レイヴン・ヴィランは隅で生きたい~低レアキャラ達を仲間にしたはずなのに、絶望を回避してたらいつのまにか最強に育ってた、目立つな~

嵐山 紙切

第1話 転生と無自覚な活躍

 十一歳になったレイヴン・ヴィランのステータスはそれはそれは酷いものだった。



 その場にいた同年代の子供たちはステータスの表示された巨大な石版を見て馬鹿にしたようにクスクスと笑い、レイを指さして陰口を言っている。



 唯一、直前にステータスを確かめた女の子だけが同情を含んだ眼差しでレイを見ているけれど、彼女だって【聖女】の肩書きを持った優秀な子だった。



 いまだって、彼女の周りにはお近づきになろうと目論む貴族たちが集まり、子供たちの背を押して話しかけろと促している。



 社交をしろ。

 人脈を作れ。



 貴族たちにとってはそれが主な仕事で、だから、ある種の社交デビューである今日この日――大教会における登録の日――に評判を落とすなど論外だった。



 だから笑う。

 嗤う。



 ほとんど箱入り息子と言っていいレイヴンにとって、衆目に晒され、指をさされて嘲笑わらわれるなんて経験は皆無だった。


 

 心臓がバクバクと鳴り響き、冷や汗が流れ、そして、馬鹿にされた怒りがぐわっと胸を上ってくる。



 それが、そのまま喉を通って暴言として口からあふれ出す――と言うのが、本来の「ゲームにおける展開」だった。



 暴言を吐くことでさらに評判を落とし、そのあとも貴族たちを恨んで嫌がらせを指示した結果、ゴロゴロと転落して、最後にははりつけにされて、餓死する。



 その第一歩――最も根源的な経験をするのがこのシーン。



 そのはずだった。



 ごくり、とレイは言葉を飲み込む。

 


 一気に怒りが冷めて――そして、困惑が襲ってくる。



(これ、異世界転生だ)



 レイは、そう、理解した。



 自分が着ている豪奢な服も、いかにも魔法の品というステータスが表示された石版も、少し離れた場所にいる貴族が肩に載せている見たことのないペットの動物も、何もかもがここが異世界であることを物語っていた。



(え? え? じゃあ僕死んだの? だれかに殺された? あれだけ嫌われてたらいつかは殺されてただろうけどさ。何度も誘拐されたし、何度も監禁されたし、何度も唾飲まされたし!!)



 実際、レイは前世で誘拐されているし、監禁もされている――ただし嫌われているというのは勘違いである。



 むしろ彼は偏愛されていた。

 本人は全く気づいていなかったけれど。



 彼が監視の眼だと思っていたのは羨望の眼差しだったし、陰口だと思っていたのはこそこそと話される黄色い声だった。キスされたのを唾を飲まされたと表現するくらいにはレイの認識は歪んでいた。



 と言うより、幼い頃から続く誘拐やら盗撮やらの被害によって歪まされていた。



 だからこそ、前世のレイ――音貝おとがい類音れいは常に皆に嫌われていると思っていたし、いつなんどき攻撃されるかビクビクしながら過ごしていた。



 よって、現在、嘲笑を受けているのを見ても、



(ああ、転生してもいつも通りだな、僕)



 そんな実家に帰ったような安心感で状況を受け入れている。



 可哀想な奴である。



(陰口はいつも通りだとして、僕は僕のまま転生したわけじゃないらしい。えっと……ステータスにはレイヴン・ヴィランってあるけど……貴族?)



 転生を思い出した衝撃で、現在の記憶とごちゃついているレイだったが、石版の前にある壇から降りて歩く間に言われた陰口からヒントを得た。



「『霧の伯爵』があれで務まるのか?」



(『霧の伯爵』? ……ああそうか、僕の家、辺境伯だ。それも特殊な)



 その名の通り、レイのいる辺境には霧がある。



 人はそれを【漆黒の霧】と呼ぶ。



 人間界と魔界を隔てるその境界は、魔界から『良くないもの』が漏れ出ないように蓋をする役目を果たしている。



 凶悪なモンスターとか、

 魔力病とか、

 異常な繁殖力の植物とか。



 ただ、蓋とは言え、【漆黒の霧】自体も魔力の塊であり、近くにある人間界のダンジョンに多大な影響を与えている――よって、【漆黒の霧】周辺の領地は戦闘力の高い『霧の伯爵』が代々治めることになっていた。



(あっれぇ!? ってことはクソザコな僕は家を継げないのかな!? 追放されちゃうのかな!? ヤバい、まずい、どうしよう! このまま帰れない!)



 そんなことはない。



 そんなことはないが、ネガティヴ思考が完全によみがえっているレイである。焦って考えた結果、一つの策を思いついた。



(そうだ! 僕の前にステータスを確認してた【聖女】とお友達になろう! 社交をちゃんとして、ステータスが低くてもできる奴だって父上に証明するんだ!)



 悪手である。

 それも、最悪手と言っていい。



 未来でお前をはりつけにするのは【聖女】たちだぞ。



 とは言え、レイはこの時点で全てを思い出している訳ではない。いまだ、自分が悪役モブであることにも気づいていないし、それに、はりつけにされて餓死する運命だということも思い出していない。



 その上、転生の記憶が溢れたのが原因でレイヴン・ヴィランとしての記憶までも曖昧になっている――自己同一性アイデンティティが揺らいでいる。



 だから、それがどれだけ悪手なのか気づかず、レイは自分のアイデアに浮かれて「わーい」と【聖女】に近づこうとした。



 足を引っかけられた。



 やったのは【聖女】に声をかけようとしていた貴族の男の子で、足を引っかけると言うよりもうほとんど蹴りを入れたような感じ――足払いをして、そのまま蹴り上げ、レイを顔面から転ばせようという意思が感じられた。



 が、それは成功しない。



「へ?」



 と、男の子は間抜けな声を出す。



 蹴り出した男の子の足がレイの足によってグンッと弾き返され、そのまま体勢を崩して顔から転ぶ。



 不様に、転ぶ。



 レイにやろうとしたことがそのまま自分に返ってきて、男の子は羞恥に顔を赤く染めた。



 一方のレイは何が起きたのか解っていない――はっきり言って男の子が足をかけようとしたことにすら気づいておらず、キョトンとした顔をして、



「……君なにしてんの?」



 そう尋ねた。



 あおるな。



 男の子はさらに顔を真っ赤に染めた。



 当然である。



 レイのステータスはこの直前、この場の全員に公表されている。



 抜粋すれば以下の通り。



===========


 攻撃力:   1(MAX)

 防御力:   1(MAX)

 魔法攻撃力: 1(MAX)

 魔法防御力: 1(MAX)

 敏捷:    1(MAX)


 スキル:


===========



 MAXの文字はこれ以上数値が上がらないことを意味していて、つまり、レイは魔法も武術も何にも適性がない。



 そんな、クソザコともいえるレイに足をかけて、逆に転ばされた男の子。



 それはつまり、そんなクソザコ以下であると、この場の全員に公表してしまったようなもので、男の子は顔をどす黒くして涙目になった。



「お、お前……どんな魔道具使った! この俺に恥掻かせやがって!」


「え……ええ……」



 レイは困惑した。



(魔道具なんて使ってないよ。勝手に転んだんでしょ?)



 実際にはそうではない。



 もちろん魔道具が使われた訳でもない。



 貴族の男の子が転んだのはレイののせいである。



 ただし、レイは自分にユニークスキルがあることに気づいていない。



 それも当然のことだった。



 ユニークスキルは――もしもスキルがなければそもそも「スキル」という項目が出現しない。



 そして、この事実をこの場の全員が理解していない――だから馬鹿にされているし、当の本人であるレイも解っていないので、いま目の前で貴族の男の子が転んだのがわざとだと思っている。



(こんなの当たり屋だよ! きっと医療費と慰謝料請求されるんだ!)



 そう考えてレイは頭を抱えた。



(そ、そうだ! 証人! きっと周りの人たち見てただろうから証人になってもらえば僕が転ばしたんじゃないって解るはず! えっと――)



 と、レイは周りを見回して、そして【聖女】と目が合った。



「あの! 見てましたよね!? 僕、魔道具なんて使ってない!」


「……ええ、確かに使っていません」


「ああ、よかった」


「魔道具を使わずに転ばせていました」



(裏切り者おおおおおお!! ほんとに【聖女】かお前えええええ!)



 衝撃過ぎて叫ぶこともできないレイだったが、周りの貴族たちが頷いているのを見てさらに衝撃を受けた。



(そうか、解ったぞ! 全員グルなんだ! みんなして僕を陥れようとしてるんだ! みんな僕のこと嫌いだから!!)



 レイがそんな勘違いをしている傍らで、男の子は叫んだ。



「いや、違う! 魔道具だ! 絶対魔道具だ!」



 男の子としてはそうあって欲しい――と言うかそうでないと困る。魔道具ではないとすれば、本当にあの弱小ステータスにやられたと言うことになってしまい、彼の沽券に関わる。



 そんなことなど知らないレイは、



(なにケンカしてんの、この子たち。いいじゃんどっちでも。どっちにしたって、このあと転ばせた僕のこと責めるんでしょ? 身ぐるみ剥がして、何もかも持って行くんだ! 嫌だあああ!)



 そう考えて、



「魔道具を理由にして、僕のこと脱がすつもりでしょ!」


「はあ!? 何考えて――」


「え、最高じゃん! あ……」



【聖女】が何かを口走ってすぐに両手で口を押さえた。



【聖女】は腐女子だった。



 たぶん【聖女】の称号返納した方がいい。



「なんでもありません。続けてください」


「なにを!?」



 レイは叫んで、確信した。



(やっぱり全員グルなんだ! 止めようともしないもん! もうダメだ。このままじゃ僕裸に剥かれて殺される!)



 身の危険を感じたレイはあたりを見回して、メイドを呼んだ。



(あの子がきっと助けてくれる。僕はもう無理です。怖いもん!)



「ヨル! ヨル!」



 レイは背伸びをしてあたりを見回していた。きっと一目散に駆けつけてくれるそう思っていた。

 


 しかし、



「はいな!」



 と、声が聞こえたのは上だった。



 レイが見上げると、ヨルは音もなく落ちてきて着地し、ぽいっと担いでいたものを投げ捨てる。



 四人の男たち。

 全員気絶している。



 レイも【聖女】も、その場にいた貴族たちもぎょっとしてそれを見て、それからヨルの方へ視線を向けた。



 真っ黒なメイド服に真っ黒な髪。

 身長は大きく豊満な体つきをしている。

 


 ヨルはガジガジと自分の親指を甘噛みしてから、



「仕事したぜぃ、レイヴン様。ケーキを所望する」


「……この人たち何?」


「なんだあ、解ってるっしょ。その【聖女】様を狙ってた悪い奴らよ――誰だかは知らねえけど」


「え!」



 と、【聖女】は身を固めて男たちを見下ろした。



「アタシ……狙われてたの……?」


「この教会に入ったときからずっと、なんかいるなぁと思ってたぜ。レイヴン様も気づいてたはず――そうじゃなきゃ、わざわざ近づいて助けに来ねぇもん」



(気づいてないよ)



 レイが反論しようとするのも無視して、ヨルは人差し指を甘噛みしてから続けた。



「いやあ、しかしレイヴン様さすがだぜ。ステータスで周りを油断させてから、時間稼ぎのために近づいていくなんてなぁ。こいつら焦ってたぜ。『あんな低いステータスが近くにいたんじゃ、必ず巻き添えになる。霧の伯爵を敵に回すのは悪手だ』ってなあ。さすがの一手だぜ」



(ああ、この子バカなんだ。僕なにもしてないのに)



 とレイは思った。



「僕何も指示してないのに」


「その深意をおもんぱかるのが使用人ってもんだろ。レイヴン様のやろうとしてることくらい解ってるぜ、もちろん。【聖女】に近づいた時点で行動開始ってのがはっきり解るもんな。普通は近づかねえから」


「…………」



(僕は大真面目に近づいたんだよ! え、もしかして僕馬鹿にされてるのかな!?)



 だんだん皮肉を言われている気がしてきたけれど、ヨルは全くそんなことを考えていない――彼女はマジでレイのことを称賛して、続ける。



「しっかし、ウチが気づいてない悪い奴まで見つけるなんて凄えよな、レイヴン様は」



 ヨルは言って、レイに足を引っかけた貴族の男の子を指さした。



「な! 俺は違う!」


「あのなあ、いいか?」



 ヨルはぶわっと魔力を噴出させた。



 それは明らかな威嚇。



 周りにいた貴族たちが怯えたように後退り、男の子は尻餅をつく。



「お前はレイヴン様をあざ笑うだけじゃ飽き足らず、危害を加えようとしたんだ。蹴りを入れただろ? な? その時点でウチはお前をひねり潰したかったんだけどよ、お前の背中をみて止めたんだ。ウチは上から落ちてきたからな。よおく見えたぜ、その入れ墨」



 ヨルは言って、尻餅をついている男の子の襟元を掴んだ。確かに、背中に入れ墨が入っているのが見える。



「いけないよなあ。これ、魔紋だろ? 魔力の流れを変形させて、ステータスを底上げする。いわゆる、詐欺ってやつだな。で、教会の石版ちょろまかすような凄え魔紋ってよ、違法じゃなかったか? しかも、これ、ウチが気絶させた奴らに同じのついてるよな? なんでだろうなあ? おかしいよなあ?」



 ヨルは男の子に顔を近づけて笑みを浮かべた。



「その体に聞いても良いんだぜ」



 男の子は気絶した。



 一方、完全に状況に置いてきぼりを喰らっているレイは、今すぐにでもここから逃げ出したかった。



 さっきと理由は違う。



(何でこんなに目立ってるのかな!? 僕はただ【聖女】とお友達になろうとしただけなのに!!)



 レイは人垣の中に紛れ込んで縮こまって、ヨルのこと置いて一人で帰ろうかなと思っていた。



 ヨルに呼ばれるまでは。



「あれ? レイヴン様がいない。レイヴン様! 終わったぜ? レイヴン様! あ、いた」


「ああうん、はい」



 これ以上自分の名前を呼ばれたくなかったのでレイはすごすごと出て行って、ヨルのお尻を押す。



「帰ろ帰ろ。こんなとこいたくない」


「あの!」



【聖女】が言ってレイを呼び止めた。



「アタシ……狙われてるなんて思ってもみなくて……救ってくれてありがとうございました」


「ヨルがやったことだから」


「何言ってるんです! レイヴン様がやったことでしょう」



(僕に責任を押しつけるな!!)



「ヨルがやったことだから! じゃあね!」



 レイは叫んで、逃げるようにその大教会を後にした。





◇◇◇





【聖女】――フルール・ダストフィンガーは、それから数日後、自宅の一室で騎士から調査結果を聞いていた。



「どうもあの貴族の男の子は、部下を雇ってフルール様を襲わせ、そこを助けることで自分の評価を上げようとしていたようです」



 いわゆるマッチポンプという奴である。



 騎士は続けて、



「あの日は社交デビューみたいなものでしたから印象づけたかったのでしょう」


「そう……ですか。では危険ではなかったんですね」


「いえ……それが……」



 騎士は一瞬口を噤んだがすぐに言った。



「あの方たちは魔紋を背に入れていました。確かにあれには魔力を増幅する効果がありますし、石版を欺く効果もあって違法なものでした」


「レイヴン様が言っていた通りですね」



 正確にはヨルが言っていたのだけれどフルールにしては同じようなものだった。



 騎士は眉間に皺を寄せる。



「フルール様。他の大教会で事故があったのはご存じですか?」


「ええ……小規模な爆発や火災があったと聞いていますけど……なぜいまその話を?」


「そこで死亡した方の多くが、同じ魔紋をつけていたことが解っています」


「……え?」


「あの魔紋はつけた人間を爆発させる効果があったんですよ。瞬間的な魔力の増大で、魔力爆発を起こす力があったんです。つけていた本人たちは知らなかったようですが」


「……じゃ、じゃあ……アタシは……本当に狙われて……」


「ええ。ただそのあたりは調査中です。――少なくとも今は同時多発的に【聖女】を狙った犯行と言うことだけ解っています」



 フルールは手を口に当てて震えた。

 


 知らず知らずのうちに殺されかけて――そして救われていた。



 騎士はふっと息を吐き出して、



「それにしても、フルール様を救った貴族は運が良いですね。もしも魔紋をつけていた貴族たちを気絶させる以外の方法で捕らえていたら、彼らが逃げようと魔法を使った瞬間、爆発していたでしょう」



(本当に運が良かっただけ? もしかするとレイヴン様は全部解っていたんじゃ? だからあんなに迅速に行動出来たんじゃないかな?)



 アイツはなにも考えていない。

 何も解っていない。



 そう、なにも。



 フルール・ダストフィンガーがゲームに登場することも、

 


 今回の事件で本当は怪我をして失明し、両腕を不自由にするはずだったことも、



 



 無自覚に、無意識に、



 レイはシナリオを改編している。



 ただ、身を守ろうとしただけで。




◇◇◇



「レイヴン様、帰ろうぜー」



 数日後、レイは自分の家の領地へと戻ってきていた――【漆黒の霧】が目と鼻の先にある領地に。



 巨大な【漆黒の霧】は遙か彼方まで続いていて、大陸どころか海まで続いて魔界と人間界を隔てている。



 レイとヨルはその目の前まで来ていた。



「じゃあ、ウチはここまでだから。人間界のことはおまかせあれ。心配しなくていいぜ」


「ああ、うん」



(僕が心配してるのはやらかしたことと、ろくに社交ができなかったことなんだけどね!!)



 レイは溜息をつくと、ヨルに手を振って、



【漆黒の霧】の中へと足を踏み入れた。



 真っ暗な中をすいすいと進んでいき、向こう側へと到達する。



 レイは額を触る。



 そこには小さな二つの角。

 


 両手は骨と、それ取り巻くような真っ黒な魔力みたいなもので作られている。



 レイヴン・ヴィランは貴族にして魔族。



 だからこそヨルは「普通は【聖女】になんて近づかない」といっていたし、【聖女】に近づくなんて悪手中の悪手だった。



 教会は魔族を嫌っているから。



 レイはそれをようやく思い出して、



「あれ!? 僕間違えた!?」



 と今更ながらに叫んだ。




 オンラインRPG『七つ目の繕いセブンス・シール』。



 ガチャを引くことで仲間を増やし、ストーリーを解放できるこのゲームに転生したレイは、



 被害妄想と勘違いでそのストーリーをぐちゃぐちゃにしていく。

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