14.獣の咆哮

 突如沸き起こったスタンピードという怪奇極まりない報に騒然とした皇室を落ち着かせるため、皇太子自ら調査に赴くというこれまた異例極まりない事態になったゲールは親友であるフムスを伴って隣国との国境に跨る森を訪れた。


「やっぱりこれ、隣国から追い立てられた大型の魔物がこっちの魔物の生活圏脅かしてる所為だよ」


 この国に生息する筈のない大型の魔物の痕跡を見つけてゲールは嘆息した。

 何やら食い散らかしたような跡だったが、対象が人間ではなさそうなのが救いだった。


 数代に一度は『安寧』の加護を持つ銀の男アルゲントゥム、若しくは銀の乙女アルゲンティアが産まれるこの国に根付く魔物は多くない。

 普通の動物に混ざっても問題ないようなあまり強くない四足獣型の魔物が殆どで後は精々が小型のゴブリンと通常種のオークくらいだ。その移動力を持って国境を超えた飛行種などが混じることがあるがそれも稀だ。


 銀の男アルゲントゥム銀の乙女アルゲンティアも健在の今代、どんな魔物だろうとこの国に近寄りたくもない筈だ。だと言うのに、こうして痕跡が見つかるということは何かしら人為的に操作されているのだろう。


「奴らも生きる為に必死なんだろうな。女神の加護に逆らう恐怖なんて知りたくなかったろうに」


 それでも、人間の生活圏を脅かすのならば容赦は出来ない。

 フムスは横薙ぎに剣を振るう。前方に居た四足獣の群れが文字通り跡形もなく消し飛んだ。

 辺り一面に飛び散った血もその剣圧に吹き飛ばされ、霧状になり、周辺一帯に立ち込める。

 ほんのり紅く染まる視界にムワリと漂う鉄の臭い。


「血煙ってこういうものだっけ?もっとこう……血管からブシューってなるもんじゃない?」

「血管も残ってないのに何処から何が吹き出るっていうんだ?」

「どういう勢いで剣振るったらこんなことになるのさ?まぁ、僕がやってもおんなじようになるんだろうけど」


 鋼の男カリュプスの持つ才能といえば聞こえは良いが自身でも持て余すこの力は正直恐怖でしか無い。

 唯一の救いはこの複雑な悩みを全く包み隠す必要なく話せる分身のような親友がいることか。

 ゲールは詮無いことで悩む自分を鼻で笑う。


「それにしても、一体何を考えてるんだ、あの国は」

「ああ、皇后陛下お義母様の母国だから目を瞑ってやっていたけどこれ以上は流石に目に余る」

「一回、灸でも据えてやらないと駄目かもな」


 今度はゲールが中空に向かって剣を振るう。

 その剣圧で集ってきていた飛行種がバランスを崩して軒並み地面に叩きつけられる。


「あちゃあ。思ったより潰れたな。使えそうなパーツ殆ど無いや」

「あの高さから叩きつけられたらそうなるだろう」

「飛行種って空気抵抗大きそうだからも少しマシかなって」


 これが鋼の男カリュプスが冒険者やハンター連中に嫌われる所以だ。

 強いには強いが強すぎてどれだけ加減しようが全く意味がなく、総じて素材を台無しにする。

 かと言って、こういう大規模討伐のときはその力を当てにする他なく、結果として目の前で換金対象大金無惨な姿を晒す台無しになるのを指を咥えて眺めなくてはならなくなるのだ。

 その精神的負担ストレスは計り知れないだろう。


皇帝陛下父上が話聞いてくれると良いんだけど。僕、あの人に嫌われてるからさ」


 ゲールの父親は加護無しとして産まれたことでなにやら色々あったらしく、鋼の男カリュプスとして産まれたゲールを酷く嫌っている。

 別に望んで鋼の男カリュプスだった訳ではないが、偶然にもフムスと揃いだったから今は母に感謝しているくらいだ。


「ホント、フムスが羨ましいよ。大公は僕の理想の父親だ」

「恐ろしいほどの朴念仁だぞ?父上は」

「そんなに無口で愛想がないって?」

「言いたいことがあるなら目じゃなくて口で言えってのが母上の口癖になる程度にはな」


 お手上げとばかりに肩をすくめるフムスにゲールは漏れる笑いを堪えられない。

 フムスも大概無口で無愛想でつまらない奴だと思われがちだがそんなことはないとゲールたちはよく知っている。


「なぁ、ここの集落ってオーク?それともトロル?」

「足跡のサイズからしてトロルだろうな、しかも大型種の」

「ゲッ!図体デカくて戦いにくいやつじゃん、勘弁してくれ」


「じゃあ、俺が片付けてくるから、お前はあっちの洞窟頼む。多分、洞窟ゴブリンだから」

「今度は臭すぎるやつ!!洞窟の中とか臭い籠もるじゃんか!!」

「洞窟ゴブリンだからな、それは仕方ないだろ」

「洞窟の外から剣圧だけで処理……出来るわけないか。大人しく見てきます」

「おう、頑張れ」


「終わったら此処に集合な」

「りょーかい!」




 トロル相手に態々警戒する必要もない。

 フムスは単身、近くの村落を尋ねるかの如くトロルの集落に踏み入る。

 案の定トロルの集落は騒然となり、トロルのオスが棍棒片手に殴りかかってくる。

 人間と違い下手な小細工をしないので戦いやすい。力に頼った直線的な行動は見切りやすくて助かる。


 逆に人間と違ってやりにくいというのはないが時々野生の勘的なもので予想外の攻撃を繰り出したり、回避を見せたりすることがある。が、それも全て鋼の男カリュプスの反応速度で追える程度のものなのでぶっちゃけ何も変わらない。

 ただ大型種のトロルは首回りが人間の胴回りと同じというサイズ感なので首を狙って落としていくのが基本になる分、ちょっと面倒く臭い。これがゲールがトロルの処理を嫌がった理由だ。


 トロルの首の高さに飛び上がってから剣圧を放つ。トロルの首がズルリと滑り、血煙が上がる。それを集落に居る分繰り返すだけだ。


「血煙見たいんだったらこっち殺ったほうが良かったんじゃないか?ゲール」


 累々と転がるトロルの死体の前でフムスはそう独り言ちた。




 ゴブリンの体臭というのはどうして後も鼻が曲がりそうなのだろう。正直呼吸するのも辛い。

 鋼の男カリュプスの特性として通常の人間より五感が鋭いというのがある。

 なので、現状、端的に言って地獄である。

 何より嫌なのが体臭もキツイが死臭はもっとキツイというゴブリンの特性の一つだ。


 ぶっちゃけ嫌がらせにもほどがあるこの無意味な特性を鋼の男カリュプス程憎む人間は居ないだろうなとゲールは思っている。

 洞窟の中腹辺りからゴブリンが奥から奥から湧き出し始め、その度に上半身と下半身を泣き別れにしてきた。

 首や腿のあたりは血管が太いから軽く傷つけてやるだけでも十分失血死させられるのだが、ゴブリンの悪臭に満ちた血が飛び散るのは勘弁願いたかったので、内臓ごと真っ二つにすることにしたのだ。内臓も十分悪臭なので五十歩百歩なのだが。


 もう一つゴブリンの嫌なところを挙げるとしたら、人間の女を好んで攫うところだ。オークも同じことをするのだが、これをやられるとの手間が発生する。それが大変面倒臭い。まぁ、ゴブリンに限らず魔物に拐われてで居られる女なんて居ないだろうけれども。


「拐かされた人間なんか見たらフムスが発狂しかねないからな。こっちは俺が片付けるしか無いだろ」


 ゴブリンが拐った女を閉じ込めてたと思しき小部屋の前でゲールは独り溜息をついた。




「あっ!」

「お疲れ!遅かったな、フムス」

「髪濡れてるな。ってことは……」


 フムスはゲールの頭を直接触って確認する。

 ゲールの髪を濡らしているのは血じゃなくて水だ。

 黒髪はこういう時に一瞥じゃ判断できないのが少々厄介だ。


「へへ、ちょっと先に小川があるんだよ。そこで流してきた。ゴブリン臭いから。フムスもトロルの血流してこいよ」

「ああ、そうする」

「ゴブリンの方はに片付けたから、お前が確認に行く必要ないぞ」

「ああ、


 何を言わずとも解り会える友は貴重だということをゲールもフムスも誰より何より知っている。

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