イエローウインターコスモス

彩霞 琴葉

第1話 一世一代の告白

「──好きなんだ」

 簡潔に、でも熱を持ってそう伝える。下駄箱に手紙をいれるという古典的な方法で造り出した2人だけの空間。目の前に手を差し出し、正面を見ないようにしている。

 今、顔を上げたら僕の顔は真っ赤だろうか。頭の片隅でくだらないことを考えた。

 しかし本当は、こっちを考えるべきである。君──水瀬みなせ礼唯れいは、何を言ってくれるのか。

 僕──滝沢たきざわ碧斗あおとの言葉は、君の中でどう響いたか。思うだけで心臓がドクドクと揺れる。

「だから、付き合って、ください」

 放課後の校舎裏という、告白の定番スポットに静かな空気が流れる。

 さて、告白してどれくらい経っただろう。3分? 1分? まだ10秒? 無言の時間は、息が詰まるほど長いように感じた。そろそろ苛立ってくる。

 もしかして、これは断りの意味を示しているのではないか。それとも、もう返事は言われたが、僕の耳がそれを拒んでいるだけなのか。どっちにしろ悲劇である。

 もう、顔を上げてしまおう。これ以上待っても無駄だ──僕の第六感がそう告げる。

 そろそろと顔を上げると、君はまだそこにいた。てっきりもう帰ってしまったと思っていた君の登場にぎょっとする。俯いて、考え込んでいる様子だった。

 まだ何も言われていない安堵と早く結果発表してほしい焦りがぐるぐると頭を駆け回る。

 そんな思考の中、何の飾り言葉もない告白にちゃんと考えてくれるという事実に、また僕の中の1人が惚れてしまった。今日だけで10人虜になってしまいそうな勢いだ。

 正直な所、最初はもっと前置きを踏んでから告白つもりだった。

 でも、君の良いところを考えると僕の口は止まらなくなるだろう。それに、最近では「あなたが○○している時が好き」と言われて何故かわからないけど嫌な気持ちになる女性もいる。それは一般的に、蛙化現象と呼ばれている。

 こっちが必死に想っていたのに、ほんの些細なことで好意が無くなってしまうのだから、という文化が世界から抹消されてしまう。本当に恐ろしいものなのだ、蛙化現象それってやつは。

 フーと散々溜めていた息を吐く。そして、またゆっくりと君を上から見下ろす。見下ろすと言っても、僕の目の前に君の頭がくるので、黒目を少し下げるだけだ。

 黒髪のストレートに、切れ長の茶色の瞳。整えられたブレザーの着こなしは、几帳面で生真面目な君の性格をよく表していた。

「あの、さ」

 ついに君が口を開いた。落ち着いた声に気分が浮上する。続いてゆっくりと顔が上がった。やっと、やっと終わる初恋にして最上級の片思い。散るか咲くかは返事次第。

 どんな結果になろうとも受け入れる。決意を込めて、少し揺らいだ褐色を捉えた。

「……ごめん」

 聞こえたたった3文字の言葉は、危うく僕を失神させるほどの威力を持っていた。でも、こんなところで気絶したら君に迷惑がかかってしまう。それに、どんな結末を迎えても受け入れるという勝手な約束も破ることになる。

 なんとかその場に踏みとどまった僕に盛大な拍手がほしい、というのは強欲だろうか。

「あっ、えっと……勘違いしないでね? まだ断るつもりじゃなくてその……」

 その次に聞こえた君の言葉は、僕に希望を与えてくれた。なんという奇跡。まだ初恋は終わっていない。どこもかしこも真っ暗な闇に光が差した瞬間である。

「……返事を、待ってほしい」

 静寂の校舎裏に響いた言葉で、僕は目を煌めかせた。玉砕覚悟の告白は、君の心の中でとどろいたようだった。

 もしかしたら断られるかもしれないし、承諾してくれるかもしれない。その2分の1の確率にここまで心が踊ったのは初めてだ。

『返事を待ってほしい』という告白のド定番台詞セリフは、こんなにも輝いていて、そして心臓の脈が速くなるとは思わなかった。

「そっか……なら待ってるから。君が答えを出すまで、いくらでも待つから」

 君から答えを聞くまでは、10年、100年、1000年も待ち続けるから。だから。

「君のことを、ずっと好きでいるよ」

 昔から取り決めていた僕の中の誓約。こういうのを『愛が重い』と言うのだろうか。否、僕の中では言わない。

 君が答えを出すなかで、僕にできることは『君を好きでいること』、それのみだ。これでも、16年片思いした一途な男子高校生。それくらい余裕だ。

「私、そろそろ帰るから」

 もうそろそろ時計──何故かうちの校舎裏には時計か完備されている──が5時20分を指す頃だった。あれからまだ5分も経っていないことに信じられなかった。

 君はぎびすを返して歩いたかと思うと、くるっと僕の方に振り返った。

「じゃあ、バイバイ」

 そんな言葉を残して、そのまま正門へ行ってしまった。

「……っはぁー!」

 君の姿が完全に見えなくなると、僕は今まで詰めていた息を盛大に吐いた。胸に手を当てれば、まだ早鐘はやがねを打っている。

 やっと、君に言えた。さっきまでの告白を振り返り、その余韻に浸る。

 でもその後に、高校2年生の冬という、1番微妙な時期まで先延ばししてしまったことを後悔した。

 だって、あと数ヶ月で3年生。大学受験の年だ。僕は別に望む大学はないが、君は真面目で、しかも優等生だから多分ハイレベルな大学入学するつもりなのだろう。そうなると、君と旅行どころか、デートさえもできないだろう。

 まぁ、それでもいいか。君が大学生になれば、いくらでもデートや旅行を楽しめる。君と笑い合う未来予想図を虚像に描いては、あれもこれもと設定を付け足した。

 さて、僕もそろそろ帰ろう。今まで無縁だった校舎裏を見回して、砂利道を歩いた。僕の高校には正門までの道に、色とりどりの花が咲き乱れている。

 そこで、僕は小さな蒼いパンジーと目が合った。花弁が夕陽に当てられて、空と同じように橙色のスクリーンが垂れている。

 ひょっとして、この花は僕を応援しているのか。蒼いパンジーの花言葉とかは知らないけれど、きっといいものであると願いたい。

 さよなら、と挨拶代わりにその花をじっと見つめた。明日にほんの少しの恐怖と希望を持ちながら、西日の前に立って1歩を踏み出した。

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