第5話 シャーレ

 ――蒼い月は夢に浮かぶ。


「君が行きたかったところって、ここ?」


 陽の下ではまともに歩けない。気が引けるけど、マガトの肉人形を杖代わりにするしか無かった。無理矢理魔族に仕立てたマガトは不安定で、二人三脚でなければ進めない。

 

「…………」


 陽光の下、ふらついた身体をマガトによって支えてもらう。そしてマガトの方も身体を支えてもらわなければ上手く動けない。

 ルーナは背の高いマガトを支えるので精一杯だった。

 マガトはゆっくりと頷いた。

 多くの人が行き交う、巨大な都市だった。

 

 ――大きな街だね。

 

 マガトはひとりでに歩き出す。

 ルーナはその後についていった。

 

「…………」

 

 指を指した先には、騎士団の詰め所だった。

 

「ここ?」

 

 正門にいた衛兵の一人が、こちらに気がつく。

 

「二人とも具合が悪そうだが、どうしたんだ?」

 

 マガトの異変に気がつき、ルーナに事情を問うた。

 しかしルーナはひどく憔悴しきっているようで、衛兵が話しかけても反応が薄かった。

 

「村で一緒だった彼が、急に体調が悪くなったの。それで……どうすればいいか分からなくて」

 

 その時、いきなりマガトが暴れ出した。


 ――器が暴れ出した。

 

 傍にいたルーナを投げ飛ばし、衛兵に向かって鋭利な牙を出して襲いかかったのだ。

 

「ひっ!」

 

「魔族堕ちだと?!クソったれ!」

 

 即座に剣を引き抜き、マガトの突撃を剣で受け流す。

 しかし勢いが逸れた先に、ルーナが腰を抜かして座り込んでいた。

 

「やめてよ……」

 

 マガトは止まらず、ルーナに大きな口を開いた。

 

「やめろ!」

 

 その寸前にて、衛兵がマガトの首を落とした。

 返り血が衛兵と、ルーナに飛び散る。目の前で人が殺されたと言う光景に、わざとらしい悲鳴を上げざるを得なかった。

 

「お嬢さん、その前に血を落としてください!感染してしまいます!」


 ――まさか自分から騎士団のところに行くとは思わなかったよ……


 こうして――クズ同然の立ち回りによって――宿泊費を浮かせることに成功した。

 

 三食食事付き、風呂完備に加え、数時間コースの取調べがついてきたのは置いておき。

 ヒトを食べていた時代は跡形なく食い尽くしていたものの、食べないとなれば死体の処理が必要だった。

 ルーナはそれが苦手なものだから、道端に放置して騎士団に処理してもらうことを度々行なっていた。

 

 ――そもそも殺したくないんだけどね。

 

 魔族とヒトは生物的に異なるが、吸血鬼の増殖方法と同様、魔族の血液を分け与えるとヒトから逸脱する。

 即ち、魔族堕ちである。

 人間の慣れ果てとも言うべきその存在は、魔族でもヒトでもない、全てにおける紛い物に他ならなかった。

 それを仕立て上げたのは勿論、ルーナである。


 翌朝には解放された。

 は良いものの、ルーナにはお金も売れる物も無かった。

 旅人は旅をするだけの人間で、物語を持ち込めば泊めてくれると言うことは、ある程度裕福な家で無ければ通らない。

 その裕福な建物に寄ったのだが、全部門前払いを食らってしまった。

 いつもの事だ。

 ルーナはとりあえず冒険者協会に立ち寄った。宿代を稼ぐには、依頼を受けることが手っ取り早い。

 

「冒険者カードの提示をお願いします」

 

 今時冒険者稼業は廃れている。

 昔のような活気はなく、朝立ち寄れば受付しか立っていないのが日常。

 冒険者よりも、戦争の方が稼げるためである。

 

「B級なら、西の畑を荒らす猪を退治してもらえますか?こちらが詳しい依頼書です」

 

 猪の魔獣の撃退、と言う依頼内容で、殺す必要はないとのこと。

 しかし殺せば材料が売れるので、ルーナは快く依頼を受けた。

 

「お一人で大丈夫ですか?宜しければ人を手配しますが」

 

「ううん。大丈夫。お金は独り占めしたいから」

 

 ――山分けって嫌だし。計算がよく分からないし。

 

 受付の人はルーナの服に付いた紋章を見て、一人に慣れていることが分かった。

 

「旅人の方でしたか。心配いりませんね。それでは、いってらっしゃい」

 

 眠気が抜けきっていないので、ルーナの目は酷く細く、何度も欠伸を繰り返していた。

 西の畑は一面が小麦畑で、丁度実りの時期を迎えていた。金色の絨毯に、ルーナは目を輝かせた。

 

 ――こういうのは生で見るに限るね。

 

 広大な小麦畑のどこかを、猪が襲ってくる。

 これだけ広いと倒すことはおろか見つけることも難しい。

 

 ――『天国の光芒』

 

 魔法を唱えるものの、反応がない。

 二十年経って直らない癖は、十倍の年月によって培ったものだ。


 ――目覚めたら、世界が五十年進んでいた。

 

 二十年前、ルーナが目覚めると瓦礫の下にいた。

 それから生き方を身につけて、旅をしている。


 数時間小麦畑を眺めていたのだが、魔獣は一切姿を現さなかった。

 

「全然出てこないよ……」

 

 その時。

 

 ――音。

 

 噂をすれば。

 約三百四十メートル先の畑の端が微かに揺れた。

 何かが畑に侵入したのだろう。

 

 ――『天国の光芒』……じゃなくて。

 

 飛行魔法を使えないのは痛手だった。

 畑の侵入者を確認できない。

 適切な魔法をもって撃退したかった所だが、ルーナはそれを諦めた。

 

「それなら、小手調べ」

 

 ――『土御門の懲罰』

 

 遠隔での魔法発動――緻密な数値計算が入り空中の指定した場所に発動させるのは至難の業で、発動までの調整に長い時間を伴う。

 加えて魔力そのものを飛ばす必要があるため、消費する魔力量は距離に比例して増加する。

 しかし、土を通じて遠隔の位置に土の形状を変化する遠隔発動式魔法は、土に魔力を通すため消費量が削減され、さらに数値が時間につれて変化しないため計算を省略し感覚的に数値を決定してもほとんど命中する。

 ルーナでも発動できる、遠隔発動式魔法である。

 三百メートル以上離れた場所へ、容易く魔法を発動させた。

 突然盛り上がった土は、その対象を捕獲するように全身に覆い被さる。

 そして地面へ磔にした。

 手応えあり。

 手足をばたつかせていて、脱出を試みている。

 ルーナはよりきつく土を締め上げた。

 

「うっ……本当にごめんなさーーーーい!」

 

 そして、誰よりも大きな声で叫ばれた。

 それは、ヒトの幼体の声だった。

 ルーナはどうして畑にヒトがいるのか理解できなかったので、とりあえず声のする方向へと向かった。

 三百メートル以上歩くのは、かなり疲れた。

 

「あの、誰?」

 

「お金がなくて、どうしても小麦が必要だったんです。本当にごめんなさい!」

 

 元気そうな男の子が、泥だらけ――それは魔法のせい――で頭を地面につけて謝っていた。

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