第29話 お約束の冒険者登録

「準備金だけ渡しておくぜ」



 屋敷の前でヨルは言って、大きな胸の谷間に手を突っ込み金貨の入った袋を取り出した。ノヴァは顔を真っ赤にする。



「どこに入れてんのよ!」


「温めておいたぜ」



 レイは受け取って、顔をしかめた。


 

「多すぎない?」


「そっちじゃないでしょ!? え? 何? あたしがおかしいの? それが普通なの!?」


「いやいや、レイヴン様。装備をケチると死ぬんだぜ」


「ねえお願いだから無視しないで!」



 ノヴァがレイの肩を掴んで揺らす。レイは頭をぐらぐらさせながら、



「いいから行こうよ。気にしたら負けだから」


「はあ……まああなたも大概だものね」


「僕は普通だ」


「どこが?」



(まあ嫌われてるけどさ)



 レイは特に何も応えず馬車に乗り込んだ。



「では、行ってらっしゃいませー。夕飯までには帰ってくるんだぞー」



 オカンみたいなことをいうヨルに見送られたあと、馬車に揺られてしばらくすると街が見えてくる。多分ここもヴィラン家の領地なのだろうけど詳しいことはヨルに任せきりなのでレイには解らなかった。



(いいんだ。どうせそのうち追放されるんだから。詳しいこと知らなくても)



 街が近づいてきたあたりからノヴァは身体をそわそわさせて、外に頭を出してわくわくを身体全体で表現していた。街に入る前に馬車から降りて、庶民のフリをして中に入っていく。



「早く冒険者登録しましょ! 知ってる? ダンジョンに入るには冒険者証が必要なのよ!」


「知ってる。まず防具を買おうよ」


「武器ね! 解ってるわ!」



 微妙にずれていることにノヴァは気づいていない。注意しなければ多分、レイは自分を守る防具だけ買って武器の類いを買わなかっただろう。



 とは言え、武器屋に来ると店員はしっかり見ていて、防具だけではなく短剣まで一式買うように促した。レイは「重いなあ」と文句を言いつつも、



(まあ、いわゆる正装だよね。皆が持ってるから持つ、みたいな。僕の場合全く意味ないんだけど)



 モンスターを苦しめるだけである。



 とは言いつつ、正装なので装備することにした。完全にノヴァ任せにしようとしているのが丸わかりである。



 対して、ノヴァはウキウキが止まらないのか、全くレイの方を見ていない。小さな盾と剣を買って、鎧も軽装のものを買っている。



(ゲームだともっと重装備だったような気がするけれどそれで足りるのかな? まあ最初だからそんなに怪我するようなクエスト受けないけどさ)



 まあ良いかと思いつつ武器屋を出て冒険者ギルドへと向かった。



 十一歳というまだまだ子供な二人である。ギルドに入るとじろりと見られてノヴァは萎縮しているみたいだった。レイはそういう視線に慣れているので平気な顔をしていたけれど。



「あなた随分堂々としてるのね。怖くないの?」


「いつものことだから」


「……ヴィラン家ってすごいのね。あたしも堂々としなきゃ!」



(家は関係なくない? あと別に堂々としなくていいよ。あんまり目立たないで)



 と思いながら、レイは受付に進む。お姉さんが身を乗り出して顔を近づけ、



「依頼はあっちだよ」


「冒険者登録をしに来ました。二人で」


「えっと……そう。それじゃあ登録するけど……君たちは薬草のクエストから始めると良いと思うよ。ダンジョンなんか入っちゃダメだからね?」


「はーい!」



 と、ノヴァは元気に言った――さすが、家から逃げ慣れている彼女である。従ったフリをして、好きなように動くのはノヴァのいつもの行動だった。



 とは言え、受付の女性もそういう冒険者をよく見ているのだろう、すぐに嘘を見抜いて、



「と言うより、Eランクはダンジョンに入れないからね? いくつか依頼をこなしてDランクにならないと」


「ええ? じゃあ、依頼やるわ!」


「はい。じゃあ、薬草を採ってきたらこの冒険者証をもってここに持ってきてね。お金に換えてあげるから」


「解ったわ! 行きましょ、レイヴン!」



 冒険者証を受け取るとノヴァはすたすたと歩き出した。レイはぺこりと頭を下げて、ノヴァを追いかける。彼女はクエストが張り出された掲示板を見に行ったようだった。



 隣に立つとノヴァは耳元に口を寄せて小さな声で言った。



「Dランクの依頼があるとこの近くに行きましょう。でDランクのクエストを間違って達成しちゃえばいいのよ」


「へんな悪知恵ばっかり働くよね」


「だって! どれだけ楽しみにしてたと思うのよ!」



(ゴブリンの巣において行かれるのがそんなに楽しみだったのかな?)



 まだそんな勘違いしてるのかお前。



 多分ここら辺の勘違いはネフィラのせいなので、ノヴァはネフィラを一回殴った方が良い。きっと喜ぶけど。



 ともあれ、そんな勘違いを抱えているレイはチラチラとクエストを眺めて、



「じゃああのクエストの近くに行こう」


「どれ? ああ、いいわね。そんなに難易度高くないでしょうし。決まり! 行きましょ!」



 もちろん、レイが選んだそのクエストは危険である。

 いつも通り。



 近くにゴブリンの巣があり、



 すでに異変が起きて難易度が更新されているのを誰も知らない。

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