食べ残しを巡って

「ただいまー」


「......」


歩歌の塾が終わり、二人して家に帰ってきた。

俺はしっかり凛華と風珠葉に聞こえるような音量で"ただいまー"と言ったが、歩歌は無言だ。

これも中学生ゆえの反抗期というやつか。


夕食を食べるためにリビングに入る。


「おーい凛華、もうできて...」


「......」


リビングの中には、仁王立ちをして明らかに尋常じゃないオーラを纏っている凛華がいた。

そのすぐ隣ではやれやれとため息をつきたそうな風珠葉がいる。


「え...と、凛華さん?何かありましたか...?」


媚びるように手を合わせながら確認する。


「おい、清人」


あ、やっぱり歩歌にじゃなくて俺に何か怒っているのね。


「夕食を食べたら少し残ってろ。話がある」


そう怒気を隠そうとせず俺に残れと命令する凛華。

...どうやら死亡確定演出が来たようです。


そこからはただただ黙食が続いた。

黙食はいつものことだが、本当に今日はもの音一つ聴こえてこない。


みそ汁をすする音も、凛華が行儀が悪いぞとかいって説教する声も。


「...ごちそうさま」


結局今日は食べ終わるまでに四十分ほどかかってしまった。


我が家のルールにより、皆が食べ終わってから茶碗を片付けなければならないため、必然的に全員が四十分近くその場を離れてはならなかった。

だが、今日は食べるのが遅い俺に歩歌も風珠葉も悪態をつかない。

それもそのはず。

俺の正面にずっと周囲を燃やし尽くすような怒気を放っている凛華がいるため誰も口を開けない。


俺が食べ終わると、歩歌と風珠葉は逃げるように食器を片付け、二階に上がっていった。


けっ!薄情な妹たちだ。

ちょっとは自分たちの兄をかばおうとは思わんのかね。


「清人、台所にこい」


...まぁ今の凛華と対峙するというのも無理な話ではあるが。


「さて、これはどういうことか説明してもらおうか」


台所には今日残した凛華の作った弁当がそのままの形で置かれていた。


あ...これは詰んだな。


「...説明しろと言ったのが聞こえなかったのか...?」


「え、えーっと、これはですね...ちょっと今日は腹が全て満杯だったというか」


「......」


凛華は腕を組み、心臓をめった刺しにできるほどの鋭さをもった瞳で俺を睨みながら黙って説明を聞いている。

聞いてくれてはいるが、一ミリも納得していない気がする。


「だからあの決して凛華の作った弁当が口に合わなかったというわけではなくて、本当に今日は昼休み前に購買で買ったお菓子を食べ過ぎて」


「そうか。お菓子か」


やっと口を開いてくれたが、相変わらずその声が俺に対する怒りを抑えられていないのを証明している。


「お前の中では私が朝練の前に全身全霊をかけて作ったお弁当はお菓子未満ということだな」


そんな全身全霊なんて言われると今度から食べるのに躊躇してしまうだろ。


「ってのは冗談で今日はずっとお腹の調子が悪くてトイレに籠ってたんで気づいたら昼休みが終わっていて」


「その割には夕食中一回もトイレには行ってなかったな」


「学校から帰ってきたら急に調子がよくなってきて。いやーやっぱり我が妹たちが家にいることで俺の気持ちが安らいで腹の調子もよくなったってことかな」


「......」


あれ、全然表情が変わってない。

こう言えば少しは表情が緩むと思ったのに...


「まぁいい。今日のところは見逃してやろう」


見逃してやろうという表現がおかしいと思うのですが。


「もしお前が本当にお菓子を食べて満腹になったり、他の奴が作った弁当を食べたからという理由だったら、どうにかしてやりそうだったが」


ギク!?

え?これまさかバレてないよね?

それに最後のどうにかしてやりそうだったって何!?


「話は以上だ。特にもう用事がなく、食器を洗う手伝いをする気がないのなら部屋に戻れ」


これ、もはや食器洗いを手伝えと強要してないか?

まぁさすがに今日はどう見ても俺に非があるため文句を言わずに手伝うことにした。


洗っている途中に、あの凛華が一瞬悲しそうな顔をしたのを見て、やはり凛華に今度から弁当いらないと伝えるのはやめにした。

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