ツバキのウタ

宇治鏡花@

第1話凍えるような声で

「すいませんでした!」

「いやいや失敗は誰にでもあるって」

深々と頭を下げた私に上司の男性は困った顔で言う。

先日の営業先で資料の挿し間違いをしてしまうという失敗をやらかした私だったが、上司が資料のコピーを持っていたのが幸いし、事なきを得る。

だが、私としては今回のことを有耶無耶にしてしまうのは躊躇われた。

そこで何か埋め合わせして欲しいと上司に言うと、これも困った顔で頬をかく。

「次は失敗しなければいいんだし、今日は直帰していいって会社から許可は貰ったからこのまま帰ろう」

「で、でも!」

「僕だってそのくらいの失敗はするし、何かあれば助けてくれるだけでいいからさ。そんじゃ!」

「ぁあ……お疲れ様です」

無理矢理に話を切り上げて、そそくさと走って駅に行く上司に私は届かない声を言う。


──善意の押し付け止めた方がいいよ?

──恩着せがましいことしないで!


過去に女子校の学友だった人達に言われた言葉無い刃を思い出し、胸が苦しくなる。

私は何かしてあげたいと思って行動しても空回りしていることの方が多い、ようだ。

その自覚はないけど、余計なことをしてしまう。それで一時期、人との接し方が分からなくなって人を避けてた時期もあった。

社会人になって3年目。初歩的なことの失敗は少ない方だけど時には失敗もする。

昔の教育係だった上司はそんな私を何かとフォローしてくれて、今回だけじゃなくて、今までのお礼も兼ねて飲みに誘おうとしたが失敗してしまう。

「何がいけなかったのかな」

道中のコンビニで缶コーヒーを買い、駅から離れた近くの公園でベンチに座りながら飲んで、呟く。

何となく腕時計を見る。時刻は20時30分。

別れたのが30分前だから少しだけぼーとしていたようだ。

少し疲れたなとリクルートスーツのスカートに付いた砂を手で払う。

飲み干した缶コーヒーを捨てようとゴミ箱に近付いく──。


「みーつーけーた♡ 」


くぐ曇った声、鼻につく異臭を感じて振り返ろうとした私の意識は後頭部の鈍い音と共に呆気なく霧散した。






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