第4話 理由

「どうしてって、それはお主に――」


 理由を問いただす俺に、何やら言葉を濁す魔王。

 その理由こそ不明だが、とりあえずこれは不味い事態になった。

 異世界の魔王がここ日本に現れたなんて、最早この国の歴史において未曽有の事態と言えるだろう。

 ひと先ず、何故ここに魔王がいるのかから整理すべきだろう。

 しかし、突如空間転移で現れた存在が、一応は顔見知りの存在だったのは不幸中の幸いと言えるだろう。

 魔王に焦りを悟られないように、俺は平静を取り戻す。


「なんだ? はっきり言え」

「そ、それは……あ、あれだ! 貴様との決着をつけにきたのだっ!」


 決着……?

 待て待て、こいつは一体何を言っているんだ……?


 決着ならば、既にあの時ついているはずだ。


 しかし、ここでまた戦おうと言うならそれは不味い……。

 今ここにいるのは、元勇者と異世界の現役魔王。

 元勇者の俺は、既に当時の力を失ってしまっているが、魔王は魔王なのだ。


 どうやら魔法は扱えないようだが、それだけで手に負えるような存在なら魔王など名乗れないだろう。

 力を失ってしまった今の俺で、果たして相手が務まるのだろうか……。


 顔にこそ出さないが、俺はぐっと危機感を強める。

 そんな俺を前にした魔王は、目を泳がせながらどこか焦っているようにも見えた。


 ――そうか、こいつはまだ俺の力が失われたことに気付いていないのか。


 たしかにまだ、俺には後遺症のような力は残っている。

 しかしこんな程度で、異世界の魔王と渡り合えるレベルではないだろう。

 その事実を悟られないよう、細心の注意を払わなくてはならない。

 だが俺は、その前に一つ気が付いたことを魔王へ伝えることにした。


「決着はもうつけてきたはずだが、その前に。――お前、帰れるのか?」


 そう、俺が真っ先に気になったこと。

 それは、この世界では魔法は使えないけれど、元いた世界へどうやって帰るつもりなのかという疑問だ。


 魔王ほどの強者であれば、異世界へ転移してくることにも一応納得はいく。

 しかしこの魔王は、先程この世界での魔法の行使に失敗して見せたのだ。

 つまりそれは、帰還のための転移魔法も扱えないということではないだろうか……?


「はぁ!? バカにするでない! さっきは上手く行かなかったが、帰還の仕方ぐらい心得ておるわ!」


 あまり我を舐めるなと、魔王は片手を高らかに天へ掲げる――――も、やはり何も起きなかった。

 それからプルプルと震えだす魔王は、焦った表情をこちらへ向けてくる。


「……ど、どうしよう」

「……まさか、本当に帰れないのか?」

「そうかも、しれない……」


 その反応から、俺の不安は的中してしまう。

 どうやら魔王は、何も考え無しにここ日本へ来てしまったようだ。

 それがまさかの、片道切符になるとは露知らずに……。


「行く当て……なんか、あるわけないか」


 呆れる俺に、力なく頷く魔王。

 相手は異世界の魔王様だ、ここ日本に行く当てがある方が困る。


 目の前には、かつて命を懸けた本気の戦いを繰り広げた魔王の、何とも情けない姿。

 そのあまりのギャップに、俺は思わず溜め息が出てしまう。


「はぁ……誰かに見られても不味い気がするし、とりあえず来るか?」

「く、来るとは、どこへだ……?」

「まぁ、俺の家しかないよな」


 仮にも俺は、元勇者。

 このまま異世界の魔王を、こんな日本の公園に放置しておくわけにもいかないだろう――。


「……分かった。では、ここは一旦その言葉に甘えるとしよう」


 少し困惑した様子だったが、意外と素直に頷く魔王。

 こうして俺は、ジョンと朝の散歩をしていたはずが、突如として現れた異世界の魔王を家へと招き入れることになってしまったのであった――。


----------------

<あとがき>

いや、帰れないんかぁ~い!

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