おしまいを謳う

 にゃおん、にゃあにゃあ、なおーん。

 私が鳴いた途端に、すぐ近くにいた同居人が凍りついたように固まり、青褪めた表情になった。

「ちょっと、ネロ、やめてよ」

 同居人であるリリアが私に話し掛け抱き上げる。その手つきは優しかったが、微かに震えていた。

 私の名前はネロ、ということになっている。本当はもうちょっと違う名前が良かったのだが、彼女に私の言葉は通じないので甘んじている。

 そう、吾輩は猫、ならぬ、私は猫なのである。

 リリアが青褪めているのは、単純に私が鳴いたからだ。普段私は滅多に鳴かない。数年に一度あるかないか。そして私が鳴くと、必ず誰かが死ぬ。彼女はそれを恐れているのだ。

 十五年前はリリアの祖父が、七年前は友人が、五年前は彼女の母親が亡くなった。いずれも突然のことだったが、私にとっては随分前からわかっていたことだった。

 人間には一つしかないが、猫には魂が九つある。私は今、九つ目の魂を謳歌中だ。これで死んだらもうおしまい。果てしのない、形のない命の渦に呑み込まれ、消える。

 九つも魂を使えば、生き物の死の気配など手に取るようにわかる。それ以外の、超常現象的なことだって。私たち猫は魂を使えば使うほど、毛色が黒に近付いていく。昔から魔女に重用されたり不吉の象徴として扱われたのはそれ故のことで、人間にはそれすらわからないらしいが、一回こっきりの命だ、仕方ないのだろう。

 抱き上げた私をしばらく撫でながら、リリアは窓の外に目を向けた。

「あれ、あの黄色い飛行機、なんだろう」

 のどかで静かすぎる真夏の昼下がりに、それはとても良く似合っていたことだろう。残念ながら私に色覚はないので何色かはわからないが、淡い色彩で塗られた飛行機が、真っ直ぐに青空を突っ切って飛んでいる。あれが見えなくなった頃、リリアは死んでしまうのだ。

 大きな戦争が十何年も続いているこの世界を牛耳る人間たちが、「結局人間が生きている限り、戦争は終わらないし無くなることもない」と結論付け、人類を抹消するために動いていることが、私には視えていた。もちろん、リリア含め他の人間たちは知る由もない。しかし人の世の地獄が始まる。カウントダウンは終わってしまった。それでもどうか、最期が出来得る限り安らかなものであればいいと思う。十八年間、彼女にはとても良くしてもらってきたから。

 にゃん、にゃん、にゃおーん。

 私はもう一度、謳うように鳴いた。リリアと、それ以外すべての人間たちへの鎮魂歌として。

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