第2話 クラシアーン

 台所の水道の蛇口が壊れました。


 そりゃね、ちょっとね、乱暴に扱っていたことは認めます。

 うちの賃貸マンションの蛇口は、いつも大真面目に正面を向いていて、微動だにしません。だって奥さん、あっし、一本気な性格なんすよ、とでも言いたげに。


 これがもう、不便この上ない。ほんのちょっと頭を左に向けてくれれば、中央のザルの野菜を濡らすことなく(水切り中だから)、端っこでスプーンなんかを洗えるのに、こいつはずっと前を向いたままなんです。


 それでね、よいことだとは思わなかったけど、自身の怪力を生かして、少しずつ左右に首を振るように動かし、ついには自由に動かせる様に、私がしてしまったのです。いや~、やっぱりこの方がずっと使いやすい。上機嫌で使っておりましたが、ある日、蛇口の首根っこ(つまり、私がぐいぐいやったところ)からチョロチョロ水が漏れ始めたのです。やや、これはいかんと、あちこち触って直そうとしたら、いきなり、本当にいきなり、すごい勢いでぶしゅーっっっと水が噴き出したのです。


 唖然とする私の目の前で、勢いよく吹き出した水は、シンク周りの壁やら天井にまで飛び上がり、あっという間に辺りをびしょびしょにしてしまいました。シンク脇に並んでいた、私の愛するふりかけの瓶もスパイスの瓶も、もちろん私自身も、みんなそろってびしょぬれです。


「わぁぁぁっ」

私は慌てて蛇口に飛びつきました。両手で万力を込めて蛇口をぐっと押しつけると、首元から吹き出す水はポタポタくらいになりました。

「ああ、よかった」

安心して、力を抜いた途端、またぷしゅーっっっ!

「いかーん!」

私は、また、両手で蛇口を押さえ込みます。蛇口を押さえつつ、濡れたところを布巾で拭こうと片手を伸ばそうとすると、またぷしゅーっっっ!


 こんなことを繰り返すこと数回、再び蛇口を押さえながら、私は考えました。ここをちょっとでも動いたら、辺りは洪水みたいになる(ならないけど)。でも、だからって、永遠にここにいるわけにはいかないし・・・。何かよい方法はないだろうか。

 そうだ、ガムテープだ。あれなら頑丈だから、私の手の代わりをしてくれるかもしれない。私は、ガムテームを使って、蛇口を押さえ込むことにしました。


 手を離した途端、噴水になる水道にせかされながら、走り回って戸棚からガムテープを取り出し、ついでに雑巾を手にすると台所の床に放って、足で床を拭きながら、手では蛇口を押さえて、何とかガムテープで巻こうと思うのですが、蛇口自身がびしょびしょすぎて、何度トライしても上手くいきません。


 遂に諦めてガムテープを放り出し、再び素手で蛇口を押さえ込んだ時は、肩で息をしていました。自分の前髪からしたたる水滴を頭を振って払いながら、私は思いました。ここにずっといても、何も解決しないんだぞ。これは、水道屋さんに電話して、来て貰うしかないんだから。


 しばらく逡巡した後、えいやっと、蛇口から離れ、私は電話を手にしました。台所では水道がシャーシャー水しぶきを上げる中、私は、わらにもすがる思いで、業者に電話をしました。呼び鈴を聞きながら、あれ?これってまさにCM通りだな、と、思ったのです。まさにあのCM通りじゃないの。


 変な感心をしているうちに、オペレーターの人がでて、すぐにメーターボックスに水道を閉める栓があることを教えて貰い、とりあえずは落ち着きました。

 はぁぁ、助かった。

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