第7話 乙女ゲー「キミパス」

 馬車に乗って城壁都市ウォールまで向かう。馬車で2時間程度かかる。ブラッドレイン家の土地が広大で地主でもある分、周辺の街からは遠い。お供にはアイナ。戦闘力を考えればアイナはふさわしくはないが、ロザリア様は魔法使いなので護衛は不要ーーとアイナが言ったのと、これ以上屋敷内に私のポンコツっぷりをできるだけ広めたくないという私の思惑から付き人はアイナになった。

 魔法使いなので護衛は不要。確かに、ゲームの作中での強さであれば私ーーロザリアには護衛はいらない。中ボスと言ってもかなり強く、作中難易度的にはラスボスに次ぐ。確かに能力的にはロザリアより強いダンジョンボスはいくらでもいるのだが、その時には主人公は成長しているのでそこまで苦戦はしない。ロザリアはその出てくるタイミングが絶妙で強敵なのだ。例えるなら、ドラクエ6のムドーのような。

「う〜ん……まずい」

 馬車の中でため息をついた。

「どうしたのですか?」 

 とアイナ。

「驚かないで聞いてほしいんだけど」

「なんでしょうか。もう驚くことばかりなので驚くことはないですよ。なんでもこい、ですよ!」

 アイナは力こぶを作るように腕を曲げたが、力こぶは全然できてない。かわいい。

「なら安心ね。私、魔法の使い方忘れちゃったんだけど」

「は!? はぁ〜〜!?!?!??!!?」

 めっちゃ驚かれた。

「え、それは本当にまずいです。だって護衛をなしにしたのもロザリア様の魔法頼りなんですよ!」

「そう、だよね」

 と私は苦笑い。

「魔導書を持っていると狙われる、とは限りませんが、狙われたらひとたまりもありませんね」

「確率はどれくらいだと思う?」

「10%くらいでしょうか……。頻発する事件というわけではないので」

 まあ、ならいいか。あるいは、破滅フラグの力がトラブルを引き寄せてしまうかもしれないけど……。

「ねえ、アイナ。魔法の出し方ってわかる?」

「申し訳ございません。私のような魔法の使えない下級市民には全くわかりません……」

「いいの、アイナが申し訳なさそうにしないで。私が元凶なんだから」

 ゲーム内転生モノには2種類ある。1つはステータスやアイテムなどのUIが転生者の意思で表示されるものと、そうでないものだ。近年はUIが出る転生モノは多いが、私の場合はそうではないのかもしれない。あるいは何かをすれば出てくる可能性もあるが、少なくとも現時点まで出てきたことはない。もし、UIが出るタイプだったら、コマンドから魔法が使える可能性はあったのだけれども、そうではないからどうしようもない。

 転生後に魔法を使えないか試したことは実はあった。念じたり、独自の詠唱を唱えたりしてみたけど、どうにもならなかった。きっと、この身体の使い方をマスターしていないのだ。例えるなら、鉄棒の逆上がりは身体的にはほとんど誰でもできるはずだけど、コツを掴まなければ難しい。天才であれば1回でできるかもしれないけど。どうやら、私は天才ではない。ロザリアはどうなのか知らないけど、彼女だって子供の頃から魔法を使うための練習をしてきたのではないか。

「はぁ〜、やっぱダメだ」

 アイナが見守る中、馬車の中で念じたり唸ったり祈ったりしてみたけど全然ダメ。というかそもそも血を操ったり、生み出したりするイメージが湧かない。ゲームでは魔法の発動エフェクトだけだったし……。

「頭を打つ前のロザリア様ならできたんです。大丈夫ですよ」

 そのアイナの言葉とは裏腹に、その頑張って作った笑顔からなんとも微妙そうな様子が読み取れる。

 魔法を使う練習はやめて、窓から外を眺める。馬車は森の中を進んでいる。ここはどこらへんなのだろうか。ゲームのことを思い出す。

 キミパス。乙女ゲー『君と愛を紡ぐキャンパス』。どんなゲームなのかというと、アトリエシリーズとペルソナシリーズを混ぜて乙女ゲー要素マシマシにしたような作品である。

 ちょっと前もドラクエの例えを出したことからわかるように、私は結構、いやかなりのゲーマーだった。もちろんアニメも見るから、ゲーマーでアニメも見るとなればそれはもう立派なオタクだ。普通の女子高生、と言ったけれど、正確に言うなら転生前は普通のオタクの女子高生なのだった。普通、と思いたい。ただ、オタクと言っても陽キャ寄りです。閑話休題。

 キミパスはルルド魔法学園で三年間を過ごし、その間に攻略対象キャラと交流を深めていくゲームだ。1年ごとに進級試験があり、特定の条件をクリアしなければゲームオーバーになってしまう。1年生の進級試験では覚えた魔法の種類の数が試される。魔法を覚えるには魔法同士をかけ合わせたり、アイテムとかけ合わせたりと、これがアトリエの調合みたいになっている。この世界では魔法は1種類しか覚えられないけど、主人公は特別なので違う。ペルソナ要素としては時間を使って攻略対象キャラと接して交流度を上げ、交流度の上昇によって主人公やその仲間キャラのステータスも上がるというもの。MAXになると恋人になれる。交流度上げにかまけていると、進級試験に落ちたり、レベルが足りずロザリアに負けたりと結構難しい。乙女ゲーではあるものの、誰かと恋人にならなくてもラスボスを倒せばエンディングは迎えられる。ラスボスを倒した主人公はそのまま独身を貫きました完、みたいな悲しすぎるエンディングになっちゃうけど。

 キミパスにはフィールドマップがあった。城壁都市ウォールはルルド魔法学園の南西に位置している。トーラド地方の都市だ。正直、ゲーム内での特色はあまりない。周囲のダンジョンも店の品揃えも、全然覚えてないくらい。ただ、城壁都市に似合うイベントがあって、それはモンスター侵攻イベントだ。主人公はこれの救出に向かわなくてもいいんだけど、その場合城壁都市ウォールがなくなってしまう。そして、ウォールがなくなった場合、なぜかロザリアの強さが増す。……当時は不思議だな〜と思っていたけど、これ侵攻止めないと家をぶっ壊されて主人公を逆恨みするやつか? 

 なんか嫌なフラグばっかりだ、と私はため息をついた。何もわかっていないアイナは魔法頑張ってくださいと応援してくれる。

 もうアイナだけが癒やし。

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