第1章 大氾濫 3

 逡巡はわずかだった。


 今すぐ村に戻り危機を伝えても、どうやってそれを知ったのが伝える術が俺には無い。しかもそれで間に合うという保障はない。


 村には老人や子どももいるのだ。

 魔物の移動速度は速くはないが遅くもない。

 今から逃げ出したとして逃げ切れるとは限らない。


 しかし一方で俺の力ではこの数の魔物を殲滅しきれない。

 とてもではないが魔物の数が多すぎる。


 それでもなにもしないわけにはいかない。


 大きく息を吸う。


 俺の使う魔法とは自分の体内にある魔力を使って事象を引き起こすというものではない。

 あくまで俺の存在は魔力の変換装置に過ぎない。


 だから魔力切れの心配はない。


 だが一方で俺の持つ変換装置には許容限界がある。

 一度に変換できる魔力の量に限りがあるのだ。


 だから大きな魔法を行使するにはどうしても時間がかかる。


 大気中の魔力を吸う。吸い上げる。


 大きく、もっと大きく。


 扱うのは炎、違う、爆発だ。


 できるだけ派手に、村にまで爆音が届くような、未曾有の大爆発を。


 集まった魔力に体が軋む。解き放てと本能が叫ぶ。


 だがまだだ。ぎりぎり限界まで抑えつける。

 狙うのは集団の先頭付近。

 それでは爆発の大半が無駄になるとは分かっている。

 だが数を減らすことを優先して魔物の中心付近に爆発を起こしても、村の方向に向かう魔物に撃ち漏らしが出る。


 正直、これだけの大魔法を放つのは初めてで、どんな反動があるかも分からない。


 この一撃で村方面に向かう魔物を殲滅して、さらには爆音で村に危機を伝え、避難するように仕向ける。

 そこまでできれば合格だ。


 意識が飛びそうになって、俺は限界を悟る。


「いっけぇぇぇぇぇ!」


 解き放つ。

 魔物たちの集団の先頭付近で、光が溢れ――、


 大爆発が夜空を照らした。


 魔法障壁を張っていたにも関わらず俺の体は爆風に吹き飛ばされ、何も見えなくなり、音が聞こえなくなる。

 回復魔法を自分に使いつつ、飛翔魔法を再発動。


 目を開けると俺の体はさらに上空に打ち上げられていて、眼下には巨大なクレーターができていた。

 土が剥き出しになったクレーターの周囲では木々が薙ぎ倒され、至る所で火の手が上がっている。


 自分の引き起こした事象であるにも関わらずその規模に呆然とする。


 がくん、と高度が落ちた。


 あ、まずい。


 俺は慌てて村の方向に移動を開始する。


 猛烈に眠い。


 何度も落ちかけながら、十数分かけて村に戻った。

 狙い通り村では夜半にも関わらず村人たちが家から出て西の空を見上げている。


 自宅の屋根の上に着地した俺は五感を増幅する魔法で彼らの言葉を拾う。


 一体何が起きたのか分からずに戸惑っている彼らだが、今すぐ荷物をまとめて逃げ出すというほどの危機感も感じない。

 どうにも朝になって調査隊を派遣して、という悠長さのようだ。


 探知魔法によれば村に向かっていた魔物たちの先頭集団は壊滅できたが、後続は続々とこちらに向かっている。

 クレーター周辺は避けて通っているため、朝までに村に到達されることは無さそうだが、無いとは言い切れない。


 俺は今にも落ちそうな意識に鞭を打って、飛翔魔法で飛び立つと村の外縁部に降り立った。


 さて、結界魔法で村を覆うというのは一案ではある。

 魔法障壁とは違い、空間を断絶させる結界魔法は発動後の移動ができない。その代わりに強度は魔法障壁に比べて遙かに高い。

 だが俺の意識が途絶えても結界が維持されるかどうかが、試したことがないため分からない。

 結界の魔法を付与した魔道具などを村の周辺に設置すればいけそうだが、俺の意識がその準備をしている間保っていられるとは思えない。


 となればやったことはないが、これを試してみるか。


 俺は収納魔法から無花果の木の枝を削って作った杖を取り出す。

 なんとなくこの魔法では杖の力を借りたほうがいいような気がしたからだ。


 俺の身長ほどもある杖を、月明かりが作る俺の影に当てる。


「おいで」


 俺の影の中から灰色の体毛の狼が飛び出してくる。

 一匹ではない。

 次から次へと影から狼が飛び出してきて、あっという間にその数は百匹を越えた。


 いわゆる召喚魔法だが、実際にどこかにいる狼を呼び出したわけではない。

 魔力を変換して作り出した魔法生物とも言うべき存在で、そう言う意味ではこれは召喚魔法ではない。

 だが見た目はそうなので召喚魔法で通そうと思う。


 数百匹も呼び出すと辺りは狼だらけになった。


「村の周りで寄ってくる魔物を倒せるか?」


 そう尋ねると、狼たちは肯定の意味を込めて一斉に遠吠えした。


 あ、やべ。これだけで立派な異変だ。冒険者がかっ飛んできてもおかしくない。


「さあ、散って。村を頼んだよ」


 狼たちはぱっとこの場を散って森のなかに消えていく。


 俺は迷彩魔法を掛け直すと、飛翔魔法でその場を飛び立って自宅に戻ると、こっそりと部屋に戻り寝床の中に潜り込んだ。


 ちなみに家族はその間、ずっと熟睡していた。睡眠魔法怖いね。




「にいちゃ、おきて……」


 愛らしい声と共に体を揺り動かされて、俺は目覚めた。

 体が怠いのは昨晩遅くまで起きていたからだろう。


「おはよ、アデール」


 何気ない風を装いながら探知魔法を広げる。


 ぞわりと総毛立つ。


 昨晩呼び出した狼たちは役目を果たしてくれていた。

 村に近づく魔物と今も交戦中だ。

 しかしその消耗も激しい。

 すでに数は半数程度に減り、魔物は続々と増えている。


 さらに言えば村はすでに包囲されていた。

 魔物たちは村を狙ってやってきているわけではないようだが、村は西から東に向かう魔物の集団の只中にある。


「にいちゃ、ぱぱとままがきてって」


「すぐに行くよ」


 俺は寝床から起き上がりアデールと手を繋いでリビングに向かった。




「昨晩、いくつかの異変が起きたそうだ」


 父さんの言葉はおおよそ予想の通りだった。

 というか、その異変、大体俺が関わってますからね。

 全部ということもある。


「西の空が燃え上がり、村の近くでは無数の狼の声が響いた。大氾濫に関係がある可能性もある。今、村の冒険者たちが総出で調査に出かけているが、どうなるかは分からん。今日は家にいて、いつでも村を出られるようにしておくんだ。いいね」


 すでに手遅れだとは言えなかった。

 避難をしように街道には魔物が溢れかえっている。

 そしてこうして話をしている間にも狼たちはその数を減らしている。

 補充をしなければ戦線は崩壊する。


 魔物が村を蹂躙したとしても俺は逃げられる。

 飛翔の魔法で飛んでいけばいい。簡単だ。

 だが飛翔の魔法で連れていけるのは俺以外には数人、たぶん2人が限界だ。

 俺の集中力がそんなに無い。


 村人すべてを、とは言わないが、せめて家族くらいは守りたい。

 いや、やっぱり顔見知りには死んで欲しくない。

 そうなるともう選択肢はない。


「アンリ、どうした?」


 リーズ姉も、アデールも頷いたのに俺だけ微動だにしなかったからだろう。

 父さんがそう問いかけてきた。


「父さん、ごめん!」


 どうやっても説明できる気がしなくて、俺はそう言うと家を飛び出した。


「アンリ!」


 母さんの悲鳴のような声が上がったが、振り返らない。


 村の中は騒然とした雰囲気だった。

 大人たちが剣や槍を手に慌ただしく駆け回っている。

 冒険者も、そうでない人も、悲壮な表情を浮かべて村の外縁部を目指していく。


 大人たちにはすでに周知されているのだ。

 おそらく父さんと母さんも子どもたちに家を出ないように言い含めた後、この決死の防衛戦に参加するつもりだったのだろう。

 子どもたちを家から出さないのは一秒でもその死が遅くなるように。

 王国からの救援がやってくることを信じて。


 だが救援は来ない。

 来るとしても間に合わない。

 探知魔法がその兆候を捉えていないからだ。


「アンリ、家に戻るんだ!」


 後ろから追いかけてきた父さんが俺の肩を掴もうとした。

 それをひらりと躱して、俺は収納魔法から無花果の木の枝の杖を引っ張り出す。


 突如俺の手の中に現れた大きな杖を見て、父さんがぎょっとする。


「アンリ、それは」


 俺は許容量を使い潰していた探知魔法を切って、大きく息を吸う。

 そして自分の影にそれを突き立てた。


 俺の影から灰色の狼たちが飛び出してくる。


 父さんが驚いて一歩後ろに下がった。そのことがひどく悲しい。


 だがもう始めてしまったことだ。止められない。止めるわけにはいかない。


 突如として村の中に現れた無数の狼たちに村人たちも狂乱に陥った。

 慌てて武器を構える。

 だが狼たちはそれを無視して村の外に走り去っていく。

 その間にも俺の影からは次々と狼たちが生み出され、戦線へと投入されていく。


 村人たちは誰が狼たちを呼び出しているのか気付いたようだ。恐れを露わにしながら俺に武器を向ける。


「アンリ、止めるんだ!」


「狼たちは味方だよ」


「そういうことじゃない。おまえはなにをして、おまえはいったい……」


 村人たちは俺に武器を向けたはいいが、次々現れる狼たちに恐怖して前に出ることはできずにいる。数匹の狼が前線には向かわず、俺を守ろうとするように残っていることも大きい。それで父さんも俺に近づけずにいる。

 見知った人々の恐れの視線が悲しいが、今はこの手を止めるわけにはいかない。


「その子を止めろ。ダニエル。おまえの息子だろう!」


 父さんに怒声を浴びせた村人の前に一匹の狼が躍り出て唸り声を上げる。


「ヒッ……」


 その村人は情けない声を上げて後ろに下がった。それに満足したのか狼は俺を守る位置に戻る。


「悪魔の子だ……」


 誰かが呟いた。


「大氾濫を起こしたのもあの子に違いない」


 誰かが石を投げ、それを狼が飛び上がってその身に受けた。狼たちが怒りに唸り声を上げ、村人たちを威嚇する。しかし狼たちが村人に直接危害を加えるわけではないと気付いたのか、散発的に投石が行われ始めた。

 仕方なく魔法障壁を張る。許容量を消費するが、俺を守って狼たちが傷つくのも気分が良くない。しかし不可視の壁によって投石が弾かれると知ると、かえって投石の頻度は上がった。


「止めろ! 止めてくれ! 俺の息子なんだ!」


 父さんが俺と村人たちの間に立ちふさがった。そんな父さんにも容赦なく投石が行われる。魔法障壁の中にいない父さんには投石がそのまま降り注ぎ、その体を打った。


「あっ……」


 自分でも驚くほどあっさりと俺はキレた。


「殺すな、でもやれ」


 狼たちは我が意を得たりとばかりに村人たちに飛びかかっていく。数人が狼に抑え込まれ、残りは散り散りに逃げていく。

 俺は召喚魔法を中断し、膝を付いた父さんに回復魔法を掛けると、狼に抑え込まれた村人のところへ行った。


「次に俺の家族に手を出したら誰であろうと八つ裂きにしてやる。他の村人にもそう伝えておけ」


 そして俺は杖を手に空に飛び上がった。




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作品フォローと☆☆☆をよろしくお願いいたします。


また下記作品を連載中です。どれもよろしくお願いいたします!


九番目の貴方へ

https://kakuyomu.jp/works/16818093075077395355

私たちの思う、いわゆる"人類"の存在しない、8種の知的種族が同居する大陸のうち、猿族の国家、煌土国で"宝玉"を巡って巻き起こる騒乱を描いた作品となっています。

完結まで毎日更新予定です。


異世界現代あっちこっち ~ゲーム化した地球でステータス最底辺の僕が自由に異世界に行けるようになって出会った女の子とひたすら幸せになる話~

https://kakuyomu.jp/works/16816700426605933105

タイトルでもう説明不要かと思います。そのまんまです。

しばらく休載させていただいておりましたが、週一くらいのペースでのんびり復帰しております。

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