第12話 ユニークスキルは無自覚に

 再三再四の繰り返しにはなるが、レイの目的は教会やら主人公やら【聖女】やらに追われて囚われ磔にされて餓死する運命を変え、ひっそりと隅の方で暮らすことである。



 一見すると、いままさにノックスとレイがぶつかろうとしているこの瞬間に全く関係無さそうな話ではあるが、もちろん、この話は繋がっている。



 より具体的に言えば、



『どうしてレイはゲームにおいてさせられたのか?』



 と言う問いが関係している。



 ゲームには多くの悪役――すなわち魔族たちが登場して、主人公と戦い、その命を散らしていたけれど、その中で磔になった魔族など数えるほどしかいないし、まして、餓死するまで放置された魔族などレイ以外に存在しない。



 なぜならその必要がまったくないから。



 主人公たちは魔族とをする――つまり、死ぬか生きるかの攻防を繰り返し、勝てば魔族を殺すのが普通。



 ではなぜ、レイヴン・ヴィランに限ってその場で殺すことなく、わざわざ磔の上、餓死するまで放置したのか。



 その答えがいま、レイ自身の目の前で起きている。



 ◇◇◇



 めんどくさいなとレイは思った。



 とは言え、今まで一ヶ月も放置していたし、役者たちが実力を示す場もなかっただろうなという罪悪感もあった。



 だからこそノックスに手合わせをするように提案したけれど、完全に神経を逆なでしたことにレイは気づいていない。



(何人か相手をしてあげよう。そうしよう)



 余計なお世話である。



 レイの前、少し離れた場所に立つノックスは鼻息荒くこちらをじっと睨んでいて、レイはそれを観察して、



(凄い演技だなあ。ネフィラを守ろうとする騎士みたいなイメージかな。……本気で僕がネフィラを虐めてるなんて思ってないよね?)



 思ってるに決まってんだろ、話聞いてたのかお前は。



 いつものレイなら被害妄想で土下座してでも謝っていただろうけれど、相手が役者だと思っているのでそこら辺の判断ががっつりと鈍っている。



 その証拠に、



(あの剣って偽物だよね。随分よくできた作りだなあ)



 本物だし、結構な業物である。



 レイは自分の持っているソードブレイカーを見たけれど、持ち替えるつもりはなかった。



 どうせ何を使ったって攻撃力1だから。

 何なら、素手でも同じだった。



 それでも武器を構えたのは相手の演技のためを思ってのこと。



(それ相応の説得力がないと演技に身が入らないだろうから)



 やさしい子である、無駄に。



 そうしているうちに傷まみれの男(《創痍工夫カットリスト》)がレイとノックスの間にやってきて手を上げて、叫んだ。



「始め!」



 レイはとりあえず適当にソードブレイカーを振った――これは経験的に、俊敏1のレイと違ってここにいる魔族たちはものすごく動きが速く、いつの間にか間合いに入られていることが多かったからである。



 案の定、ノックスは一瞬でレイの目の前までやってきた。



(こんなの反応できるわけないじゃん。無理無理)



 そう思いつつも全く恐怖することなく、ぶんぶんとソードブレイカーを振る。



 ノックスはそれを避けて、自身の剣を振り下ろし、



 そして、はじき返された。



 ここまでの一連の流れでレイが何か特別なことをしたわけではない――というか意識した訳ではない。



 そしてこれこそが、『どうしてレイはゲームにおいてさせられたのか?』という問いの答えになる。




 ユニークスキル。



 レイは2



 物理攻撃であれ、魔法攻撃であれ、スキルによる攻撃であれ、全て。




 ただし、レイはこの事実に気づいていないし、これがユニークスキルだということを知らない。



 だから、いつまでも名前がつかず、ステータスに表示されない――それが幸運なのか不幸なのかは解らないけれど。


 

 ゲームではレイヴン・ヴィランを殺そうという動きが多々あった。だがそのたびに、全ての攻撃は弾き返され、魔法は術者に戻って自爆、剣も弓も全て無意味で、結局、磔にして餓死させるしか殺す方法がなかった。



 ただし、何度も言うようだが、レイは気づかない。



(ああ、また忖度されてる。あの体勢から後ろに跳ぶなんて凄い演技だ。僕の武器当たってもいないのに)



 弾き飛ばされたノックスの手から剣が離れて床を滑る。

 


 彼は尻餅をついて、キョトンとしている。



 いつものレイならここで忖度にうんざりして手合わせをやめていただろうけれど、今回は放置してきた罪悪感でサービス精神旺盛なので、ソードブレイカーを手に近づいて行き、



「やられる演技もしないとね」



 そう言って、ノックスの顔面に振り下ろした。



 ガッ。



 その瞬間。

 


「ぐあああああああああ!」



 と、ノックスは悲鳴を上げた。

 


 攻撃力は1――それは先に測定器で表示された通りだが、しかし、痛みがあるかどうかは別である。



 防御力がいくらあろうとも、レイの攻撃は痛覚を刺激する――ただしその体を傷つける事はない。



 いくら防御力が高かろうとも、傷をつけることなく痛みだけを与える。

 


 拷問に使える。

 さすが悪役である。



 とは言えこれまたレイは気づいておらず、



(さすがプロ。本当に痛がってるみたいだ)



 と感動していた。



 本当に痛がってるが。



 ノックスはしばらくのたうち回っていたが、その痛みは一瞬。はっとしてペタペタと顔を触り、傷がないことを確認するとレイを見上げた。



「お前一体なにを――」


「もう一発いっとく?」


「や……やめろ!!」



 ノックスは後退った。



(まあ、一回やられたんだから、もう一回やったら演技に説得力がないか。ストーリーを重視するタイプだね)



 レイはそう思ってさすがプロだと、うんうん頷いた。



 対してノックスは半ば怯えたようにレイを見て、



「あ……あんな技見たことがない。どうやって俺を跳ばした? 何だあの攻撃は? お前――お前何者なんだ?」



(自分で跳んだんじゃん。あんなうまいやられ方僕だって知りたいよ)



 レイは一瞬キョトンとしてそう思ってから、最後の質問にだけ答えた。



「僕が誰かなんてそんなの解ってるでしょ? レイヴン・ヴィランだよ」



 言った瞬間、魔族たちがどよめいた。

 


 誰もが目を見開いて、今の戦闘に納得したように頷いて、そして、畏怖と畏敬の入り交じった目で見てくる。



 が、



(知ってるのは解ってるの! いいよ、驚く演技とかしなくて! 茶番だから!)



 相変わらずこの場所が自分のためにあつらえられた場所だと思っているレイは、まるでお遊戯会に参加させられているみたいに恥ずかしかった。



 レイが溜息をついていると、ノックスはばっと立ち上がって、



「わ、悪かった! いや、すみませんでした! まさか、ヴィラン家の方だとはつゆ知らず! 身の程を知りませんでした!」


「ああ、うん」


「あの子を殴っていた意味が、攻撃を受けてようやくわかりました! 強烈な殺気を受け止める訓練だったんですね! 俺、絶対斬られたと思ったのに傷一つないのは、殺気でだけ斬ったんですね! 達人にしか出来ない技をまさかその歳で習得されているとは!」


「…………」



(僕をヨイショするための設定が細かすぎる!! なんだ殺気だけで斬るって! 意味わかんない! それともあれだけ思い切り振っても傷つけることすらできない僕のことをバカにしてるのかな!?)



 役者にまでバカにされていると思って泣きたくなった。



 ヨイショされてそのまま落とされた気分だった。



 積み荷かよ。



 と、レイがうんざりしているのに対して周囲の魔族たちの反応は違った。彼らがぼそぼそと話しているのを注意深く聞けば、



……そんな一瞬だけ殺気を出せるものなのか? (苦)」


 私どうやって弾いたのか見えなかった。魔法?」


「それも解らない。魔力の流れが見えなかった。もし魔法を使ったのだとしたら、それだけレイヴン様の魔法の発動が速すぎるって事だ。……俺たちがのか? 、異次元過ぎて


「殺気で斬れるって言ってるんだからあれも剣技だろ? のに意味があるのかは不明だけど」


「あの武器を適当に振ってたのは油断させるためだろ。から」


「何にせよ、当主はどれだけ化け物なんだ? ……自信なくすなあ。この試験の



 そう聞こえていたはずだが、ざわざわと同時に魔族たちが話していたので、レイには所々しか聞こえなかった。



 具体的には傍点部分だけしか聞こえなかった。



(ボロクソ言われてる! 陰口は陰で言ってよ! 僕いるんだよここに! 一ヶ月放置してただけでそんなにいらついてるの!? ごめんねほんとに! そこまで言うなら手合わせしてあげるよ! 演じてみろ!)



「次、手合わせしたい人!」



 その後、正式な採用担当であるメイドちゃん1号がやってくるまで部屋の中ではレイによる一方的な手合わせが続き、悲鳴が鳴り響き、結局、恐怖に負けずにレイに立ち向かった者だけが次の試験に進めることになった。


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