第11話 ノックス・リーチは忖度しない


「おい! てめえ!」



 と叫んだノックス・リーチは齢十八のヴァンパイア族の男ではあったけれど平民の出自で、ヴィラン家の分家ヴァンプ家の治める領地で鬱々と過ごしてきた。



(俺はもっとできるはずだ。ここにいるべきじゃない)



 現にノックスのステータスは彼の生活する村だけではなく、ヴァンプ家の領地内でだって群を抜いていて、ことあるごとにモンスターの討伐を依頼され、使い倒されていた。



 戦うのは好きだった。



 けれど、自分と周りの差がつきすぎて、「アイツは天才だから」と強くなるために努力しない奴が多すぎて、彼らを軽蔑すると同時に、自分が彼らにとって毒なんじゃないかと思い始めていた。



(俺というを奪えばこいつらはきっと努力する。最近感謝すらされないからな)



 そう考えたからこそ、ノックスは噂に聞くこのヴィラン家の訓練場へと足を運んでいた。



 ここで力を示せば、本家序列一位ヴィラン家での就労が保証される――つまるところこれは就労試験であり、正統な手続きだと一般には思われている。



 要するに、レイが思っていた役者というのは間違いである。



 ちなみに、ネフィラはまったく別の方法、すなわち「ヴィラン家に侵入する」という異常な方法でその力を認めさせるという邪道を通っているので、採用されるための方法は他にもある。



 とは言え、ノックスは邪道など知らない。正統な正攻法で『100000の霧』を苦もなく超えて中に入り、すでにいた魔族たちを観察する。



(まさか、あの傷跡は《創痍工夫カットリスト》か? それにあの弓! 《節制の射手フォーティーンショット》だ! さすがヴィラン家。志願する奴らのレベルが違う)



 二つ名持ちの魔族を見られただけでもここに来た甲斐があるとノックスは思った。



 倒し甲斐があると思った。



 しばらくしてスケルトンの男に案内されていくつかの数値を測定し、何度かの戦闘の末に、現在、ノックスはこの部屋で待機していた。



(きっとここに集められたのは有力視された奴らだろう。《創痍工夫カットリスト》も《節制の射手フォーティーンショット》も当然いる。ってことは俺はあいつらと同じかそれ以上のレベルってわけだな)



 彼らとも戦えるのかと思うとノックスはうずうずして、全身に鳥肌が立つのを感じる。彼のあとからもたびたび魔族が部屋へとやってきていて、ノックスはまだかまだかと気を揉んだ。



 そのときだった。



 部屋のドアが開いて少年と少女――レイとネフィラが入ってきたのは。



 とは言え、ノックスはヴィラン家のことを噂でしか聞いたことがない――つまり実際にヴィラン家の魔族を見たことがあるわけではなく、それはここにいる誰もがそうだった。



 誰もレイのことを知らない。


 

 随分若いのが来たなと思いこそすれ、ほとんどの魔族はすぐにレイたちから視線を逸らした。



 ノックスを除いて。


 

 彼はレイの後ろを歩く少女、ネフィラに釘付けになっていたが、別に、ネフィラの事を知っていた訳ではない。彼女のことも初めて見た。



 初めて見て、恋に落ちた。



(うわ、なんだあの子! かっわいい!)



 ノックスはロリコンの気があった。


 

 ヴァンパイア族だから処女の生き血を欲するとかじゃなくてただ単にロリコンだった。



 とは言え、彼は十八のちゃんとした大人なので目で見て愛でるだけで触れたりはしない――社会にやさしいロリコンである。



 エコであると言ってもいい。

 生態系に害をなさないから。



 エコロリーな彼はじっとネフィラを見つめ続け一挙手一投足の全てを観察し、目に焼き付ける。



(可愛すぎる!)



 と胸が締め付けられた彼ではあったが、ふと、ある事実に思い至った。



(ここにいるってことはあの天使は当然『100000の霧』を通って、幾多の戦闘を乗り越えてきたってことだ。あんな可愛いのにその上強いのか! ますます好きになってしまう!)



 胸をかきむしるようにして(おい具合が悪いのか、と心配された)呼吸を整えていた時にその事件は起こった。



 少年と少女は測定器の前で何やら武器を振るっている。ここからその数値までは見えなかったけれど、少年が武器を振るった直後に、少女はその場にしゃがみ込んで額を地面に擦りつけるのは見えた。



(俺の天使に何させてんだあのガキ)



 お前のじゃねえだろ。


 

 ノックスの胸中でふつふつと怒りがわき上がり、ぎろりと少年――レイを睨む。



 が、レイはそれには全く気づかず、そのまま、ソードブレイカーを振り上げて、ネフィラを殴りつけた。



 プツン、と頭の中でなにかがキレる音がした。



「おい! てめえ!」



 ノックスはずかずかと歩いて行き、レイを見下した。



 レイは少し怯えたように後退って、



「な、なに!?」


「はあ!? なにじゃねえだろうが! てめえぶっ殺してやる!」



 と、ノックスが剣を抜こうとしたところで、ネフィラが顔を上げ、レイとノックスの間に割り込んだ。



 もちろん彼女の顔には傷はないし、相変わらずの無表情である。


 

 ただ、どこか冷たい怒りがその目には宿っていた。



 レイに危害を加えようとする存在への怒り――ではなく、悦びの余韻を潰された怒りが。



 一応整理しておくと、この場で誰が一番悪いのかといえば被虐趣味を我慢できなかったネフィラなのだけれど、一番怒っているのもネフィラだった。



 理不尽にもほどがある。



 彼女はノックスをじっと見て、



「わたしのご主人様に何をしようとしてるんです? どうして邪魔するんです? あなたなんなんですか?」


「俺は君を助けたいだけだ! そいつが君に暴力を振るうのが許せないんだ!」


「あなたわたしのなんなんですか?」



 ノックスは一瞬口を噤んだが、すぐに、



「君はそいつに痛めつけられて少しまいってるんだ。だからそんなおかしなことを考えてしまうんだよ」



 ネフィラがいわゆるストックホルム症候群的な、痛めつけ拘束してくる相手に対して好意を寄せてしまっている状態だと思ってノックスは言ったが、ネフィラは、



「邪魔です。どっか行ってください。わたしはあと十回は殴られなきゃいけないんですから」



 貪欲すぎる。



 と言うより今までハーピィ家で監禁されていた分の反動が来ているのだが、そんなことをノックスが知るはずもない。



 ぐっと彼が歯ぎしりをしていると、後ろから《創痍工夫カットリスト》がやってきてノックスに言った、



「さっきから話を聞いていたんだが、何かずれてないか?」


「何かって何です?」


「いや、この子は殴られたがっているように聞こえる。たぶん、それは正しくて、この男の子は女の子を鍛錬してあげていただけなんじゃないか? 防御力を上げるために」


「……そんな訓練ありません」


「そうか? 俺は結構やるけどな」



 頭のおかしい奴しかいないので多数決が迷走している。自分がまさかのマイノリティであることに気づいたノックスに追い打ちをかけるように、未だ役者だと思っているレイが、



「もう茶番はいいよ。(演技の)実力を見せたいんでしょ。相手してあげるから」



 もちろんその言葉はノックスの神経を逆なでした。



「はっ! いいだろう! てめえ後悔させてやるからな! そして、もし俺が勝ったら、二度とこの子に暴力を振るわないと約束しろ!」


「そんな約束わたしがさせません」


「なんで君が反対するかな!」



 ネフィラに反論されてノックスは頭をかかえた。



「ああもう! やるぞ! 位置につけ!」


「じゃあ俺が公正な判断をしてやろう」



 そう《創痍工夫カットリスト》が言って、他の魔族たちを移動させ、レイとノックスの間に立つ。



 ここでおさらい。



 レイは攻撃力以下全て1でそれがMAX値であり、そして、ノックスのことをただの役者だと思っている。まるで時代劇の殺陣たてのように当たってもいないのにやられる演技をするプロだと思っている。



 かたや、ノックスの攻撃力は300000を超え、村ではモンスターを屠って連戦連勝、防御力その他のステータスも軒並み100000を超えているのは霧を通り抜けたことからも明らかだった。



 その二人がいま、武器を持って向かい合う。



創痍工夫カットリスト》が手を上げて、叫んだ。



「始め!」



 というかけ声と共に、ノックスはレイの間合いに入った。

 


 右足のつま先で地面を蹴っただけで、自分の身体三つ分を跳ぶ。



 レイは持っている武器を振っているがその動きは素人丸出し。



(一瞬で片をつけてやる。なに、殺しはしない。ただ、俺の天使が受けた痛みは倍にしてぶつけてやる!)



 ノックスは完全な私怨をレイにぶつけようとした。



 レイの振ったソードブレイカーを避けて、



 強烈な一撃を叩き込――




「――――――――あれ?」




 ノックスの身体はいつの間にか宙を浮いて後方に跳んでいる。



 握りしめていたはずの剣が手から離れて回転しながら遠ざかっていくのが見える。



 完全に体勢を崩したノックスは、



 そのまましたたか尻餅をついた。



 何が起きたのか理解出来ない。

 


 目をぱちくりさせているとレイが近づいてきて、ソードブレイカーを突きつけ、



「やられる演技もしないとね」



 そう言って、顔面に思い切りソードブレイカーを振り下ろした。

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