吹き出して絶命する。
「一匹ずつならやれるな」
転移魔法でドラゴンの死骸の隣に降り立って収納する。
ドラゴンの素材と言えばレアで高値で売れる素材の代表のようなものに違いない。
というか、よくドラゴン一匹がまるまる収納できたな。
これまでで一番大きな収納物に違いない。
そして特に収納量に限界が来たとかは感じない。
ひょっとして無限に入ったりするんだろうか。
やだ、それってちょっと怖い。
この星をまるごと収納できたりするのだろうか。やらないけど。
再び転移魔法で上空へ。
今度は三匹のドラゴンが同時に近づいてくる。
爆裂魔法で一挙に落とされることを警戒してか、広く間隔を取っている。
なるほど、二匹までは落とせても、その間に三匹目が俺に到達するという計算か。
実際には転移でいつでも逃げられるのだが、そのチキンレースに乗ってやることにする。
ただし使う魔法は爆裂魔法ではない。
光魔法だ。
光を収束させたレーザーはドラゴンの鱗に当たって火花を散らしたが、それも一瞬のこと。その体を貫いて虚空に消える。
「収束させるのが意外に難しいんだなっと」
間を置かずに二匹目にレーザーを当てる。
爆裂魔法と比べれば遥かに魔力効率がいい。
問題は攻撃範囲が直線的なことだろうか。
しかし一瞬で標的に到達する速度がそれを補って余りある。
結局三匹目のドラゴンがこちらに到達するどころか、その半分も来ない内に三匹とも撃墜してしまった。
さっさと転移魔法で死骸を回収していく。
「こりゃちょっとしたボーナスステージだぞ」
大氾濫の中心部の密集具合では対処に苦労しただろうが、これだけ間を置いて襲ってくるのであれば十分に対処可能な上、倒した見返りが非常に大きい。と、思う。
俺は完全に狩人の目付きになって、北からやってくる魔物たちに目を凝らした。
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皆様のおかげで異世界ファンタジー週間381位まで来ました。
もうちょっと頑張りたいので、どうぞ作品フォローと☆☆☆をよろしくお願いいたします。
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