銭ゲバ科学者は怪奇現象から逃れられない
きゅうひろ
第1話 覗く影
「俺は霊能力者じゃなくて科学者だから除霊なんて出来ない。他を当たってくれ」
「そう言わずに見てくれよ。なんか最近ホントにヤバくてさ」
そう言って厚みのある封筒を握らせてくる友人。ひいふう……なるほど、これは是非とも協力してあげなければ。
記録用のビデオカメラを持って友人宅へと歩を進める。
友人曰く、黒い影のようなものが部屋の隙間からこちらを覗いてくる。お祓いをしても自称霊感のある人を呼んでも、さっぱり効果なしだった。そこで俺に声をかけてきたというわけだ。
一見綺麗に見え、エレベーター付きで築年数も少ないであろう豪華なマンションの一室。そこで俺はやや年季の入ったビデオカメラを構える。
「現在30分が経って夜の9時半。それらしい影は確認できず」
謝礼がなかったら早々に切り上げて精神病院でも勧める所だが、貰う物も貰ったし、一応朝までは調査をするつもりだ。
と、暇を持て余していた所、カメラ越しに違和感を見つける。
「現在9時42分、クローゼットの隙間が不自然に暗くなっているのを確認。しばらく観察の後、クローゼットを開けて確認することにする」
まさか本当に影が見えるなんて思ってもいなかったので、内心逃げたい気持ちでいっぱいだが、謝礼の存在が俺をこのマンションに縛り付ける。
クローゼットの裏から覗き込んでいるようなシルエットが不安感を煽ってくるが、しばらく見ていても動きが無いため、意を決してクローゼットのノブに手を掛ける。
レールを滑るカラカラという小さな音と共にクローゼットが開いたが、あるのは地味な服ばかりで、影になりそうな物は発見出来なかった。
念の為、カメラで床から天井まで確認するが、どこかへ繋がるような穴や扉も無い。
ふと、背後が気になり窓のほうへカメラを向けると、そこにはカーテンの隙間からこちらを覗く影が見えた。
「常に隙間からの視線があると、気が休まらないのも納得だな」
カーテンを開けても影は居らず、背後で音も無く開いた扉の隙間に移動していた。
その後、キッチンや風呂へ移動してもついてくる影をカメラに捉え、朝になり事務所へ帰ろうと外に出た直後、扉の覗き穴からこちらを見ている気配があったので、これはもう一科学者の手には負えないと判断した。
「という事で、科学は幽霊に対し無力だ」
友人は顔面蒼白を通り越して土気色になりながらこちらに新たな提案をしてきた。
「解決できたら百万は払えるからさ、頼むよ」
百万もあるなら話は変わってくるぞ?
問題となるのは隙間と影だ。検証は必要だが、なんとか出来る気がムクムクと湧いてきた。
「任せてくれ、俺に良い考えがある」
必要な物は大量のライトとWi-Fiカメラだけだが、流石にそれなりの値段がする。
謝礼により厚みが有ったはずの財布が痩せ細りはしたものの、気力だけは有り余っていた。
「ライトとカメラで隙間という隙間を潰す。漏れが無いようにチェックしてくれ」
フラフラの友人をもこき使いながらセッティングを進める。影は依然としてこちらを覗いていたが、セッティングを終えた時には、ライトとカメラが設置済みのクローゼットの隙間に居るのを見て勝利を確信する。
「いくぞ!スイッチオン!」
ライトの光が部屋に存在する闇という闇を消し、ライブカメラの映像がPCに映り全ての死角を消す。その瞬間、ベキベキと生木が折れるような音が部屋中に響き渡り、何かに見られているような気配は消失していた。
「やったぞ!科学の勝利だ!」
正直、科学と言うには余りにも力押しだった事実は否めないが、結果が出せればこちらのものである。
ライトとカメラの電源を切っても隙間から影が覗いてくる事は無く、影が存在出来なくなったと思われた。
「ありがとう、助かったよ大沢。これでマンションを手放さずに済みそうだ」
「念の為一週間くらい様子を見て、大丈夫そうだったら例の件をよろしくな」
貴重な有給を消費する羽目になってしまったが、俺の心は晴れやかだった。僅か二日で百万、日給五十万、あまりにも割が良すぎる。
友人と別れた後も、自然と口角が上がるのを抑えることが出来なかった。
後日、事務所で作業していると、急に社長がマンションの件について話を振ってきた。どうも金持ち特有のネットワークで例の件が拡散されているらしい。
「似たような事で困っている人が大勢居る事だし、社内で課を分けるから専門にしてみないかね」
「お言葉ですが社長、あれは友人からのお願いだったからで……」
「無論、謝礼のやり取りに関しては個人的な物として、会社としては触れない事を約束しよう」
「任せてください!」
金に目がくらんで軽い返事をしてしまったが、果たして心霊現象を素人の科学者が解決できるのか。今はただ、皮算用をするばかりである。
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