花抓み
鼬鼠
一輪目
×月×日
今日
横浜の朝は早い。水平線から陽が昇る時には、すでに多くの会社員が道を矢継ぎ早に歩いている。
ポートマフィアの中原中也もその一人だった。
太宰がポートマフィアを脱退してから、その分の仕事は中也に回ってきていた。
「あっっんの糞太宰が...」
独り悪態を吐きながら、ポートマフィアの本部
その日の仕事が片付くと、中也は人でごった返している歩道を避けるように、空に浮かびあがって横浜を見下ろした。その目は、まるでいない誰かを探しているようだった。しばらく眼下の景色を見下ろした後、中也は
「中也が消えたぁ~??」
探偵社。特段依頼も無くゆっくりとした休日を楽しんでいた探偵社一同だったが、太宰の明らかに疑うような声を聞いて、探偵社の面々が顔を上げる。太宰は電話をスピーカーにして電話を続ける。
「で?あんな丈夫だけが取り柄の蛞蝓が、連絡なしに居なくなったって?」
『そうなんだ。先週から連絡が取れなくてね。』
電話口の向こうの森のいらいらしている声を聞き、太宰がため息を吐く。
「それでぇ~?なんで私に電話を?まさか、探偵社に中也を探せって?はは...は」
森のただ事ではない様子を感じとったのか、太宰の顔から笑みが消えていく。
『話が早いじゃあないか。是非、依頼をお願いしたい。』
ポートマフィアが武装探偵社に依頼をしてくるなど、協定を結んでいるとはいえ前代未聞の事態である。太宰が戸惑って固まっていると、話を聞いていた乱歩が太宰から電話をひったくる。その顔には冷や汗が浮かんでいた。
「分かった。その依頼、引き受けよう」
『感謝する。』
ガチャリ。乱歩は受話器を置くと、探偵社の面々に向き直った。
「いいか?これは横浜を巻き込んだ大きな事件だ。いずれ探偵社にもその時が来る。犯人を即急に捕まえるんだ!」
「はい!」
乱歩の必死な呼びかけに、一同は揃って返事をし、それぞれ情報収集を始めた。
「ん...?」
中也が目を覚ますと、そこは暗闇だった。何もかもが吸い込まれていきそうな黒。中也はそれにどこか懐かしさを感じた。
中也の手には手錠がされており、足は壁に縛られている。これでは碌に身動きも取れない。自由に動かせるのは首くらいだ。
どうにか手錠を外せないか、試行錯誤していると、「中也さん。」とどこからか声が聞こえる。
「中也さん。お早う御座います。」
今度は出所がはっきりしていた。それは自分の真上だった。何か違和感を感じたが、中也はすばやく上を向いて、おそらく自分を拉致したであろう人物を睨んだ。
「手前ェ...!」
「駄目ですよ、中也さん。目上の相手には礼儀正しくしないと。物理的にですけどね。」
「なっ」
其処までで、中也の意識はとぎれた。
「乱歩さん!中也さんが映っている最後の防犯カメラの映像です!」
「乱歩さん!通行人が、午後5時ごろ空に浮かぶ人影らしきモノを目撃したそうです!」
捜査を始めて一時間。乱歩の元には、すでに超推理が出来るほどの情報が集まっていた。だが、これでは中也の居る場所が解るだけであって、犯人が解る情報は無い。これでは、探偵社にその時が来てしまう。
(いや、素敵帽子くんの救助が最優先だ!)
「超推理」
乱歩はほぼ考えると同時に声を発していた。中也の捜索で騒がしい社内であっても、乱歩の声はよく通った。
「解った。」乱歩は誰にとも無くつぶやくと、太宰に耳打ちした。
「地下貯水池だ。太宰、お前一人で行け。」
太宰は、目だけでそれを了解すると、足早に、だが誰にも気づかれる事無く、探偵社を後にした。乱歩は、その後ろ姿をじっと見詰めていた。
中也が再び目覚めると、手首や足首に透明な太いチューブが何本も繋がれていた。
「あ、起きました?」
また真上から声が掛かる。其処で中也は違和感の正体に気付いた。奴が浮いている!何故?真逆、中也と同じ重力操作の異能!?中也の疑問に答えるように、其奴が口を開く。
「何故、私が宙に浮いているか、知りたいんですね?」其処まで云うと、哀しそうに目を伏せる。
「それは重々承知しております。ですが、貴方に云うことは出来ません。何故なら、云わないと決めているからです。伝えるのは、
中也は少しの間を置いてから口を開く。
「はっ...随分とその『白花』さんとやらに惚れ込んでンだなァ?」中也は、わざと挑発するような口調で問いかけた。その隙に、重力干渉をして脚の拘束を解く算段だ。だが、思うように異能が使えない。
「軽口を叩いて居られるのも今の内ですよ。」
云い終わるや否や、中也の全身に激痛が走る。
中也は、声に成らない悲鳴をあげた。
「不思議に思わなかったのですか?人一倍丈夫な貴方が、直ぐに気絶してしまうのを。」
確かに、誘拐されたときだって、何の抵抗も出来ていなかった。さっきだって、一言言葉を発しただけで、直ぐに気絶した。この感覚を、中也は感じた事があった。毒を盛られた時だ。詰まり―――――――
中也は自分に繋がっているチューブを見た。チューブの中は、変わらず透明のままだ。
「中也さん。貴方には見えて無いでしょうけど、その管には、貴方の血液が流れているんですよ。」
は?
「そして、別の管からは、麻痺毒、幻覚剤を始め、様々な毒が、貴方に注がれています。中には、致死性の毒もあります。」
なら、なぜいたみをかんじていないんだ?
中也は既に、思考が上手く働いていなかった。
「今から、麻痺毒の注入を止めます。」
其れが、どんなことを意味しているのか、中也には理解出来なかった。
何処か遠くで、カチカチと音がする。数秒後、中也を襲う激痛。
中也は叫んだ。だが其れさえも、周りの暗闇に吸い込まれていく様な気がした。
いつの間にか、頭上にいたはずの其奴は、中也の目の前にいた。
暗闇でも分かるほどに、其奴は笑っていた。
そこから暫く経つと、空間に静寂が訪れた。中也が叫ぶのを止めたのだ。というよりも、血液失調、過度な毒素摂取、一週間ほどの絶食、どれほど丈夫な中也であっても、さすがに限界がある。全てのエネルギーを出し切ったのだ。
中也の、天色とも翡翠色とも言えるような瞳は、すでに光を失っている。
不意に、中也の視界が白く光る。何が起きたかは理解できないが、黒が、白に変わった。それだけ。
どこからか、「来ましたね」と少し嬉しそうな声が聞こえた。
太宰は、地下貯水池に辿り着き、照明を付ける。そして、呆然とした。
―――――広すぎる。
これでは、中也を探すのに時間が掛かる。何処から探すべきだ?
そんな時、地下貯水池の端のほうで、二回の銃声。
太宰は、血相を変えて音がした方向に走っていった。
太宰が音のした方に着くと、中也に銃口を向ける少女と、明らかに瀕死の状態である中也が居た。弾丸は、中也の頭の少しずれた処に着弾していた。
「中也!」
太宰は叫ぶと、中也の元に駆け寄る。
「中也、中也!しっかりしなよ、ねぇ!」
太宰は中也を覗き込むが、中也の目は何も映していない。
太宰は、中也の拘束を解いて背中に背負う。中也は、驚くほど軽かった。
その様子を少し離れた処から見ていた少女は、満足げに頷いた。そして、まるで何も起こっていないかのように、平然と地下貯水池から出ようとする。
ちょうど入り口のあたりまで来た所で、後ろから呼び止められる。
「ねぇ、君」少女は振り返らない。
「なんで、こんな所に居るの?」少女は進み続ける。
「...」肩を掴まれる。その手には、この世のものとは思えないほどの殺気が込められている。
「中也にこんな事をしたのは、君だね?」
少女は黙って手を伸ばす。――――地下貯水池の照明操作パネルに。
途端、電気が消え、真っ暗になる。太宰が驚いたほんの一瞬で、少女は地下貯水池から出て行った。
太宰は、我に返ったように、中也を背負いなおす。
早く、与謝野さんに診せなければ。
太宰は、中也を背負って探偵社へと急いだ。
―――――数日後。
一週間の休暇をとり、というか森と紅葉が勝手にとり、中也はすっかり回復した。
だが、太宰の怒りはなかなか収まらず、一週間は、敦でさえも声を掛けるのを戸惑った。
太宰がここまで激怒する理由を、知っているのは乱歩だけ。
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