第6話 セーブポイント

 目を覚ますと朝で、布団の上に寝てしまったのだけれどもいつの間にか毛布が掛けられていた。きっと、アイナが掛けてくれたのだろう。起き上がると部屋の掃除をしているアイナが気づいた。

「おはようございます、ロザリア様」

「おはよう、アイナ」

 アイナは何かの石を持って駆け寄ってきた。そして、手を開いてそれを私に差し出した。綺麗な真っ白な石だ。宝石ではなさそうだけど。

「これ何?」

「魔力石ですよ、お忘れですか?」

「お忘れです……」

 ゲームに出てきていないのでお忘れどころか見たこともない。

 アイナは私がポンコツであることをわかっているので驚かないし気にしない。

「これは魔力を持つ人間が握ると数字が出ます。それで魔力がどれくらい残っているかがわかります。魔法使える人は、ある程度は残存魔力がどれくらいかわかるそうですけど正確ではありませんからね。さっ、握ってください」

 ゲームではMPはステータス画面で見れるのでそのような石は必要ない。だから、ゲームには登場しなかったのだ。あるいは、ゲームキャラは見えないところでこの石を常に握っているのかもしれない?

 石を受け取って握ると、数字が浮かび上がる。99。

「パーセンテージ?」

「はい。ほぼ魔力は満タンみたいですね。怪我の後なので心配でしたが安心しました」

 アイナは胸を撫で下ろした。

「HPがわかる石とかないの?」

「HP…?」

「わからないなら大丈夫」

 ゲームのメタ的な部分は通じないらしい。

「ロザリア様、顔を洗って朝食です。さあ、行きましょう」

 私はアイナに手を引かれて部屋を出て、トイレを済ませ、顔を洗っているといつの間にかアイナはいなくなっており、部屋に戻るとアイナもいて、朝食が準備されていた。大きな皿に小さな可愛らしいパンが数種類並べられ、その隣には紅茶が注がれていた。朝食は個人の部屋で取り、昼食や夕食は食堂というのがブラッドレイン家の慣習らしい。

「本日、4月7日のご予定ですが」

 パンを食べている私にアイナは言う。

「一冊、本をご購入されに行く、とのことです。5日ほど前にロザリア様からそう言いつかっています」

「本って何の本? 学校のもの?」

「新しい魔導書、と聞いております。詳しくは存じ上げませんが、学校で使うこともあるかもしれません」

「配達というシステムはないんだっけ?」

 アイナは私がどれほどポンコツになったのかを見極めるように数秒考えた後、口を開いた。

「もちろん、配達はございます。通常は馬車による輸送ですが、高い料金とコネクションがあれば希少な空飛ぶ魔法使い様に依頼することが可能です。ただ、魔導書の類はそれ自身が持つ魔力や希少性故に個人への配達は行われておりません」

 ゲームにおいても魔導書は魔力を上げる装備品である。ゲームでは希少性……はあまりなく、結構な頻度で手に入るし店で買える。

「個人に配達しないって、山賊に狙われたりするからってこと?」

「そうです。それ以外にも、業者が魔導書を奪って逃げるということもあります」

「ただの魔力増強アイテムなのに、ねぇ」

「お言葉ですが、ロザリア様、魔導書によっては私のような魔力を持たない人間でも魔法を使えるようになるものもあります。喉から手が出るほどほしいと思う人間も少なくありません」

「なるほど。それならその気持ちもわかるかも。ところでアイナ」

「なんでしょうか」

「パン、いる?」

 私は小さなパンを3つ食べたところでお腹いっぱいになっていた。残り1つだけど食べ切るのは苦しい。

「め、滅相もございません。私のような下賤なものがロザリア様と同じ食べ物を口にして良いわけがありません」

「別にそんなこともないと思うけど……。以前の私は食べ切ってた?」

「いくつか残して、あとは捨てるように命じておりました」

 なんてもったいないことをするんだ、ロザリア……。こんなに美味しいパンを捨てるなんて!

「嫌じゃなかったらアイナ、食べてくれない? 本当に、食べたい気持ちがあればでいいんだけど」

 食べ切れなかったマフィンのようなパンを指で摘み、アイナに見せびらかす。彼女は物欲しそうな目で見つめ、だらしなく開けた口からよだれを垂らしたことに気づくと、手でそれを拭いた。じゅるり、という擬音がよく似合う。そして、ぐぅ、とアイナの腹部から音がすると、彼女は恥ずかしそうに顔を手で覆った。

「素直になっていいのよ」

「た、食べたいです〜〜!」

 アイナに渡すと、本当に美味しそうに食べ始めた。

「こんな美味しいもの初めてです!!」

 入れ替わる前のロザリアは、誰かが喜んでくれることがこんなにも自分も嬉しくさせるということを知らなかったのかもしれない。

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