第18話 修練場の衝撃
退院したレンは週末の休みも挟んだので一週間ぶりの登校となった。
懐かしい気すらする校舎を見上げて彼は眩し気に目を細める。
色々とあって少し気疲れしているので静かに過ごしたい、と思うレンであったが……。
「よう、なんか大変だったみたいだな」
「ああ」
早速声をかけてきたライオネットに空返事を返すレン。
空気を読んだのかサムトーは軽く手を上げるだけで声は掛けてこなかった。
この辺りはまあ、予想していた朝の光景だ。
しかし……。
(……見られている)
狐耳の少女が自分を見ている……。
その視線を感じるレン。
彼女もそれを悟られまいとはしているのか、時折チラチラこちらを窺っている様子なのだが兎に角それが目に付く。
……何故ならば。
(また見てる)
何故ならばレンの席は教室の中央のやや後ろ。
そしてヒビキの席は窓際の前から2番目だ。
つまり思い切り振り返らないとヒビキはレンの方を向けないのである。
授業中であれそれ以外の時間であれヒビキは頻繁に振り返っていた。
そしてレンと目が合うと慌てて前を向く。
流石にその不審な挙動に周囲の生徒たちも何人か気が付いて落ち着かなそうにしている。
そしてどういうわけか教師たちはヒビキを注意をしない。
「なんかお前、滅茶苦茶見られてるなぁ」
「……ああ」
不思議そうに言うサムトーにうなずくレン。
異様なプレッシャーに晒されたレンはだらだらと汗を流していた。
─────────────────────────
午後になった。
最初の授業は月に一度の模擬戦である。
編入して間もないレンは参加するのは初めてだ。
しかし、病み上がりのため今日は見学するように言われている。
(やれない事もないんだがな……)
背中の痛みはふとした時に軽く響く程度だ。
とはいえ対戦相手に気を遣わせるのは本意ではないので言うとおりにする。
生徒たちは各々一番得意な武器を手にして訓練場に集っている。
長剣、細剣、弓、メイス……生徒によって持つ武器は様々であるがやはり剣に類する武器を持つ者が多いか。
訓練用として刃は潰してある武具ではあるが、実戦さながらに一対一の戦闘を行っていくため時として大怪我をする者も出るという過酷な授業であった。
そんな中で一人晴れない表情を浮かべている者がいる。
「チッ、今日も素振りで終わりかよ……」
ボヤくライオネット。
彼が肩に担いでいるのは大剣である。
しかも……ただの大剣ではない。
「デカいな……」
思わずそれを見てレンは声に出していた。
刃は長く幅は広く……そして分厚い。
「すげぇだろ? 並みの生徒じゃ持ち上げるだけで手一杯だ。とても振れたもんじゃねえ」
いつの間にやら隣に来ていたサムトーが言う。
「アイツの戦法は単純でよ。普通バカでけえ武器ってのは威力はあるが重くてスピードが犠牲になってたり扱いに難があったりするもんだよな。それを……
薄く笑ったサムトー。
その時、ライオネットの素振りが開始される。
ぶおっ、と周囲に風が吹き付けた。
「……っ」
思わず息を飲むレン。
巨大な剣を高速で縦横無尽に振り回すライオネット。
それは触れれば斬り飛ばされる斬撃の結界だ。
「……もしもそのバカでけえ武器を普通の武器と同じ速度と同じ精度で扱える奴がいれば手に負えないだろ? そういうこった」
肩をすくめたサムトー。
尚もライオネットの素振りは続いている。
速度が落ちる様子も彼の息が上がった様子もない。
レンの頬を冷たい汗が伝って落ちる。
一週間前に彼とは殴り合って引き分けている。
……だが、自分は格闘戦の名手であるソロン師に付いて長く修練を積んできたいわば素手の殴り合いの専門家。生身の拳が得意武器のようなものだ。
対してライオネットは訓練として組打は学んでいるものの練度は自分とは比べるべくもない。
(武器を持ったあいつには勝てないな)
現時点では逃げ回って相手の消耗を誘うくらいしか戦い方が思いつかない。
それすらもあのタフさにどこまで通用するのか……。
「学年主席は伊達じゃねえってことだな。あんな感じでもううちの学年どころか上級生でもほんの僅かしかあいつの模擬戦の相手が務まる奴はいねえ。たまにそういう上級生を引っ張ってくるか、戦闘教官が自分で相手するかでようやく訓練がやれてる」
苦笑しているサムトーをレンがなんとなく見る。
「……仲がいいんだな」
「ん? まあ、そうかね……。入学以来何だかんだでつるんでるな」
そう言うとサムトーは腕組みしてどういう感情からくるものかよくわからない口元の歪ませ方をする。
「俺もちっと
そしてにやけた二枚目半はどこか遠くを見るように視線を天井に泳がせる。
「そのうち話す機会があるかもな。ま、愉快な話じゃないんだ」
「…………………」
その横顔にふと窺えた苦味にレンはサムトーの抱えたもののぼんやりとした輪郭を察する。
不意に生徒がざわついた。
何事かとレンとサムトーも改めて修練場を見回す。
いつの間にかライオネットの素振りが止まっていた。
……彼の目の前に狐耳の少女が立ったからである。
「……どうしたよ? ナグモ」
不思議そうな顔をしているライオネット。
その彼を見てヒビキはニヤッと笑った。
「ヒマそうじゃん。一手ご指南願えますかね、エルヴァンシス」
はっきりと彼女はそう言ったのだ。
「おお? ……ほっほ~そうかいそうかい」
不敵にニヤリと笑ったライオネット。
それは決して相手を馬鹿にした笑いではない。
嬉しそうな笑みである。
「よっしゃあ! いいぜいいぜ相手にやってやろうじゃねえか! 嬉しいねえようやくクラスからも俺と鍛錬しようって奴が出てきてくれたぜ!!」
上機嫌に片腕を振り上げライオネットがそれをぐるぐると回す。
反対にクラスの皆は幾分か沈んだ様子で静まり返っていた。
何やら痛々しいものを目にしたような空気である。
「……やめときゃいいのに」誰かの小さな呟きがレンの耳に届いた。
だが、そこからの展開は周囲の誰もが予想したものとはまったく異なっていた。
ガシャァン!!!!
ド派手な音を立てて修練場の床に落ちる大剣。
「……………」
ライオネットが呆然と空になった自分の腕を見ている。
その彼の前でヒビキが刃を潰してある訓練用の刃槍を納めた。
……ほんの1,2秒のことだった。
始めの合図が掛かった瞬間、誰の目にも留まらぬ速度で踏み込んだヒビキの槍刃が一閃し、ライオネットの大剣を弾き飛ばしたのだ。
「い……いいや待て待て!! もう一回頼む!! 油断した!!」
「いいぜー? 気が済むまでやってやるよ」
必死に頼み込むライオネットに素直に応じるヒビキ。
どことなく内心「胸を貸してやる」ような気分だったのだろう。
ライオネットの余裕は消え失せ目には追い詰められた者の真剣さがあった。
再度の立ち合い。
「……はぁッッ!!!!」
受けに回っては不利だと判断したのか……始めの合図と同時に今度はライオネットから猛然と響に襲い掛かる。
長大な武器を手にしているとは思えない速度と鋭さ。
決まったか、とレンはそう思ったが……。
………ガッッシャァァァン!!!!
だがやはりライオネットの頭上を越えて飛んだ大剣は彼の背後に派手な音を立てて転がった。
迎え撃った狐耳の少女の一閃で。
「……うぅ」
両膝を床に突いて項垂れたライオネットが呻き声を上げる。
「わかったか?」
その前に立ち、彼を見下ろすヒビキ。
今までは目立つのがイヤだったから全力を出さずにやってきた彼女。
その枷は今取り払われ彼女は思う様に本当の実力を発揮した。
「レンの事……なんか保護者だか理解者だかのつもりでいるみたいだけどよ。これからはアタシがアイツを支えてくんで、もうお前は必要ない」
「……え? 俺の意思は?」
思わず口に出していたレンだが誰も返事をしてくれない。
「何だとォォッッ!!?? クソッ!! チクショウッッ!!!」
「……いや、なんでお前もショック受けた感じになってんだよ」
床をバンバン叩いているライオネットを見てサムトーが乾いた声で言うのだった。
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