第10話 近くで見ていた者 ※とある公爵家の子息

 自分の居場所は、ここではない。幼い頃からずっとそう思っていた。貴族の世界は息苦しい。どうにかして、ここから旅立ちたい。身分を捨てて生きていきたい。


 幸いなことに、俺には優秀な弟がいる。ルニュルス公爵家は、彼に継いでもらった方がきっと上手くいくだろう。やる気のない俺が継ぐよりも、よほど良い結果になるはずだ。


 俺は心から弟に期待しているし、信頼もしていた。


 親が決めた婚約相手との相性も良くない。あの子は俺よりも弟を好んでいる。俺に居なくなってほしいと願っているに違いない。彼女のことも、弟に任せた方がいい。


 とにかく俺がルニュルス公爵家を去った方が、家のためになるだろうと本気で考えていた。だけど、それは簡単な事じゃない。俺は長男で、公爵家の跡取りに選ばれてしまったから。


 どうやってルニュルス公爵家を出ていくのか。なるべく穏便に済ませる方法を考え続けた。




 事故に見せかけて、死んだと思わせる。うまくいけば、弟が家を継いで婚約相手も幸せになれるかも。そういう計画を準備していた。


 バレないよう慎重に。家の者は頼れないので、外に協力者を作った。個人的に信頼できる商人と関係を築いていき、資金を増やしながら人脈を広げて、事故死の準備を整えていく。


 計画を成功させて、俺は貴族じゃなくなった人生を満喫する。


 そんな時だった。あの場面に遭遇したのは。




 今夜もパーティーに参加する。貴族の付き合いは面倒だけど、招待されたので仕方なく顔を出す。


 婚約相手の彼女は、連れてきていない。彼女も、こんなパーティーに参加して俺と一緒の時間を過ごすのは苦痛だろう。だから、誘わなかった。


 適当に関わりのある貴族たちと挨拶したら、さっさと帰ろうか。その予定で会場に入ったのだが。


「アンリエッタ、お前との婚約を破棄する」


 婚約を破棄する、という言葉が聞こえてきて興味を引かれる。声が聞こえてきた方に注目した。


 パーティーの最中。突然、そんな事を言ったのはメディチ公爵家の長男。次期当主だと言われている人物。今夜のパーティーで結婚日を発表する予定だと聞いていた。そんな男が、このタイミングで婚約を破棄するのか。しかも、多くの貴族たちが見ている前で告げるなんて。


 俺もあんな感じで、気軽に婚約破棄を告げたいな。いや、大勢の前で告げるなんて絶対しないが。婚約を破棄したい、という考えは同じだな。


 ちゃんと正式な手順を踏んで、手続きとか済ませているのだろうか。していないのなら、ただの馬鹿だが。思い付きで、婚約破棄など認められない。現当主が許すはずがない。


 婚約破棄を告げられた女性は驚いている様子だった。あれは、事前に話を聞いていなかったのか。結婚日を発表するためのパーティーをぶち壊しにした。予定外の行動なのか。


 これは、大変なことになるだろうな。メディチ公爵家の名に傷がつく行為。最悪の場合、廃嫡という事になるかもしれない。なるほど、それが狙いか?


 メディチ公爵家の長男は、俺と似たようなことを考えているのかもしれない。騒動の様子を見ながら、そう思った。

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