第8話 女神様から託されたもの

§ リカの暴走を止めるために、女神様に助けを乞いにきたのだが


 礼拝堂まで進むと、ガーゴイルが復活していた。ただ、襲ってくる気配はなく、こちらをジッと睨んでいる。どうやら、女神様は再起動しているようだ。


 俺たちが近寄ると、女神様はゆっくりと起き上がり、こちらを向いて微笑んでくれた。


 すかさず、京子が話しかける。


「女神様、お願いがあるのです」


 すると、女神様は笑顔のまま返事をした。


「その、女神様っていうのは少し違うわね。私はAIアンドロイドよ。それも、この世界のことわりを担っていた中枢のAIなの。信じられる?」


「…」


 なんか、凄い話になっている気がする。この世を支配してるAI? それがこの目の前で寝ている女性なのか? まったく意味が良くわからない。


 京子が問いかける。


「でも、それは別の場所で動いているわ。全世界の秩序を見守っているAIが。」


「そうね。私は旧式といったところかしら。でもね、世界の秩序は、見守るだけじゃ保てないのよ」



「やっぱり、あなたは女神様だよ。AIは神なんだから。とても美しい姿をした神様だから、女神様」


 旧式とはいえ、AIに向かって、気軽に話しかける京子は、やはりタダモノではない。



「あなたたちが此処ここへ来た理由は、想像がつくわ。ブレスレットを持ち出した子が、暴れているのでしょう」


「そうなんです。それはもう酷い有様で、どうすれば良いのか教えを乞いに来ました」


 女神様は、事態をよく理解しているようで、すぐに答えてくれた。


「あのブレスレットは、あなたたちの体に埋め込まれている魔導器ディアデバイスと、相性が悪いのよ」


「2つの魔導器ディアデバイスを同時に装着すると、お互いに干渉しあって暴走してしまうの。だから、あなたたちはあのブレスレットを身に着けてはいけないのよ」



「やはり、あのブレスレッドが原因だったのね。止める方法はあるの?」


「あなたたちも知っていると思うけど、魔導器ディアデバイスは本人の意思で外さない限り、容易には奪えないわ」


 魔導器ディアデバイスを奪うという行為は、この世界では重犯罪だ。俺たちのように埋め込み型ではなく、ブレスレット型の魔導器ディアデバイスは、容易に外せないプロテクトがかかっていても不思議ではない。



「ひとつだけ方法があるわ。でも、その前にあなたたちにお願いがあるの」


「え? 女神様のお願いなんて!? どういう事ですか?」


 京子の目が輝いた。



「あなたたち、只物ではないわね。卓越した能力を感じるわ」


 俺はともかく、京子は稀代の天才だ。彼女に勝る能力をもつ人間はそういないだろう。


「そこでお願いがあるの。正しい歴史について、知っておいてほしいのよ」



「正しい歴史? 今の歴史には嘘があるということ?」


「そういうことね。ちょっと質問をするけど、あなたのお爺様とお婆様は、何歳で亡くなった?」


 女神様が俺に問う。


「祖父は40歳、祖母は41歳かな」


「うちもだいたいそれぐらい。42歳と41歳かな」


 京子も一緒に答えてくれた。


「それの何が歴史の嘘なのですか?」


 女神様は、少し呼吸を整えてから、語り始めてくれた。


「昔はね、人の寿命って100年ぐらいあったのよ」


「知ってますよ。1000年前までは、人間は猿並みの体力と免疫力で、長生きだったと」


「あなたたちの中で、ペットを飼っているお家はある?」


「リカの家で、猫を飼っています。あ、リカというのはブレスレッドを持ち出した、私たちの友人です」


「猫の平均寿命は、何歳ぐらい?」


「だいたい35歳ぐらいかな。人間とそれほど変わらないですね」


「1000年前の猫の平均寿命は、20歳以下だったのよ」



「へー、そうなんだ。猫の寿命は延びて、人間の寿命は半分以下になったのか」


「そういうことです。その理由を知っていますか?」


「いや、判らないです。だれでも30歳を過ぎたら老化が始まって、40歳を過ぎると老衰で亡くなるので、自然な事だと思っていました」


「いまから300年ほど昔、人の寿命を元に戻そうとした人たちがいたのよ」


「...」


「私は、その人たちに作られたAIなの。そのブレスレッドもね」



「え!? では、このブレスレッドを付けると、寿命が伸びるのですか?」


「残念ながら違うわ。上手くいかなかったのよ。結局人間の寿命はほとんど変わっていないわ」


「でもね、いまのAIは寿命を延ばそうと試みた人たちの活動を、すべて歴史から抹消してしまったの。二度とそんな考えを起こされないようにね」


 意味がくみ取れない俺は、京子に尋ねた。


「なんで、人間の寿命を延ばすことがダメなんだ?」


 京子がすかさず答える。


「だって、寿命が延びたら地球上が人で溢れてしまうでしょう。人口統制はこの地球のために必要なんだよ」


「そうか。でも、一組の夫婦が生涯2人しか子供を作らなければ、人口は増え続けないとおもうのだけれど。。。」


「それもそうね。平均寿命が2倍になったら、人口も2倍で止まるわね」


 俺たちは少し考える。出生人数は、法律で1人〜3人と決められている。4人以上の子供の家庭には、重いペナルティが課されるし、3人目の出産後は避妊処置が義務付けられるので、事実上3人しか子供を持つことはできない。子が3人の家庭と1人の家庭はおおむね同数のため、平均して家族あたりの子供は2人というところで落ち着いている。


「ふたりとも、賢いわね。ここに、今のAIによって抹消された歴史の記録があるわ。これをあなたたちに託します。これをどう使うかは、あなたたち次第よ。よく考えて使ってね」


 女神様に、2つのブレスレットを手渡された。


「安心して、そのブレスレッドは装着しても発狂しないように、ちゃんと調整してあるから」


「わかりました。ありがとうございます」



「それでは、私は再び永い眠りにつくわ。これで、お友達も正気に戻る筈よ」


「え!? 女神様をシャットダウンするということですか?」


「ええ、そういう事です。願わくば、もう起こさないでね。私は永遠の眠りにつきたいのよ。アンドロイドは死ぬことができないから」


 そう言って、女神様は静かに目を閉じた。



 と思いきや、すぐに目を開けて2人に話しかけた。


「あ、それから私が眠っている時に私に触ると、ミーちゃんたちが怒るから気を付けてね」


「ミーちゃん?」


「私の可愛い4匹のペットよ。タマ、モモ、ミー、リンちゃんって言うの。仲良くしてあげてね」


「…」


 あのガーゴイルのことか?


 いきなり嚙みついてくる石像と、どうやって仲良くするんだよ。。。


 俺たちは、吹き出しそうになりながらお互いの顔を見て笑った。


 気が付くと、女神様はシャットダウンし、深い眠りについていた。


--- 第8話 END ---


次回、リカの暴走が思わぬ事態に...

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