第28話 神化

 ドラゴン。

 前の世界、地球でも神話で語られるような偉大な存在だったり、財宝を守る邪悪な存在だったりと、とにかく共通して強大なモノであると描かれていた。


 あるいは漫画やアニメなどでも、乗り越えるべき大きな壁として。


 そして、フィクションそのもののようなこの世界でも、大枠は変わらない。

 どれだけ弱くとも災害級、つまり一匹で街一つを滅ぼせるほどの力を持ち、冒険者にとってはA級昇格のための壁でもある。

 堅固な鱗と凶悪な爪、大きな翼を持ったトカゲのような生物。高度な魔法技術を有しており、個体によっては固有魔法すら持つ。


 まさしく、伝説に語られるに相応しいのがドラゴンで。


「ルナーリア、魔力残量は!」

「余裕はないわよ、半分切ってる!」


 神が齎した災害と揶揄される古代の竜を相手に、大立ち回りを演じる私たち二人は、仲良く伝説の一ページを刻んでいることにならないだろうか。


 竜の四方八方から迫る氷の武具は、翼の一振りで弾かれる。ルナーリアお得意の魔法が早々に牽制目的以外で使えなくなって、ならばとわたしが振るう拳は、堅牢な鱗を崩せない。


 ルナーリアの魔力が心許ないというのも、彼女の魔法が通じない一因だろう。肺まで焼き焦がすほどの灼熱エリアをどうにか出来たのは幸いだけど、これでは結局本末転倒。

 打開策がないではないけど、それは本当に奥の手だ。無条件で使えるようなものでもない。


「このままだとジリ貧かな……」

「ジリ貧、で終わればいい方かしらね。本気を見せられてるとは思えないもの」


 竜の顔には余裕がある。縄張りを銀世界に覆われてなお、わたしたちを殺すのに本気を出すまでもないと。


「それは流石に、S級の名折れだね」

「違いないわ」


 前衛と後衛をスイッチ。彼女が最も得意とする大鎌を持って、銀の髪を靡かせる。

 迎え撃つ古竜は腕を大きく振り上げて、そこに魔力砲撃を撃ち込めばダメージはなくとも怯んでくれる。


 狙うは顎の下。

 ドラゴン共通の弱点たる逆鱗。


 しかし、さすがに体勢を立て直すのが早い。

 ルナーリアが振るった刃は狙いを違い、首の付け根辺りを斬り裂く。


「外れたじゃん!」

「問題ない!」


 血は出ない。ただし、傷口は氷に覆われて、徐々に体全体へと広がっていく。

 魔力耐性が高すぎるのか、そのスピードは至極ゆっくりとしたものではあるけど。戦闘が始まって、初めての明確なダメージ。


 竜はその氷を嫌がり咆哮と共に魔力を撒き散らせ、そこで氷の侵食が止まってしまった。


「止まったけど⁉︎」

「文句言わないで! 今の魔力じゃあれが限界よ!」


 言い合いながらその場を飛び退けば、さっきまで立っていた場所に炎の柱が聳え立つ。お返しとばかりに、その辺に落ちてる氷の武具を投げつけた。強化された膂力を以って全力で投擲したそれは、容易く音速を超えるけど。

 残念ながら、その程度ではやつの守りを崩せない。鱗に弾かれ、重力に従い無惨に落ちていく。


冰剣絶華ブランシュローズ!」


 が、落ちていくだけの武具が、不自然な動きを見せる。その矛先を再び竜へ向けて、鱗に覆われていない翼を食い破った。


 完全に意識の外からの攻撃に、竜は悲鳴を上げて右の翼を氷に侵食される。


「あんたと言いガルムと言い、人の武器をなんだと思ってるのよ!」

「結果オーライ! そっちこそ文句言わないでよね!」


 再びスイッチ、下がるルナーリアの横を通り抜け、拳を握り大地を駆ける。

 悶えるドラゴンの懐に潜り込んで、サッカーボールほどの光球を目の前に展開。そこへ全力で拳を叩きつけた。


流星虹魔アルカンシェル・パイルカノン!」


 光球が竜の体に接触すると同時、文字通りのゼロ距離で魔力砲撃が巨躯を貫く。

 上がるのは悶え苦しむ悲鳴。空いた風穴は早速塞がり始めているけど、そこを見逃す《白薔薇》様じゃあない。


「させないわよ!」


 氷の茨が再生を堰き止める。三度氷が侵食する。胴体ど真ん中に穴が空いたまま、さすがにこれはかなりのダメージかと思ったが。


「まだまだ元気そうだねぇ。怒髪天って感じ?」

「意味わからないこと言ってないで手を動かす!」


 ああ、怒髪天ってこっちの世界じゃ通用しないのか。元が古事成語だからかな?


 見るからに怒りを秘めた瞳が睨んでくる。そこにさっきまでの侮りはない。しかし大きな動きも見せず、怪訝に思っていると。


 上空に、莫大な魔力反応。

 ハッと二人揃って見上げた先には、信じられない光景が広がっていて。


「なによ、あれ……」

「ははっ、そんなのあり?」


 隕石だ。

 目の前にいるドラゴンの巨躯より、更に巨大な質量の塊が、成層圏の外から地上へ向けて突っ込んできている。


 それがひとつだけなら、まだ手の打ちようがあっただろう。けれど降り注ぐ隕石は目視できるだけでも五つはある。


「っ、ルナーリア!」


 次元の穴を開く。とにかくここから退避しないと、あんなものの落下地点にいたらどうなることやら。

 飛びこもうとして、しかし咄嗟に塞がざるを得なかった。


 当然の権利が如く竜がブレスを吐き出して、逃亡は許されない。ルナーリアは防壁が間に合ったようだけど、わたしは次元の穴の操作の分一拍遅れてしまい、右の肘から先を焼かれてしまう。


「アルカンシェル!」

「モーマンタイ! これくらいならすぐ治る!」


 言ってる間にも右腕の再生は終わっていて、わたしに気を取られたルナーリアへ向けて鋭い爪が振り下ろされていた。


「きゃっ!」


 氷の防壁を容易く砕いて、ルナーリアの華奢な体が大きく吹き飛ばされる。爪は彼女の制服ごと肉を抉っており、咄嗟に庇って出した両腕は見るも無惨な状態だ。


「直ぐに治す!」

「バカ、こっちはいいから!」


 再び見上げた空。隕石は、もうすぐ目の前に迫っていて。


 一瞬後に、炎に覆われた五つもの巨大な岩塊が、大地を揺るがした。



 ◆



「あー……ルナーリア、生きてる?」

「当然でしょ……」


 地形に変化がないのは、それだけルナーリアの魔法がえげつないものだったからだろう。事象の停止どころに留まらない、世界そのものの凍結。だからこそ、あれだけの質量を受け止めてなおクレーターの一つも出来ていないのだろうけど。


 砕けた隕石の影。大の字で冷たい氷の上に寝転がるわたしと、隕石のカケラに背中を預けて座り込むルナーリア。

 控えめに言って満身創痍。お互い見かけの傷は少ないのが不思議で、むしろ生きてること自体が奇跡に近い。


 隕石が激突する瞬間、ルナーリアから強い神の気配が発せられたけど、わたしたちが無事なことと無関係ではないだろう。


 けれどまあ、そこは今詮索するべきでもない。結果オーライ、こうして生きてるなら、戦える。自分の足で立って、拳を握れる。

 魔力は心許ないけれど、わたしはわたしの使命を、役割を果たせる。


「悪いんだけど、ちょっとお願いがあるんだよね」

「言ってみなさい」


 頭上を竜のブレスが焼き払う。

 こちらの位置を見失っているのか、隕石のカケラを吹き飛ばすように乱射されている。見つかるのは時間の問題だろう。


「三分、時間を稼いで」


 半分を切ってる魔力で、ルナーリアの傷を全快させた。

 割と無茶な要求を言ってることは分かってる。戦闘開始直後ならまだしも、今のドラゴンは本気も本気、おまけに怒り狂っていらっしゃるのだから。一人で三分も、なんて。


「お望みとあらば、五分でも十分でも稼いであげるわよ。その代わり、勝算はあるんでしょうね?」

「もちろん」

「ならいいわ」


 ふぅ、とひとつ息を吐き出して、立ち上がる銀髪のエルフ。

 わたしよりも更に少ない魔力残量を振り絞って、全身に漲らせている。


 それでなにか、スイッチが切り替わったかのように。

 空色の瞳が、金へと変色を遂げる。


「それ……」

「あまり使いたくはないのだけれど、そうも言ってられないものね。あなたが奥の手を切るって言うなら、私もそうするだけよ」


 わたしと同じ、金の瞳。

 それは、神にだけ許された色。


 ルナーリアの纏う気配が変わる。ヒトのそれから、神のそれへと。

 先ほどの隕石がぶつかった時ほど強くはない。けれど間違いなく、普段よりも、ただ神域魔法を使うだけの時よりも、間違いなく神の気配が濃くなっている。


 わたしがやろうと思ってたこと、先にされちゃったかな? いや、正確にはちょっと違うのか。まあどっちでもいいや。


「持って十分。それ以上は本当に電池切れになるわ。だから頼むわよ、

「……」


 呼ばれたその名前に、つい呆気に取られてしまう。そんなわたしに一瞥もせず、ルナーリアは大鎌を手に突っ込んでいった。


 ああ、もうっ。ズルいなぁ、本当に。

 ガルムがあれだけクーデレはいいぞって言うのも、納得しちゃうじゃん。


「次は、愛称で呼ばせるのが目標かな」


 こんな時にも関わらず、心は嬉しさでいっぱいになりながら。

 わたしは静かに、残った魔力を練り上げる。



 ◆



 砕けた隕石の影から飛び出して、決して割れない氷の上を駆ける。

 ただの地面であれば、踏み込みだけで陥没してしまうほどの、爆発的な勢い。


 自分の体が、風よりも、音よりも速く動く時独特の感覚に包まれる。思考が限界まで研ぎ澄まされて、相手の動きが、動くよりも前に分かってしまう。不思議な感覚。浮遊感とでも言うのか、地に足のつかないような、けれど決して自失しているわけではない、本当に不思議な感覚。


 神災級エンシェントドラゴンは、そんな私の動きを視界で捉えきれていなかった。


 構わず振るう大鎌は、氷に侵食された右翼を切り裂く。

 上がる絶叫。怒りのままに振り回されるドラゴンの腕が迫るけれど、私の意思とは無関係に広がる氷が、それを阻んだ。


「悪いのだけれど、今の私を殺せると思わないことね。なにせ、月と恐怖の女神様が守ってくださるんだから」


 受け止められた腕へ、鎌を薙ぎ払う。爪は氷に侵食されてしまい、あれではもう私の腕を引き裂いた時ほどの威力も出せないだろう。


 氷の自動防御。これは魔法じゃない。だって、私の魔力を使ってないから。

 ならなんなのかと聞かれても、私には正確な答えを返せない。ルナプレーナの加護に由来するのだとはなんとなく分かるけれど、それだけだ。そもそも、今の私の状態だって、私はよく分かってないのだから。


「クソ女神の力かと思うと、頗る癪ではあるのだけれど。誇りなさいな。トカゲ風情が私の奥の手を引き出したのだから」


 広げた魔法陣から放つは氷の茨。竜の巨躯を絡め取り、縛り、締め付ける。

 バキボキと、骨の砕ける嫌な音が響くが、神災級がこの程度で止まるわけもない。

 ドラゴンの全身が発光したかと思えば、茨は容易く砕かれた。魔力を無理矢理放出しただけなのに、とんでもない威力だ。


 それでも、今の私には恐るるに足りない。


「『動くな』」


 一瞬。

 竜の体が硬直する。

 体の動きだけじゃない。全身にみなぎる魔力の動きすら止まって、ならどうなるか。


 その一瞬があれば、十分。

 巨躯の各所で停止していた氷の侵食が再び進み、右翼はついにその全てが氷に覆われた。あれでもう空に逃げることはできない。大樹のような右腕も、その半ばまでを侵食されて、地上における機動力も殆ど奪った。


 言霊を介する精神支配魔法。

 私はどちらかと苦手なはずなのだけれど、今の私には関係ない。

 月と恐怖の女神が持つ権能の、ほぼ全てを手足のように操れる。


 とはいえ、神災級のエンシェントドラゴンにもなると、通用するのは一瞬だけだけれど。


「■■■■■■■■■!!!」


 咆哮が身を揺らす。口元に燐光が瞬いたのを見て、ブレスの前兆かと構えるけれど。

 その口元がニヤリと歪んだのを見た頃には、遅かった。竜はその巨躯を翻し、長い尾による薙ぎ払いを繰り出してきた。


 氷の自動防御は余裕で間に合うけれど、衝撃まで殺せるわけではない。

 吹き飛ばされた先で砕けた隕石に背中からぶつかり、追い討ちに今度こそブレスが目の前に迫っている。


「ちゃんと働きなさいよ女神様!」


 氷の壁に散らされる灼熱のブレスが、あたりに散らばる隕石を溶かしていく。十秒、二十秒と続く照射を耐えて、チラと後ろを見やる。

 リリウムが無事なのを確認。彼女は静かに魔力を練り上げている途中だ。三分って意外と長いのね。


「『首を垂れろ』!」


 跳躍して頭上から放った言霊が、竜の首を無理矢理堕とす。

 まるで見えないなにかに押さえつけられたようなその首目掛けて、鎌を振り抜いた。


「まだ硬い……!」

「■■■■■!!」


 鱗を貫けない。私の魔法じゃ攻撃力が足りない。ゼロ距離からブレスが放たれて、氷の壁が阻みながらもまた距離を離された。


 内心で舌打ち。大技を使えるほどの魔力は残ってないし、かと言ってこのまま残り一分少しを耐えきれられるかと言われれば、多分可能だろうけれど、こいつがいつリリウムに気づくかも分からない。


 私にヘイトを向けるためにも、大技の一つくらい打ちたいところだけれど、そうなるとそこで私は魔力が切れて戦線離脱だ。


 言霊もそうそう連発できるものじゃないし、さてどうするか。


「……どうするか、じゃないわね」


 手の打ちようがなくても、やるしかないんだ。今私がこいつと戦わないと。時間を稼がないと。矛先は無防備になったリリウムに向けられる。その結果がどうなるのかなんて、火を見るよりも明らかで。


 それは、ダメだ。

 あの時と同じは、嫌だ。

 私はもう、失いたくないから。

 そのために、力をつけたのだから。


 あの時の、無力な私とは違うから!


「怖くてもっ……怖いから! だから! それでもやらなきゃいけないのよ!」


 ここで全部使い切る。

 守りなんていらない。魔力は全部持っていけ。神の加護とやらがあるなら、私を守るためじゃなくて!


「友達を守るために! 力を寄越しなさいよ、クソ女神! 氷華銀葬ブランシュローズ!!」


 銀世界を今再び覆わんと、波となった冷気が放たれる。

 発動対象は空間ではなく、エンシェントドラゴンだけに絞って。


 鱗に霜が降って、ギチギチと錆びた機械のようにぎこちない動きとなる。その動きを完全に止めるために魔力を振り絞るけれど、抵抗が激しい。体内に残っていた魔力が急速に失われていって、ただでさえ低い体温がどんどん下がっていくのを感じる。


 苦しい、辛い、もう投げ出してしまいたい。それらは決して許されない。


 けれど限界はいずれ訪れてしまうもので。


「ぁ……」


 力ない小さな声と共に、冷気が完全に止んでしまった。体に力が入らなくて、膝から頽れてしまう。

 まずい、死んだ。と、そう思った時には、鈍く光る牙がそこにあって。


「星と運命の女神フォルステラに願い奉る!」


 響いた詠唱が、竜の動きを止めた。

 そこが、この竜にとっての分水嶺。ここで動きを止めなければ。なまじ知能があるからこそ、彼女の言葉に気を取られなければ。


 私を一口で丸呑みしてしまいそうなほど大きな顔面へ、横っ面からの強烈な一撃。


 彼女がその手に握る武器はなく、ただ己の拳を握りしめるのみ。

 烏の濡れ羽色を靡かせて、金の瞳を輝かせて。その背には魔力で形成されたのだろう、瞳と同じ黄金の翼が、三対六枚。


「我が拳は敵を屠るために! 我が脚は世界を駆けるために! 我が心は大切な人を守るためにッ!! この身を神へと昇華せん!!!」


 膝をついた私の前に立つその姿は、どうしてだろう。あの日に見た、S級三位の男と重なって見えて。


「ごめん、ありがとうルナーリア。わたしのこと友達って言ってくれて、嬉しかったよ」

「あ、あれはッ……!」


 カァーっと顔が熱くなる。

 私はなにを口走ってた……⁉︎

 あれだけこの子達のことを遠ざけるようなことを言っておいて、今更そんなこと……!


「その顔、ガルムに見せてあげたいね」

「どうしてそこでガルムが出てくるのよ!」

「さあ? 自分に聞いてみたら?」


 心底おもしろそうに笑ってから、リリウムはゆっくりと、竜へ歩み寄る。


 彼女に思いっきり殴られた竜の顔はひしゃげてしまって、その口からは夥しい血を吐き出している。

 堅固な鱗はもう関係ない。私にはわかる。いや、誰であっても理解させられるだろう。


 今のリリウム・アルカンシェルは、間違いなく、神そのものであると。


「■■■■■■■■■!!」

「あーあー、うるさいうるさい。顔面殴られてよく叫ぶなぁ。言っとくけど、今の私は機嫌がいいから。神災級だろうが古代の竜だろうが、勝てるなんて思わないでよ?」


 跳躍。からの腕を一振り。

 体術の型もクソもない、ただ雑に腕を振っただけで、竜の首が大きく仰け反る。

 もはや当然のようにその翼で滞空するリリウムは、腰のあたりで拳を溜めるように構える。


「魔力臨界、我流フェンリル式体術一の型」


 可視化されるほどに膨大な黄金の魔力を纏い、仰け反ったことで晒された竜の弱点、逆鱗へ。

 躊躇いなく、拳を突き出した。


「天燐」


 パパパパァン!!!


 衝撃音は四つ。つまり、一突きで四発分。

 極限まで強化された身体能力のみで、ガルムの時界制御と全く同じ芸当をやってみせたその結果は、もはや言うまでもないだろう。


 砕け散る逆鱗。白目を剥き多量の血を吐き出す竜。


 それでも死んでいないのは、敵ながらさすがと言うしかないけれど。


「『動くな』……!」


 執念深く魔力を動かしていた竜へ向けて、残り滓の僅かな魔力を総動員。一瞬未満の硬直を経て、リリウムに蹴り上げられた竜の巨躯が空を舞う。


「臨界収束、ぶち抜け!」


 広がる五重の魔法陣。万華鏡のように美しく織り重なるそれは、やがてひとつに混ざり合う。


 溢れ漲る魔力の全てがそこへ収束されて、


極星虹魔アルカンシェル・スーパーノヴァ!!」


 竜のブレスすら霞む、極大の魔力砲撃が放たれた。


 竜を、空気を、射線上の悉くを焼く光の束が、空へと伸びていく。まるで、宙に落ちていく流星のように。


 たっぷり三十秒以上かけて照射された魔力砲撃が晴れた後には、なにも残らない。あれだけの巨躯を誇った竜は、塵一つ残さずに。


「もう無理! 限界!」


 翼を消したリリウムが、勢いよく顔から地面に倒れる。どうやら今の一撃に、文字通り全ての魔力を込めていたらしい。

 そのままゴロンと仰向けになって、眩しい笑顔を向けられた。


「ね? 余裕で勝てたでしょ?」


 二人揃って魔力切れ、一歩も動けないのにどこが余裕なのか。

 呆れからか、つい笑みが漏れてしまって。


「どこが余裕よ、自分の状態ちゃんと理解してから言いなさい、リリ」

「……今リリって呼んだ⁉︎」

「うるさい、そんなに元気ならガルムと陛下のところに行ってきなさいよ、私は無理だけど」

「言ったよね! 間違いなく言った! あ、じゃあ私はルナって呼ぶね! 友達のこと愛称で呼ぶの夢だったんだぁ!」


 はしゃぐリリは、さっきまでと違って幼い子供のようだ。

 それを、煩わしいとは思わない。今までだって、私との距離を詰めてくる彼女や彼をそう思っていたわけではないけれど。


 同じくらい抱いていたはずの恐怖は、もう消えていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る