第23話 映画の中の食べ物達ーバベットの晩餐会
私は、食べることが何より好きな食いしん坊なのですが、映画でも小説でも、食べ物が出てくるシーンを見るのも大好きです。そんな私にとって、美味しい食べ物映画の筆頭と言えば『バベットの晩餐会』です。
19世紀の後半、舞台はデンマークの小さな漁村です。そこに、敬虔なプロテスタントの牧師であった父の意志を継いで、慎ましく暮らす初老の姉妹がいます。二人は、村人の信仰の場として、父の残した牧師館を守っているのですが、人の移動のないこの小さな村では、人々は皆一様に年を重ね、頑固になったり、意固地になったりで、せっかく牧師館に集まっても、過去の恨み言で言い争いになったりして、信仰もどこか上の空。そんな状態に、静かに心を痛める姉妹たち。
そんなある嵐の夜に、一人のフランス人の女性が、一通の手紙を持って、助けて欲しいと牧師館にやってきます。その手紙は、姉妹の妹の旧知の知り合いである音楽家のもので、パリコミューンで家族を失い、命からがら逃げてきたこのフランス人の女性を、あなたに助けてもらいたいと書いてあったので、姉妹はすぐに、彼女を受け入れることにするのです。この女性こそが、バベットです。
聡明なバベットは、すぐに牧師館の状況を理解し、姉妹の頼もしい助っ人になります。掃除でも何でも、テキパキと有能なバベットなのですが、特に料理が上手。ただ上手なだけではなくて、質の良い食材を安く手に入れる目と交渉術も持っている。その結果、バベットが来てから、以前より安いお金で家計が回っていることに、姉妹は気がつきます。そんなバベットを、姉妹は、神様からの贈り物だと思うようになるのです。
バベットが台所を預かるようになってから、礼拝の後のお茶の時間に提供されるクッキーや、姉妹が奉仕活動として、体の弱い村人に配るスープも、格段に美味しくなります。それを口にする人々の表情のなんと生き生きとしていることか。
人を生き生きさせるご馳走は、何もお金のかかった贅沢な料理とは限らない。けれどそれは、丁寧に作られた物ではある。そんなことを教えてくれます。
とはいえ、なんと言ってもこの映画での圧巻は、物語の終盤に、主人公のバベットが人生を賭けて作るフランス料理のフルコースです。
それは、ウミガメのスープに始まり(大きな生きたウミガメが出てきた時にはぎょっとしましたが、仕上がった料理は、透き通った黄金のスープに少し実が入っていて、とても美味しそうでした)、キャビアをブリニという小さめのクレープにのせた前菜、ウズラにフォアグラを詰めパイ皮で包んでローストしたメイン、種類豊富なチーズの数々、絵に描きたくなるようなみずみずしい果物の盛り合わせ、そしてデザートのケーキと続くのですが、それに合わせたワインともども、あんまりにも豪華で美味しそうで、それを言葉にするのは、野暮なくらい。
本当に美味しいご馳走を堪能した後、何とも形容しがたい幸福感に包まれることって、ありますよね。
見たこともないような贅沢で美味なご馳走を食べるうちに、姉妹も村の人たちも、お腹だけではなく心まで満たされ、最後には深い深い幸福感に包まれます。その幸福感は、それぞれに、寛大で愛情深い心を生み、姉妹と一緒にテーブルを囲んだ村人達は、お互いの過去を許し合ったり、姉妹の無償の奉仕に、改めて感謝をしたりするのです。
派手は演出があるわけではないし、北の小さな漁村は、お世辞にも風光明媚とは言えません。けれど、ドラマチックな映画に負けないくらいの、深い感動を与えてくれる大好きな映画です。
何せ見終わった次の日、思わずお小遣いはたいて、ヴーヴクリコ買っちゃったくらいですから。
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