第11話 まずは
「――まぁ、理由については理解した。それはそれとして――現状お前は、元の世界へ帰ることができない状態にある。であれば、こっちの世界で生活するうえで取り急ぎすべきこととして、必要なものを買い揃えるところからだろう」
「必要なもの?」
「ああ、まずはお前の服だ」
俺の言葉に、また恥ずかしそうに身体をモジモジさせる魔王。
もうパーカーを着ているから分からないだろう……と言いたいところだが、パーカー越しでも小さくない胸の自由度が分かってしまうのは、やはり俺としても目のやり場に困ってしまう。
だから今日のところは、取り急ぎ魔王の洋服を買いに出かけるべきだろう。
それからは、魔王が今日一日何をしていたのかについて色々と話を聞くことにした。
お風呂の話、テレビが面白かった話、それからお昼のパンと牛乳が最強だった話。
どれも興奮気味に話す魔王を見ていると、何だか親戚の子供と話している感じというか、俺まで楽しい気持ちにさせられる。
異世界転移するまでは当たり前だと思っていたことも、俺自身あっちの世界へ行くことによって実は物凄いことだと実感させられたことも少なくない。
だから魔王の気持ちはよく理解できるし、魔王が何に驚いたのか聞かされるというのは単純に新鮮で面白かった。
そうこうしていると、洗濯が終わる。
俺は魔王を連れて、ついでだからと乾燥機の使い方を改めて教えてやる。
まぁ簡単だし俺がやっても良かったのだが、入れ替える際にどうしても肌着類が見えてしまうというのもあったから……。
それは魔王も分かっているようで、少し恥ずかしそうにしながら急いで入れ替えていた。
というわけで、色々と話を終えた俺達は、取り急ぎ洋服を買いに出かけることにした。
賢いジョンも分かってくれたようで、行ってらっしゃいと言うように玄関で見送ってくれる。
ジョンと離れることに若干の寂しさを感じつつも、俺は魔王とともに家を出るのであった。
◇
駅前のショッピングモールへとやってきた。
正直に言えば、もっと目立たないところへ連れてきたかったのだが、如何せん俺には女性のファッションにおける知識がゼロに等しい。
だからここなら、とりあえず沢山のお店があるし何とかなるだろうという安易な考えでやってきたのである。
時計を見れば、時刻は夜の六時前。
あまりゆっくり見ている時間もないため、急いで買い物を済ませることにしよう。
「……なんだここは、異世界か……?」
「そうだ、その異世界だ。ちょっと急ぐぞ」
「あ、ああ!」
周囲をキョロキョロと見回しては、驚きを隠せない様子の魔王。
まぁはっきり言って、異世界と駅前の街並みとでは根本的に違い過ぎるのだ。
俺が向こうの世界で驚いたように、魔王がこちらの文化に驚くのも無理はないだろう。
ちなみに今の魔王だが、魔法でツノは隠しており、水色のパーカーに黒のスウェットパンツ姿。
上下ともにサイズは二回りほど大きく、お世辞にもオシャレとは言えないダルッとした印象。
それでも、この世界ではまず見かけない髪色は目立つし、何よりその容姿だ。
こうして表に出てみると、はっきりと分かる。
元々整っているとは思っていたが、日本ではまず見かけない異国の顔立ち。
その類見ない美しさは、周囲の人々と比べても俺の思っていた以上に特別だったようだ。
俺も昨日まで異世界にいたせいで、どうやら感覚が少々ズレていたようだ。
まぁその異世界基準においても、魔王は相当綺麗な部類だと思うが……。
まぁそんな魔王だ、周囲の人達が思わず魔王を二度見してきていることに気付いた俺は、急いで買い物を済ませることにした。
◇
「ここだな」
「な、なんだここは……!」
魔王を連れてきたのは、女性向けのランジェリーショップ。
まずはここで、下着類を購入して貰うのが今日一番の目的だ。
初めてのショッピングモール。
そして、初めてのランジェリーショップに、魔王はずっと驚きっぱなしである。
「えーっと、ここはこの世界の女性向け下着類を置いているお店だ。俺もその、こういうお店は慣れないのだが……必要だろ?」
「な、なるほど……そうだな……」
俺は魔王と顔を見合わせると、お互い覚悟を決めて店内へ足を踏み入れる。
「いらっしゃいませ~! って、まぁ! 外国の方ですかっ! すっごい美人さんですね!」
入店するや否や、すぐに声をかけてくる女性の店員さん。
店員さんは魔王を見るなり、いきなりテンションマックスで謎の張り切りを見せている。
しかし、俺も魔王も知識ゼロ。
サイズとか色々あるだろうから、ここは店員さんに全て委ねるのが一番だろう。
「ゆっくり見ていってくださいねー!」
「あーすみません。こいつ、こっちの国のことまだよく分かっていないので、良ければ全部教えてやって貰えると助かります」
「まぁ! そうなのですねっ! では、まずはサイズ計測しますのでこちらへどうぞ~!」
「なっ!? シ、シンヤぁ~!」
分からないことは、プロに聞くべし。
というわけで、すまん魔王よ――。
助けを求める魔王に、俺は頑張れとエールを送ることしかできないのであった。
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