(メイビ―)ハッピーヒューマンエンド
恣意セシル
(メイビ―)ハッピーヒューマンエンド
静かに、時が止まったかのように晴れた夏の真昼。東京でピンク、NYでグリーン、パリでブルー、ロンドンでイエロー……世界各地で、それぞれパステル調に塗られた飛行機が目撃された。戦時下だというのに、それは悠々と、淡い色彩のラインを一本、空に引くかのように空を飛んでいた。見た人もいれば見なかった人もいる。音もなく、逃げも隠れもしないが密やかに、飛行機は飛んでいた。
世界は戦争の只中にあった。
東欧で始まった小規模な紛争が徐々に各地へ飛び火して戦火を呼び、気付けばそれは第三次世界大戦という名前となっていた。
それから十五年。無人戦闘機の撃墜数が増えたり減ったり、市民が犠牲になったりならなかったり、そんな、あるのかないのかよくわからない戦争が続き、気付けば世界は重苦しい灰色の空気で満たされ、いつ何が起きるかわからない不安を無限に圧縮し続けていた。
「なんだろう、あれ」
トミコはアイスを食べながら、ベランダからピンク色の飛行機を目で追う。その日は日曜日で、仕事は休みだった。
戦争が続こうが続くまいが、日常は続く。日本は憲法を理由にひたすら専守防衛に専念していたから、他国に比べればまだマシな状況だった。手取りは減り、税金と物価は上がったが、とりあえず生きてはいける。自国内のどこもまだ戦闘地帯になっておらず、日本国民の死者は国外で戦闘に従事したか、現地で巻き込まれた人しかいない。だからトミコはアイスを口にくわえながら、水色の空に浮かぶピンク色の飛行機を暢気に眺め続けることが出来た。
「飛行機って、あんなに可愛いものだったっけ」
ニュースで映る鈍色や迷彩色に塗られた戦闘機を見慣れてしまった目に、そのカラーリングはひどく異様に見えた。今はもう民間機の飛行は禁止されている。国外旅行は当然、国内での移動も電車のみしか今は許されていない。
飛行機から目を逸らし、トミコはアイスの最後の一口を食べる。そしてそのままベランダの手すりによじ登ると、そこから飛び降りた。NYでも、パリでも、ロンドンでも、老若男女問わず、すべての人類は何らかの方法を使い、一人残らず自ら命を絶った。
ちょうど一か月前、国連で秘密裏に可決された法案があった。それを受け、科学者たちはあるもの――人間の知覚では認識できない毒物の開発に乗り出し、成功した。哺乳類網霊長目ヒト科にだけ効くもので、それを摂取すると自殺するよう脳に働きかけるものだ。各地で見られた飛行機はそれを世界中にばら蒔くために放たれた、希望にして絶望の鳥だった。
こうして戦争は終結し、世界は平和になったのだった。
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