第3話 異変
「ハッ、ハッ」
今日もジョンと、日課である朝の散歩という名のランニングをする。
澄み渡った朝の空気に、街路樹の木漏れ日が心地よい。
女神の言う通り、この世界での時はちゃんと止まっていたようだが、俺からしてみれば一ヵ月ぶりにするジョンとの散歩もといランニング。
後遺症として明らかに強化された身体能力により、以前よりも速いペースで走る俺にジョンもちょっと困惑しているご様子だ。
それでも、俺と一緒に走れることが嬉しいようで、ジョンは今日も元気いっぱい。
そんなジョンの楽しそうな姿を見られるだけで、俺もつい顔が緩んでしまう。
俺は自分でも、あまり感情を表に出すようなタイプではないことは自覚しているのだが、ジョンのこととなれば話は別。
あの魔王と対峙している時ですら、ジョンともうすぐ会えるという期待に胸が躍ってしまったほどに。
「ふぅ、結構走ったな! よーし、いつものベンチでちょっと休憩しようか」
「ワン!」
ハイペースで三十分以上は走り回ったこともあり、いい汗をかいた俺達はいつもの公園のベンチで少し休憩することにした。
ベンチに座って空を見上げれば、そこには雲一つない青が広がっている。
向こうの世界では曇っていることが多かったよなぁと、ついこの間までいた異世界のことを一人ぼんやりと思い出す。
俺はいなくなったけど、あの魔王はちゃんと世界平和の約束を守ってくれているのだろうか……?
なんてことを考えていると、突如異変が起きる――。
パキッと割れるような嫌な音とともに、ぐにゃりと歪みだす空間。
「な、なんだ?」
生まれた歪みはどんどん大きくなり渦を巻くと、そのままブラックホールのような虚空を生み出す。
それは明らかに、本来この世界で起きるはずのない異常現象。
しかし俺には、その異常現象に見覚えがあった。
それはこの世界ではない、別の世界に存在する極大魔法――。
――あれは、空間転移魔法か!?
そう、何者かがこの場所へ、空間転移を試みているのである。
しかし、当然ここ日本に魔法など存在しない。
というか、まともに扱うことすら不可能なのだ。
つまりこれは、異世界へ転移した自分と同じく、何者かが世界を跨りこの世界へ干渉しようとしているということ――。
――そんな危なっかしい奴、こっちの世界に呼んでたまるかよ。
やっと平穏を取り戻したと思ったのに、帰ってきていきなり未曽有の事態である。
俺はもう二度と使うことはないと思っていた、魔法の使用も覚悟する。
「クゥーン……」
隣では、不安そうに鳴くジョン。
そうだ、こっちの世界には大切な家族のジョンだっているのだ。
ならば相手が誰であろうと容赦は無用、絶対に俺が守らなくてはならない――!
だが、こっちの世界での魔法の威力は、あっちの世界のおそらく数万分の一程度。
扱えること自体、本来はおかしなことなのである。
今の自分にはもう、勇者の時のような力などない。
だからこそ、これから現れる存在への緊張が高まっていく――。
この世界で魔法を実現させているのだ、あの魔王をも越える超越者の可能性もある。
もし自分では手に負えない場合、最悪あの女神へ助けを頼むことも視野に入れつつ、俺はまだ見ぬ相手への警戒を強める――。
そしてついに、渦の中から一人の人物が姿を現す――。
「んっ? どわぁああ!!」
しかし、事態は予想外の展開を迎える。
姿を現した者は、きっとそのまま浮遊するつもりだったのだろう。
だが、この世界での魔法の使用はほぼ不可能。
それ故、たった今転移してきた者も浮遊することができず、そのまま地面へと落下してしまった。
「アイタタタ……なんだ? 魔法が使えぬだと……?」
よろめきながら起き上がったその人物は、不思議そうに呟きながら服の汚れを手で払う。
そして、目の前に俺がいることに気が付くと、それはもう分かりやすく驚いた表情を浮かべるのであった。
「ぬぁ!? ま、まさか! 貴様の仕業か!?」
「……違う」
「ならば、何故だ!?」
「この世界のマナは極端に少ないんだよ。だから魔法は基本的に使えないと思ってくれ」
「な、なんだと!?」
俺の言葉が信じられなかったのだろう。
慌てて魔法を行使しようとするも、魔法陣はすぐに消えてしまう。
「こんなの、おかしいではないかっ!?」
「おかしいのはお前だ」
俺は呆れながら、取り乱す目の前の人物へ問いかける。
「――どうしてお前がここにいるんだ。魔王」
そう、突如空中に出現した渦の中から転移してきた人物。
それはまさかの、ついこの間戦った異世界の魔王だったのである――。
-------------
<あとがき>
今度は魔王が、日本に転移してきちゃった!?
さっそくのフォローや感想等々ありがとうございます!
引き続き本作、よろしくお願いいたします!
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